第61話 フェイフェイ・シャンシャン

とある11月の後半、土曜日の正午ごろ。

午前の清掃作業もひと段落。

秋津ダンジョン管理施設を後にしたところを、


「あっ、出てきたネ! RENGEだヨ!」


「うわっ!?」


唐突に名前を呼ばれてしまう。

びっくりして振り返った先にいたのは、


「えっ……FeiFeiちゃんっ?」


「そうだヨ! フェイフェイだヨ!」


ターっとこちらに駆け寄ってくるのは、2週間ほど前に日本予選を同じFブロックで戦ったFeiFeiだ。


「えっ、どうして? 今日は池袋で待ち合わせのハズじゃ……!?」


「聖地巡礼に来たネ! RENGE伝説の始まった場所、この目にしかと収めに来たアル!」


「"せーちじゅんれい"?」


なんだろうそれ?

なんて思っていると、


「もーフェイフェイ、速いよぉ……」


「走って行っちゃうんだもんなぁ……」


呆れた様子で、後ろから歩いてやってきたのはShanShanとAKIHO。


「あれっ? FeiFeiちゃんだけじゃないっ? あれっ、もしかして私の方が、待ち合わせの場所も時間も間違えてた……!?」


「いや、レンゲちゃんの方が合ってるよ」


困ったような笑顔でAKIHOが言う。


「なんかね、FeiFeiちゃんがどうしても秋津に行きたいって言うからさ。じゃあもういっそ待ち合わせも秋津でいいか、って。レンゲちゃんにもチャットでメッセージは送ったけど、お仕事中だったし見れてなかったよね?」


「え……」


私は"すまほ"を取り出して確認してみる。

新着1件。

あ、これAKIHOさんからだ!


「す、すみませんっ! 見れてませんでした……!」


「いいよいいよ。突然のことだったししょうがないもん。でもとりあえず……今はこの場から離れよっか?」


確かに……

さっきFeiFeiが大きな声で私の名前を口にしてしまったことで、施設前の通りの人々の注目が集まり始めている。

自分で自分のことを有名と言ってしまうようで恥ずかしいけど、このままだとちょっとした騒ぎになってしまいそうだ。


「近所に大きめの公園があるのでそこに避難しましょう!」


首を傾げているFeiFeiの手を引いて、私たちは急ぎ足で公園へと向かった。




* * *




「やー! 大きな公園だネ!」


秋津の公園にて。

広々とした園内をFeiFeiが駆け回っている。

他の人にはほとんどすれ違わない。


「次のアジア予選の話だけど、開催国は例年通り中国よ」


AKIHOはさっそく本題を始めた。


「ちなみにだけど……ShanShanちゃんたちは中国の出身だったりするの?」


「ああ、それ……よく聞かれるんですけど、」


FeiFeiと違って大人しく私たちの隣を歩くShanShanはちょっと気まずげにして、


「両親が中国系日本人なだけで、中国には行ったことがないし中国語も喋れないんですよね」


「えっ? でもFeiFeiちゃんの方に少し訛りがない?」


「あはは、そうなんですよね。だから余計に勘違いされちゃうんですけど、」


「──だってこの方がカワイイじゃないカ!」


先頭を駆けていたFeiFeiが、音もなく羽のようにフワリと宙返りをして戻ってきて割り込んだ。

魔力爆発を応用した離れ業だ。


「せっかく中国にルーツを持ってるんだもん、できることはしておかなきゃ損ネ!」


FeiFeiは胸を張って言う。


「え、つまりワザとってこと?」


「すみません、そうなんです……フェイフェイは漫画とか読むのがすごく好きで、そこに出てくる変な中国訛りのキャラに憧れて、それで……」


「ちょっと変わった子なのね……まあ、それはともかくとして、」


AKIHOは咳払いをする。


「とすると中国でのアジア予選の実情は……レンゲちゃんはもちろんとして、2人も知らないっていう認識でいいかしら?」


「ウン、ぜんぜん知らないヨ!」


「私もです。RENGEちゃんの動画を観てからRTA始めたくらいですから」


FeiFeiとShanShanの返事へとAKIHOは頷くと、


「じゃあまず結論から言うけれど、このアジア予選は私たちにとって世界大会本戦以上の難所になるかもしれないわ」


「え、なんでカ?」


FeiFeiが首を傾げる。


「私たちみんな速いじゃないカ! 日本予選と同じでブッチ切ればいいネ!」


「これが普通のRTAなら話は単純でいいんだけど……でもそうじゃない。アジア予選は普通のRTAを謳っているけど、その実情は【協力型RTA】。各国が対抗して自国最速の走者を1位にさせようとするRTAなの」


「え? みんなが1位を目指すわけじゃないんですか?」


ShanShanからの当然の問いに「建前上はそうよ」とAKIHOは前置いて、しかし。


「アジア予選から世界大会本戦へと勝ち進めるのは"たったの1人"なの。だからね、どこの国の代表たちも自分の国からアジア代表を出したいって考えてる……」


「たった1人!?」


「え、じゃあオネーチャンといっしょに本戦出られないってことアルか!?」


「まあ、そうなるわね。アジア代表は世界水準で見ると弱いから、北アメリカやカリブ・中南米、ヨーロッパ、アフリカ代表がそれぞれ2枠あるのに対して、ひとまとめで1枠しか貰えていないの」

(※オセアニアも1枠)


AKIHOは小さく嘆息しつつ、


「だからね、私たちのスタンスも決めておく必要があると思って今日は集まってもらったわ」


「……zzz」


「起きて、レンゲちゃん」


「……ハッ! す、すみません……アフリカとか国の名前を聞いてたら、まぶたが落ちてきて……」


「……他の国を思い浮かべるのもダメなのね。というかアフリカは地域だけど……まあそれはともかく、」


AKIHOは手の指を2本立てる。


「その1、私たちも日本代表を世界大会本戦に進めさせるために協力し合う。その2、私たちは個別にそれぞれで1位を目指すライバルになる。どちらが良いか……3人の意見を聞かせてほしいな」

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