第87話 アジア予選実況 その3

~施設長視点~


RTA開始から3分が経った頃合い。

AKIHOたちが再びLiUを抜き返そうとしていた時のこと。


現地中国の観戦室のかたわらの画面で未だに映し出されているのはRENGEの寝顔。

レンゲの応援のために駆けつけていた施設長はナズナと共に、そのモニターを見上げていた。


「お姉ちゃん、さすがにそろそろ起きる頃合いだと思うけどまだかしら……」


ナズナは静かに、そして不機嫌そうに呟いていた。

その顔はしかめっ面だ。

なにせ、


『……zzz むにゃ、ナズナぁ……和牛より本マグロの方がいいかなぁ……お姉ちゃん沖で獲ってこようか……zzz』


レンゲがしきりに寝言でナズナのことを口にするのだ。

同時通訳でそれが各種外国語に訳されるため、その度に会場がこらえ切れないような温かい笑いで満たされる。

そしてナズナの顔はどんどん赤くなっていく。

恥ずかしさを堪えるように必死に眉間にシワを寄せるナズナのその様子は、施設長にとっては少し微笑ましい。


「レンゲちゃん、どうにもナズナちゃんにたくさん美味しいものを食べさせたいようだね?」


「いえ、おバカなだけですよ。夢の内容もお姉ちゃんの頭の中も」


ナズナは唇を尖らせて言う。

おっと、しまった。

からかっていると思われただろうか。

そんなつもりは微塵もなかったのだけれど。


「……お姉ちゃん、潜在意識では"あのこと"を覚えてるってことかな……」


「ん? なんだって?」


いまナズナが何かを呟いていたような気がしたが、あいにく耳が遠くなってしまって小さい声は聞きづらい。

施設長の問いに、しかしナズナはかぶりを振ると、


「今はどうでもいいことです。まあもうそろそろ夢の時間も終わりだと思いますよ。お姉ちゃんの寝言の意識レベルも上がってきているみたいですし」


「えっ?」


施設長は改めて観戦モニターに映るレンゲを見た。


『……zzz うぅん……ウナギはこの前食べたよぉ……』


正直、施設長には違いが分からない。

しかしナズナにとっては違うようだ。

そしてナズナの言う通り、それから数秒してのことだった。


『……んっ、んんー……』


画面内のレンゲがアイマスクに手をかけ、そのショボショボの目を露わにした。


『おふぁよぅ……あれっ、ナズナぁ? というかここ、どこだっけ』


「……おはようお姉ちゃん」


観戦モニター内で上体を起こすその姉に対してナズナは微笑み、そして、


「これで完成しました。連続睡眠時間30hオーバー、無敵のお姉ちゃんRENGEが」


「じゃあこれで……」


「はい。お姉ちゃんの勝ちです」


ナズナは確信を得たかのように深く頷いてみせた。




* * *




〜AKIHO視点〜


「なにそれ……ウロコの生えた翼……!?」


急加速で迫るLiUの存在に気付いたAKIHOたちは瞬時にその危険度を悟る。

体に纏う魔力量が尋常じゃない。


「避けるよッ!」


AKIHO、そしてFeiShan姉妹は一斉にダンジョンの通路脇へと飛びのいた。

すると直後、その横をジェット機のようなスピードでLiUが駆け抜ける……いや、"翔け抜ける"。


「飛んでる……!? 翼でッ!?」


「なにヨそれ! どういう仕組みアルかっ!?」


「分からない、けど……あの感じ、去年のクリスマスイブに体感したのと同じ……」


ShanShanの言葉に、AKIHOはハッとする。

そうだ、あの日レンゲに連れて行ってもらった階層にいた"カメレオン"……つまりはドラゴン。

それに並ぶほどの魔力量だった。


「失せろ、羽虫ども」


LiUがその銀翼を拡げAKIHOたちを振り返ると、その紅い眼をきらめかせる。

次の瞬間、ダンジョン内の光が翼に集まり、一束の太い光線となってAKIHOたち目掛けて放たれた。


「ッ!?」


瞬時に回避行動に移ったおかげでAKIHOたちにケガはない。

しかし背後の地面はバーナーでも当てられたように焼けこげていた。


「なっ、何を考えているの……RTA走者への直接攻撃はルール違反のはず……!」


「? 虫が話す言葉は分からんな。まあいい、RTAだかなんだか知らないがもうどうだっていいのだ。政府が私に付けた首輪など、その気になればどうとでもできるのだからな……今はただお前らにこの私を怒らせた罪を償ってもらおう、疾く死ね」


「??? ああ、言語の壁がうっとうしい! 韓国語が分からないから何を言ってるのか分からないわ! 英語なら多少は分かるんだけど……!」


ともかく分かっていることは、このLiUはAKIHOたちを殺そうとしてくるということだけ。

この光景をモニター越しに見ているであろう地上、RTAスタッフたちの間ではすでに何かアクションが起こっているだろうか?

とはいっても、


「さあ、次こそ消し炭になれ、人間」


LiUが再び、しかも先ほどとは比べ物にならないほどの光を翼に集めていた。

このダンジョンの通路いっぱいを満たす程の光量だ。


「魔力を纏ってで凌ぐしかないか……FeiFeiちゃん、ShanShanちゃんっ!!!」


「アイヤー! ただごとじゃないネ! いったんライバルは止めってことでいいアルか、オネーチャンっ?」


「うんっ、3人で協力して切り抜けようっ! そうしていればきっと……すぐに駆けつけてくれるよっ!」


3人は正面に一度に放てる最大限の魔力を集める。

これだけの魔力の壁を作れば、ダイナマイトの一撃でも無傷で済むだろう。

だが、


「くだらん。人間ごときに受け止められる我が"ブレス"と思うなよ……!」


LiUは光をその正面に集約させ、そして撃ち放つ。


「この世に影すら残ると思うなッ!!!」


極大の光線が通路を埋め尽くすがごとくAKIHOたちへと迫った。

次の瞬間、


その光線よりも速く、AKIHOたちの横を後ろから抜き去る影があった。


「!っすまいざごうよはおんさなみ、っあ」


逆行した声と共に、駆け抜けたその影の正体はレンゲ。

レンゲは目の前に迫る光線にぶつかると……

その光線を2つに割って、散らして見せた。




──余談だが、この日を境にして物理学に大きな変革がもたらされた。


"光はそれを大幅に超える速度であれば触れる"。

光速を超える仮想的な物体を"タキオン"と称して研究を進めていた物理学者たちはこの日以降、その仮想物体名称を"レンゲ"に変えたそうな。

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