第84話 アジア予選 前週 その2
「ふふふ、私がストーカーですと? 何を仰いますAKIHO様。この間言ったではありませんか、私は貴女の純然たる下僕。この命を賭しても貴女を守るものである、と!」
「キモい。失せて」
AKIHOさんはシッシと二言でその自称護衛のストーカーを追い払う仕草をすると、帽子・サングラス・マスクで完璧な変装を施しているはずの私を見てニコリ。
「ごめんね、待たせちゃって!」
「えっ、私が誰かって分かりますかっ?」
「そりゃあ分かるよ。じゃ、ちょっと外に出ようか」
AKIHOさんは私に歩み寄ってくると手を握って引いてくれた。
すごい、こんなに完璧な変装なのに見抜けるなんて!
それだけで周囲からの私に対する変質者容疑が晴れていくのを感じる。
だが、
「きっ、貴様ぁっ!? AKIHO様とそんなに馴れ馴れしく、いったい何者なんじゃあッ!」
変質者 (本物)の自称護衛ストーカーが私の帽子を脱がそうと飛びかかってきた。
うーん、どうしようかな。
人前で暴力はよくないし……
「あ、そうだ」
直接触れたり危害を加えなければ暴力じゃないもんね?
じゃあ魔力をこうやって操作して──。
「貴様ァァァ! AKIHO様の隣は護衛であるこの私のもの……って、アレっ!? なんでだっ!?」
自称護衛ストーカーはある一定の距離から私に近づけなくなっていた。
手足をジタバタとさせてこちらに来ようとするが、まるで目の前に見えない壁があるように前に進めていない。
「おっ、おかしいっ! おかしいっ! いったい貴様、何をした……!?」
「すみませんがストーカーさんには近づいてほしくないので、魔力爆発を少々」
「魔力爆発を……"少々"っ!?」
「はい。知覚できない程度のちっちゃい魔力爆発を起こしてストーカーさんの動きを邪魔してます」
「??? 何を言ってるんだ、貴様はっ」
「つまり、えーっと……うーん」
具体的にどうやるか説明しようとして口をつぐむ。
どうやら私の説明はとても分かりにくいということで評判なのだそうだ。
口で話すより実際にやって見せる方が早いかなぁ。
「こういうことです」
私は魔力爆発の回数をちょっとずつ大きくしていく。
さらに少し、下から上に突き上げるように。
すると音もなく、
「うっ、うおおっ!? 体がッ!?」
ストーカさんの体は私の起こす極小魔力爆発の威力に押し上げられてフワリとその体を浮かす。
それと同時に次第に後ろへ後ろへとさがっていく。
「あぁぁぁっ!? なんだこれはぁっ!? 誰にも触れられている感覚がないのに、なぜ体が浮いて思い通りに動かせないッ!? 悪魔かっ、悪魔の仕業なのかぁッ!?」
触れられてる感覚が無いのは爆発の規模が蚊に刺される刺激以下だから。
それでも体が浮いてしまうのは私が1秒間に起こしている魔力爆発の回数が10兆を超していて、体の表面の細胞1つ1つに対して何重にも影響しているから。
「誰かっ、悪魔祓いを呼ん──うぁぁぁあッ!?!?!?」
ストーカーさんはそのまま吸い込まれるように後ろのD-1の部屋の中へと消えた。
ついでに魔力爆発の風圧で扉も閉めちゃおう。
ボフンッ! バタンっ!
ふぅ、これで円満解決だね!
ストーカーさんは居なくなり、
私の正体もバレずに済んだ!
……と思ったのに。
「あれ、RENGEじゃね?」
「いや確実にRENGEだろ」
「RENGEが居るんですけど、ウケる~」
「──えぇっ!?」
私たちを囲んでいた周囲の人たちに正体がバレてるっ!?
「なっ、なんで……!? 私、変装を解いてないのにっ!」
「いや、あんな超能力同然の力を使ってたらバレるでしょ……相変わらず規格外ね」
AKIHOさんが呆れたように笑う。
「まあ今はサッサと場所を変えましょ。あのストーカーが戻ってくる前に」
私はAKIHOさんに手を引かれるがまま、有明ダンジョンの外に出ることになった。
* * *
「──レンゲちゃんはアジア予選前に何をしていいか分からなくて、何か刺激になることがあるかもしれないと思って私の元へ来た、と」
「はい……お忙しいところにごめんなさい」
私はAKIHOさんと共にダンジョン管理施設から少し離れた有明の公園へと来ると、今日ここに来ることになった経緯を包み隠さず話した。
まあ、普通に考えて迷惑だよね……。
AKIHOさんなんて特に人一倍ダンジョンRTAに真剣に取り組んでいるわけだし、ちょっと都合が良すぎたかな。
なんて不安になっていると、
「レンゲちゃんには新しい刺激もこれ以上何かをすべきって背負うことも無いと思うな、私は」
AKIHOさんは特に考え込むこともなく、スパッと明朗にそう言い切った。
「レンゲちゃんはさ、ずっと"ダンジョンRTAブーム再来"のために頑張りたいって目標を立てているよね?」
「は、はい。そうです」
「レンゲちゃんは今まさにそれを体現しているんだもの。だから今のまま進む……それだけでいいと思う」
AKIHOさんはそう言うと、両手で私の手を包み込むように握った。
「レンゲちゃんがキッカケを作って、レンゲちゃんが先頭を走って、その背中を私たちが追いかけている。それをさらに一般人が視聴者として追いかけて、企業が視聴者たちを追いかけてる……もう充分にブームの真っただ中だよ」
「えっ」
そうなのっ?
なんて思いかけて、しかし。
そもそも私ってどういう風になったらソレが"ぶーむ"なのかということを深く考えたことがなかったなぁ……?
確かに以前に比べればダンジョン管理施設へのお客さんは各段に増えていたし、どこへ行ってもRTAの話題を見かけるなと思ってはいた。
これが"ぶーむ"だったっていうことなの?
ということは私の役目は終わり……?
「じゃあ、私はこれからどうしたら……」
「より大きく、長いブームになるようにしたらいいんじゃないかしら」
またもスパッとAKIHOさんは答えをくれる。
しかも私が『それはそうだな』ってすごく納得できるような。
なんだかすごく自分が無いような、流されてるような気もしてしまうけど……
だって、それはそうだなって思えてしまうし。
"ぶーむ"が長続きしてくれた方が嬉しいもの。
「ならそのために私に何ができるのかというと………………やっぱり走ることですかね?」
そのまんまだ。
何の捻りもないし、考え無しみたいな答え。
でも、しかし。
「ええ。レンゲちゃんがこのブームの先頭を走り続けるの。それも圧倒的に、絶対的に、誰も目が離せなくなるほどに」
AKIHOさんは肯定してくれる。
そういうことなら、私はがんばろう。
施設長やAKIHOさん、ダンジョンRTAに関わる全ての人たちのためにも。
「私、ただ全力で走ろうって思います。アジア予選も世界大会本戦も」
「あ~、酷いなぁ。『世界大会本戦も』って、アジア予選は1位通過する前提じゃない、それ」
AKIHOさんは不敵に微笑んだ。
「私だって少しずつだけど成長してるんだから。アジア予選、負ける気で挑むわけじゃないからね?」
「あっ、すみません……! 正々堂々お互いに頑張りましょうっ!」
「うん。頑張ろうねっ!」
私はAKIHOさんと握手を交わす。
このとても頼もしい人が、アジア予選では共に走る競争相手なんだ。
油断なんか絶対にしない。
精一杯走ろう、さらなる"ぶーむ"拡大のために!
「……ところでレンゲちゃん。中国行きの件なんだけど、大丈夫なの?」
「えっ?」
「外国でのRTAなんてレンゲちゃんが一生寝ちゃうんじゃないかなって思って。また睡眠状態で乗り切ろうとしているなら、さすがにそれには対策が練られてるんじゃないかって心配でさ」
「あ、今回はナズナ考案の"秘策"があるので大丈夫ですっ」
私は胸を張る。
ナズナにこの秘策を聞いた時は"その手があったか"と思わず手を叩いてしまったほど。
その策を使えば、外国語で話しかけられても問題ない。
ずっと"覚醒"していられるだろう。
「自信があるのね。楽しみにしてるわ、レンゲちゃん」
AKIHOさんはその後もまだ練習をしていくとのことだったので、私はさきに有明を切り上げた。
少しスッキリとした気分だ。
やっぱり施設長の助言に従ってAKIHOさんに会いに来てよかった。
……でも、まだ何か忘れているような?
そんな気分はやはり消えないままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます