第85話 アジア予選実況 その1
~実況者:
3月第3週の土曜日、中国山東省。
午前9時の天気は爽やかな晴れ。
その都市を覆っていた魔力の塵霧、
「──みなさまはダンジョン黎明期以前の大気汚染、黄砂はご存知でしょうか?
それはアレルギーや呼吸障害を引き起こす厄介なものでしたが、しかしドラゴンによる東アジアの砂漠・高原の魔力汚染によって、砂の質は紅みと魔的な質量を帯びた今の紅砂に変わりました。
夜にしか砂塵が起こらなくなり、陽が登ればまとめて地上へと落ちるため、人々は日中心穏やかに過ごせるようになったのです。
しかしその対価もありました。魔力を帯びた紅い砂塵が夜間にこの国を覆い尽くすため、夜はあらゆる電力・魔力による通信が使えなくなってしまうのです。
そんなダンジョンとモンスターの発生による利益と弊害、その両面をダイレクトに受けたこの国、中国が本日の世界大会アジア予選決戦の舞台となります!」
ダンジョンRTA実況者である
「去年・一昨年とダンジョン先進国であり開催国でもある中国が連覇、その前の年まではアジアTOP走者を有する韓国が連覇と、これまで日本代表には苦しい時代が続いていました。しかし、今年は違います。その理由はもう、視聴者さんのみなさんはご存知の通りでしょう!」
>RE・N・GE !!
>RE・N・GE !!
>RE・N・GE !!
>ようやくRENGEが世界へ!
>世界よ、刮目しろ!
>RENGEが世界を一蹴する!
「そうです、RENGE! 今年の日本にはあのRENGEがいる! とうとう日本がダンジョンRTAの時代を創る時がやって参りました!」
生帆の実況に配信コメントが大いに沸き立った。
これまでの日本予選やその他の大会の比ではない盛り上がりようだ。
今や空前のRENGEブーム。
ダンジョンRTAに興味がある日本人も、そうではない日本人も、等しく世界の場で日本人が活躍する様は歓迎するもの。
チャンスだ。
これは今後何年にもわたって続く"ダンジョンブーム"の大きな足掛かりになる。
日本にダンジョンブームを定着させるには、今この時を置いて他にない!
生帆は実況用マイクを持つ手に力を込める。
「そして注目すべきはRENGEのみではありません。同じくアジア予選初参加のAKIHO選手、それにFeiFei・ShanShan選手もまた世界に届く記録を叩き出した期待の超新星たちです!
日本代表の少女たちが今日この日、世界に名を刻みます!」
>全員がんばれっ!
>他の子たちも強いん?
>そりゃ強いよ。日本代表だぞ?
>AKIHOこの前10分台叩き出したってよ。
>やばくね? 本戦レベルやん。
>FeiShan姉妹も11分切ってたな。
>【朗報】日本女子は全員規格外
>最近は他にもチラホラ出て来てるよな、有望株
配信コメントは次第にRENGEの話題だけではなく、他の日本代表メンバーの話に、そして今回惜しくも代表メンバー漏れとなった走者のものにまで発展していく。
……よしよし。いいぞ。
生帆は満足げに息を吐く。
ブームとは1人だけが突っ走って作れるものではない。
後に続く者たちが居てこそなのだ。
このアジア予選を機に、多くの人たちにRENGE以外の走者の顔や名前も覚えていってもらいたい。
「さあっ、いよいよまずは午前ブロック。日本・韓国・バングラデシュ・インドネシアの4か国がタイムを競います」
生帆のその言葉と共に、配信画面が切り替わる。
ダンジョン入り口の広い部屋に各国代表4名ずつ、計16名が集まっていた。
その中にはもちろんAKIHOやFeiFei・ShanShanの姿も……
「……んん?」
生帆が疑問の声を上げた。
RENGEの姿が……無い。
画面内をくまなく見渡して、
「えぇっ?」
その姿を見つける。
RENGEは画面端、ちょうど見切れるか見切れないかのところで……
アイマスクと飛行機で使うような首掛け枕を着け、仰向けになり胸の前で腕を交差させ、今にも棺に戻されそうなミイラのように横になっていた。
「おっと、いったいどうしたことでしょう? RENGE選手はどうやらまたしてもお眠の様子ですね」
>まあいつも通り
>知ってたw
>そうなるわなw
>平常運転で草
>ホントどこでも寝るなコイツw
>ガッツリ爆睡モードなの草
生帆も視聴者たちも誰も驚くことはない。
画面内の他の選手たちはチラチラとRENGEの方に視線をやって気にしているようだったが、日本代表の面々は普通に談笑をしているようだ。
……日本人がRENGEに慣れ過ぎているんだろうな。
生帆の率直な感想だった。
RENGEは寝るもの、そういった前提がすでに共通意識として出来上がっているのだ。
でも誰も悲観などしない。
なにせ、最後に勝つのはRENGEだと誰も疑っていないから。
「さて、RENGE選手はさておき、この午前のブロックの再注目選手はなんといっても日本予選から大幅にタイムを縮めたAKIHO選手……と言いたいところですが、」
生帆はそう言って区切り、
「しかし、やはり注目は韓国代表。銀の髪、赤い瞳……RENGEとは違った意味で目を引く美少女がそこには居ます。
>確かに美少女だよな
>1人だけ2次元世界から飛び出してきてる
>こんな子、韓国代表にいたっけ?
>これまで見たこと無いな
これまでLiUがカメラの方を向くたびに配信コメントが沸き立っていた。
同時にその詳細を求めるコメントも多くあったが……
「LiU選手の経歴はまったくの不明です。韓国では従来、韓国予選選出枠3名と軍内特別選出枠1名で代表が構成されていますが、LiU選手はこの特別選手枠とのことで一切の情報が明かされていないのです」
>マジか・・・
>そんなのありっ?
>軍内って・・・軍事訓練受けてるってこと?
>ヤバ。明らか強そうやん。
「相当の実力者であることは確かでしょう。なにせこのLiU選手、アジアTOP走者とまで謳われていた特別枠のCyRon選手を抑えての今回の出場となっていますからね。波乱の予感がします」
韓国があえてそのCyRonを下げてまでLiUを出してきた、ということは。
まさか、LiUならばRENGEに勝てると確信している……?
いや、それこそまさかだ。
生帆は自分の想像にかぶりを振った。
この世でRENGEに勝る存在など、核兵器か半世紀前に存在していたドラゴンくらいのものだろう。
考え過ぎというやつだ。
「さあっ、とうとうこの午前の部が始まります。まずはこの一戦で勝者となる国は、選手はいったい誰なのか! いま、カウントが始まります──ッ!」
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