第78話 ドラゴンと戦ってみた その2

"へるモード"ダンジョン地下50階半ば。

少し辺りの開けた場所で。


「お疲れ様です、みなさん。ここでひとまず30分休憩しましょうっ!」


私がそう言った直後、AKIHOさんは崩れ落ちるようにその場に沈んだ。

息切れもすごいし、相当疲れていたんだろう。


「よいしょっと」


私はFeiFei・ShanShanちゃんたちの2人を肩から降ろす。


「……」


「……」


2人とも顔を真っ青にしてひと言も喋らない。


「「酔った……」」


どうやら私の肩の上で揺られていて気持ち悪くなってしまったらしい。

なるべく揺らさないように気をつけてはいたんだけど。


「だ、大丈夫……?」


恐る恐る聞くと、


「だ、大丈夫アル……」


「うん……私たち大丈夫だよRENGEちゃん……ここまで運んできてくれてありがとう……うっぷ」


「まだアル。まだ私たちは戦えるヨ……! うっぷ」


2人は戦う前からすでに満身創痍のありさまだった。

30分で回復してくれるといいんだけど……。


「AKIHOさんは大丈夫ですか?」


「……ッ! ゼェイッ……ヒューッ、ヒューッ、ヒューッ……」


「あ、すみません。無理に答えてくれなくても大丈夫です……!」


AKIHOさんは相当辛そうだ。

なんだかんだ2時間走りっぱなしになってしまったからなぁ。

帰り方は少し考えた方がいいかもしれない。


『とりあえずここまで撮れ高ってほどの撮れ高はないわね。お姉ちゃん、もう少し派手に倒して動画映えを意識した方がいいんじゃない?』


「あ、そっか……動画のことぜんぜん忘れてたよ」


『もう……。まあ編集でなんとかしておくわよ』


ナズナに言われて思い出す。

そうだった。

今回のドラゴンとの戦いは編集して配信するんだったっけ。


「全部蹴飛ばして来ちゃったからなぁ……」


「……いや、充分に撮れ高あったアルよ……」


グッタリ地面に伏せながら、FeiFei•ShanShanちゃんが顔を青くしたままに言う。


「RENGE、ケルベロスとヒュドラとファイアゴーレム3体を華麗にドリブルで運んでいたじゃないカ……」


「RENGEちゃん…… それに加えてシュートも打ってたよね……3体同時に倒さなきゃいけないタイプのアンデッドボス目掛けて……」


「ボス、みんな同時に頭吹き飛んでたヨ……アレが撮れ高じゃないならこの世の配信ぜんぶボツになるネ……」


2人からはかなりの高評価だったみたい。

それなら何とか大丈夫そうかな……?


「レ……ンゲ……ちゃ……」


「どうしたました、AKIHOさんっ?」


「おね……み、水……っ」


「あ、はいっ。お水ですねっ!」


私は急いで携帯していた水筒のお水を、横たわって動けないAKIHOさんの口に当てた。

ゆっくりゆっくりと飲ませていく。


「あ、ありがとう。だいぶ……楽になったよ……」


「よかったです」


ホッとひと息吐く。

AKIHOさんは上体を起こすと他の2人を見て、


「私も含めて、死屍累々ね……」


「シシルイルイ、ですか?」


「充分覚悟はしていたのに、まさかここまで来るのだけでここまで追い詰められるとは思わなかったのよ。私も、その2人も。まだまだ想定が甘かったのね」


AKIHOさんは大きくため息を吐いた。


「レンゲちゃんは毎日このコースを清掃作業しながら走っていたのよね? タイムはどれくらいなの?」


「えっと……」


「いいわよ、遠慮しないで」


「……100階までで1時間15分ですね」


「なるほど……」


AKIHOさんは目を瞑って天井を仰いだ。

嘘はつかなかったけど、イヤミなヤツって思われてないかな……。

いや、AKIHOさんはそんなこと思うような人じゃないって知ってるけど。

でも流れが流れなだけに思わずそう考えてしまう。

しかし、


「フィジカルの才能の差……? それはそうとして、だとしても人間の肺機能上、1時間台なんてタイムを出すのは物理的に不可能……ということはレンゲちゃんが無意識レベルで行っている魔力運用に何かヒントが……?」


AKIHOさんはどうやら物思いに耽っているだけのようだった。

よかった。

いつも通りのAKIHOさんだ。


「まあ何にせよ、また1つ人間の可能性を知覚できたってことね。ありがとう、レンゲちゃん」


「い、いえっ。私は走っていただけですのでっ」


それから私たちはFeiFei・ShanShanちゃんたちに回復体位を取らせて30分間の休憩を終えると、再び立ち上がった。


「この先のフロアボスがドラゴンです。みなさん準備は大丈夫そうでしょうか?」


「私は大丈夫」


AKIHOさんが答える。

もう息切れは収まっていて、腰に差した剣を入念にチェックしていた。


「私たちも大丈夫ヨ」


「ここからはようやくちゃんと戦えるんだね」


FeiFeiちゃんとShanShanちゃんは互いの繋ぎ合わせた互いの手に手錠をかけると、それとは逆の手にそれぞれ中国刀剣と曲刀を持った。


『お姉ちゃん、ドラゴンについての説明をあらかじめしておいた方がいいんじゃない?』


「あ、そっか。そうだね」


ナズナの言う通りだ。

私にとっては日常の清掃対象でも、他のみんなにとっては違うのだから。

ちゃんと姿形の説明はしておくべきだろう。


「えっと……そうですね……」


とはいえ、どう説明すればいいやら。

外見の特徴といえば……


「何だか体がトゲトゲしてた気がします。触るとザラザラしていて、目はギョロギョロです」


いっつも手刀で一瞬しか触れないから思い出すのが難しいけど……

確かそんな感じのはず。


「あとは舌が長くて、チョロチョロ出してます」


『お姉ちゃんカメレオンの説明してる?』


「え、ドラゴンの説明だけど……」


『今の説明を聞いて思い浮かんだのがカメレオンだったわ……』


AKIHOさんたちもウンウンと頷いている。

……ダメだ。

私、説明すごく苦手みたい。


「まあとにかく、実際に対峙してみないことには詳細は分からないってことね」


AKIHOさんがそうまとめてくれる。

清掃作業のときあまり観察できていなくて申し訳ない。

ドラゴンは他のモンスターとは色々処理の勝手が違うから、つい簡略化した対応をとっちゃうんだよね……。


……って、あっ。


「体長は10メートルくらいで素早く、知能が高くてズル賢くて、舌をムチみたいにしならせて攻撃してくることもあって、トドメを刺さない限り傷の再生をし続けるからひと息に仕留める必要がある……ってお話をした方がよかったんですかね?」


「「「ものすごく後追いで詳細が来たッ!?」」」


3人の驚き具合を見るに、やっぱり必要情報ってコレだったみたいだ。

私はいつも一撃で仕留めちゃうから意識していなかったけど……


『お姉ちゃんは次から説明のときは、自分がそのモンスターに素手で挑むと仮定した場合の注意点を伝えるべきかもね』


"すぴーかー"からはナズナの呆れと感心が入り混じったような改善提案が聞こえてきていた。

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