第65話 バレバレ

翌週、月曜日。

私はいつも通り勤め先の秋津ダンジョン管理施設、事務室に出勤。


「おはようございますっ!」


「あら、レンゲちゃんおはよう」


私よりも先に事務員の野原さんは自席に着いていた。

野原さんは"たぶれっと"を眺め、優雅にコーヒーを飲みつつ、


「そういえばレンゲちゃんの方は大丈夫だった?」


「はい? 大丈夫だった、って何がですか?」


「そんなの決まってるじゃない。先週の土曜日に竜が出た件よ」


「りゅーーーっ!?!?!?」


振られた話題があまりに致命的なに不意打ちだったので、思わず変な声が出てしまう。


「びっ、びっくりしたぁっ! ちょっと急に大きな声出さないでよねっ!? コーヒー溢しちゃったじゃないっ!」


「すっ、すみませんっ! 私、拭くもの持ってきますぅ!」


私は慌てて事務室から出た。

そして給湯室から布巾を持ってくる途中で、


「おや、レンゲちゃん。おはよう」


廊下でばったりと、これまたすでに出勤済みだった施設長とも鉢合わせる。


「あっ、おはようございます、施設長っ!」


「うん、おはよう。ところで何か大きな声が聞こえたみたいだけど……何かあったのかい?」


「いえ、ちょっと私が素っ頓狂な声を上げたせいで、それで野原さんがコーヒーをこぼしてしまって……」


施設長を連れ立って急いで事務室へと戻ると、野原さんに布巾をひったくられる。


「もうっ、レンゲちゃんはぁっ!」


「すみません、すみません……服にシミになってたりとかしませんか?」


「服は大丈夫よっ。それにしてもいったいなんで叫んだりしたのっ?」


「そっ、それは、えぇーっと……」


なんて答えたらいいんだろう?

ナズナにこのことはくれぐれも内密に、と釘を刺されちゃってるし……

悩んでいると、


「どういう文脈があったんだい?」


施設長が野原さんへと訊いた。


「どういう、って……アレですよアレ。この前の土曜日の竜の件! あの話をしたらレンゲちゃんが急に『りゅー!』って叫んで……」


「なるほど……」


施設長はやれやれといった風に肩を竦めた。


「まあ、竜は恐いからね。レンゲちゃんも土曜日の件のことがあったからこそ、びっくりしたんじゃないかな?」


「レンゲちゃんがぁ? この子そんなタマじゃないと思うんですがねぇ……」


野原さんは信じていない様子だったが、ちょうどいいタイミングで始業のチャイムが鳴った。


「ああそうだ、レンゲちゃん。ちょっと手伝ってほしいことがあってね、廊下までいいかい?」


「あっ、はいっ」


施設長に手招きされる。

事務室に野原さんだけ残し、私と施設長は廊下へと出た。

スライド式のドアを閉めると、


「やっぱり、土曜日の件はレンゲちゃん関係だったんだねぇ……」


「うっ……はい……」


施設長にはどうやらバレバレのようだった。


「非常事態宣言が出たときにはどうなるかと思ったけど、あれがすぐに収まったのはナズナちゃんのおかげかい?」


「はい……」


「ナズナちゃんに感謝だね」


「はい。それとすっっっごく、怒られました……」


どうやら国家非常事態宣言というのは大変なことらしい。

"ぱんでみっく"か人災・天災か戦争か、というときにくらいしか発令されないもののようで、今回の竜の件については天災に分類されるのだとか。

いろんな人に迷惑をかけてしまったので、今回ばかりは真剣に反省する。

ナズナのお説教もたっぷりと受けた。


「ナズナ、『さすがに今回は各所の対応に2時間は掛かった』って」


「2時間で済むのがすごいけどね……」


施設長はため息を吐きつつ、


「でも本当に気をつけるんだよ、レンゲちゃん。竜への恐怖はね、まだ今の世代の中に生き続けているんだ」


「え……?」


「まだ本物のダンジョンがあった半世紀よりも昔、私がまだ10代後半くらいのダンジョン黎明期にはね、ダンジョンを巣として活動する竜たちによって、この世界は危機的状況に陥ったんだ。いくつかの国が滅んだほどにね」


「そういえば、確かに社会の授業でちょっと聞いたことがあるような……」


ほとんど気を失うように寝てしまっていたから、子守歌程度にしか頭には残っていなかったけど。

竜を倒すために沢山の兵器が開発されて、あらゆる国の軍人さんたちとダンジョン攻略者さんたちが命を懸けて倒した……といったような武勇伝的な内容だった気がする。


「私はレンゲちゃんのことをよく知っているから大丈夫だけど、レンゲちゃんをよく知らない人たちが竜と関りのあるレンゲちゃんを見たら大変なことになるだろうから」


「……はい。肝に銘じておきます。本当にお騒がせしましたっ!」


施設長は『私は大丈夫だったから、いいんだよ』と鷹揚に頷いてくれた。

これからは本当に気を付けないとだ。

自分の力をちゃんと制御できるように努力しなくっちゃ!




* * *




同日、アメリカ。

ワシントンD.C.に拠点を置く秘密組織UCA (未確認生物・現象統制局)にて。

黒服の男が長官室へと訪れた。


「長官、RENGEを監視していたエージェントYの報告書を読みましたかっ?」


「ああ、読んだよ」


椅子の背もたれに浅く腰を掛けた長官と呼ばれた男は、大きな大きなため息を吐いて、


「恐れていたことが起こってしまったな。RENGEはドラゴンを掌握した。これは重大な問題だ」


「承知しております、長官。まさか日本が"ドラゴン保有国"になる日がやってくるとは」


半世紀前にこの世界を襲ったドラゴンたち……

世間的には全て倒したとされているそれらの内、"5体"は死んでなどいなかった。


「アメリカ、ロシア、インド、韓国、エジプト……いずれもダンジョン黎明期に秘密裏にドラゴン捕獲に成功した列強国であり、現在に及ぶまでその軍事力を後ろ盾に発展を続けてきた大国です。意思を持って核相当の破壊力を行使できるドラゴンという"兵器"は、それだけ強力なもの……日本の今後の成長に注意が必要ですね」


「いや、問題のスケールが違う」


長官を首を横に振り、


「報告書を読む限り、RENGEは竜を"仕舞える"んだ。また別のエージェントの調べによれば、RENGEは数年前に山奥で同じ竜を"出して"もいる可能性が高い」


「……! つまり、RENGEは竜を自在に操れるどころか、時と場所を選んでその存在を制御できると……!?」


「アメリカが、そして世界が危ういぞ。我々は国際社会の番人として最強の国でなければならぬのだ。それがRENGE個人の軍事力に凌駕されるやもしれん」


「……では長官、まさか……」


「ああ。あの作戦の発動許可を貰う必要があるだろう」


長官はアタッシュケースを手に、席を立った。


「私はホワイトハウスへ行ってくる。その間に、この日のために仕上げた"虎の子部隊"に準備をさせろ。"RENGE暗殺作戦"の決行まで秒読みだとな」


「RENGEとの話し合いの余地は……」


「無い。RENGE個人の理性や善性など関係ないのだ。その気になればアメリカを越せるポテンシャルがある、その事実が公開されるだけで世界のバランスが揺らぐ。世界の舵が思わぬ方向へと切られないためにも、第三勢力の芽は確実に摘まなければならない」


後日、RENGE暗殺作戦:【オペレーション・エンゼルフォール】は正式にゴーサインが出された。

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