第68話 RENGEの弱点克服配信その3
地下20階層に着き、レンゲはまずスマートウォッチを操作した。
ナズナに教えてもらった通りの手順を踏み……
アラームの設定をする。
スヌーズ機能ONで。
それからさっそく"ぱろっとべあ"を探し始めた。
途中何体か別のモンスターに遭遇もしたが……
「君じゃないなぁ」
レンゲの目にも止まらぬ、血すら残さぬ手刀を前に次々とモンスターが前のめりに倒れていく。
>ワンパンだなぁ・・・
>今のかなり上位のオーガ種だよね?
>弱点克服って必要かなぁ・・・?
>あれは弱点なのか?
>寝てても新記録更新してたしなぁ
>うーん・・・
>今のままで良いハンデなのでは?
そんなコメントも流れてくるが、レンゲはキョロキョロと辺りを探るので忙しく気にしているヒマがない。
いつ声が聞こえるのか分からない。
レンゲは神経をとがらせていた。
「やってみせる……私、英語を聞いても決して寝ない"ばいりんがる" (?)になってみせるから……!」
>いや?
>レンゲちゃん?
>それはバイリンガルでは・・・
コメントがレンゲのスマートウォッチを震わせているその時、
〔…elp …e〕
不意に何かの声が聞こえてくる。
>ん・・・?
>何か人の声聞こえなかった?
>かすかに声が入ってた気が・・・?
>え、コワイ・・・
>これがもしかして・・・
その声は次第にハッキリと、
〔……lp me ……Help me…… 〕
>ぎゃあああああ!
>こういうホラームリぃぃぃ!
>なんかどっかからHelp meって聞こえる!
>これがパロットベア?
>めっちゃ人の声なんだけど!?
その声は何度も何度も聞こえる。
パロットベア……
それは人の言語を操って油断した人間を襲い捕食する熊型のモンスターだ。
ダンジョン全盛期には多くの人々がパロットベアの『助けて』という言葉に騙されて噛み殺されている。
そして油断してしまえば、レンゲすらもその毒牙にかかる──
「……zzz」
──前に、すでにもう寝ていた。
>おいぃぃぃぃぃぃぃッ!!!
>レンゲぇぇぇぇぇッ!!!
>起きろぉぉぉぉぉ!
>伏線回収が速すぎる
>伏線にすらなってねぇwww
>分かり切っていたことが起こったな
>どうすんのこれ?起きるの待ち?
>パロットベアさん、さすがに助けを求めて"寝られてしまう"ってのは想定外なのでは?
パロットベアの声は1分もするとしなくなった。
それと同じくらいの時間で、
──ピピピピピピピッ!
レンゲのスマートウォッチが鳴り響いた。
「ハッ!
>レンゲッ!?
>レンゲが起きたっ!?
>え、アラームって・・・なるほど!
>レンゲ偉い!アラームセットしてた!
>なるほど、それなら起きられる・・・!
そう。
レンゲはこの階層に来た直後にスマートウォッチでアラームの設定をしていたのだ。
しかもスヌーズ機能付きで!
レンゲはすぐに寝る子だが、その実寝起きは良い。
アラームが鳴った時間に起きるという社会人としての基本技能は習得済みだ。
「あ、危なかったです……! この目覚まし腕時計がなければ、危うく眠ってしまうところでした……!」
>寝てたよ
>寝てたわw
>完全に寝てた
>何言ってんだw
>寝てたんだよwww
>おバカさんwww
>余裕で爆睡しとったわwww
>寝ぼけてて草
>寝てたからアラームで起きたんだろw
>危うくも何も100%アウトです
「えっ、ウソ……寝てました? じゃあ、次こそは……」
〔Help me…… 〕
「……zzz」
レンゲが数歩進むと、その気配を感知してかパロットベアが英語を話す。
レンゲが眠って1分経つとスヌーズ機能でアラームがなり目を覚ます。
そしてまたレンゲが数歩進んでパロットベアが話して……
その流れが5回ほど続いた。
レンゲは起きるたびに頭を振ったり、頬を抓ったりするが効果はナシ。
何度も何度も眠りに落ちる。
「……ハッ! ……アレ、いま私寝てますか、起きてますか……?」
>起きてるよっ!
>起きてる!
>現実と夢の区別がついてないwww
>よくそんなすぐに眠りに落ちれるな
>ある意味才能
〔Help me…… 〕
「……zzz」
そうしてまたレンゲが眠りに就き、1分。
しかし、
「……」
スヌーズ機能が働かなくなった。
>えっ、まさかスヌーズ切っちゃった・・・?
>あれ、じゃあこれどうなる?
>一生起きないレンゲ VS 一生エモノが来ないパロットベア
>草
>それは草
>パロットベアさんずっとお預け?
しかし、状況は予想外にもすぐに動いた。
〔Help me ……〕
ノソノソとレンゲが今居る通路、少し奥側の曲がり角から姿を現したのは黒い毛に覆われた太い熊の腕。
その後にヌッと出した顔は、
>ゲェェェッ!
>グロッ!!!
>マジもんのモンスターじゃん
>口めっちゃ裂けてるやん・・・
>口の中に人の顔あるんだが・・・?
>あれがパロットベア?
痺れを切らしたのか、パロットベアがレンゲの前に顔を出してきた。
その大きな熊型のモンスターの一番の特徴は顔。
外れたアゴのように上下に広がり左右に裂けた口の中、喉奥にあるのは人間の女の顔のような突起。
〔Help me ……〕
その口内の女の唇が動き、人語を発していた。
>ダメだ、、、夢に出てくる、、、
>HELLモードってさ、ヤバくない?
>トラウマレベルの造形
>普通に人死に出るだろ、コレ
>HELLとか誰が行くん?あ、レンゲか・・・
パロットベアはノソノソと、静かにレンゲへと距離を詰める。
>さすがに自分から来たか・・・
>まあ今のままじゃレンゲ来ないからね、一生
>根性勝負ではレンゲが一歩リードか
>まあ今の状況、普通はピンチなんだが
>普通ならね
立ちながら眠るレンゲに迫るパロットベア……
しかし、コメントに心配の声は一切出ない。
とうとうパロットベアがレンゲの一歩手前までやって来て、そのニオイを嗅ぐ。
そして何をどう判断したのか、
〔Help me ……〕
パロットベアが後ろ脚立ちになった。
口はよりいっそう広がって、レンゲの体を丸飲みできるほどの大きさになる。
ヨダレを垂らしつつ、パロットベアが両手をレンゲの肩にかけようとした……その時だった。
──ボトリ。
地面に落ちたのは熊の手。
パロットベアの両手首から先。
3万fpsのハイスピードカメラ搭載の撮影用ドローンですらその瞬間をとらえることができないスピードでレンゲの手刀が振り上げられていた。
出血はない。
傷口は焼きゴテを当てられたように煙を上げていた。
「お掃除……しなくちゃ……」
レンゲはそう寝言を呟いていた。
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