第55話 日本予選Fブロック実況その4

~走者:Whisperの視点~


一瞬。

そう、一瞬だった。

RENGEが目の前から消え去って行ってしまったのは。


「並走……する暇もなかったか……」


身体強化魔法を使うのにもっと時間がかかるはず、と踏んでいた予測は外れていたのか、あるいは例の【魔力爆発】の応用なのか……

今となっては分からない。


……まあ結局のところ、どう足搔いてもRENGEを足止めなんて叶わぬ願いだったというワケか。


尻もちを着いたまま、Whisperはため息を吐いた。


「それにしても……『速くゴールに』か」


何のために前に進むのか。

何のためにRTAを走るのか。

RENGEにとっては決まり切った答えだった。

ヤツは、起きていようが眠っていようが、『ただ速くゴールすること』をひたすらに追い求める根っからのRTA走者だった……そういうことだ。


「フッ……そうだよなぁ……RTAの本質ってそうだったよなぁ……」


いつからだろう。

他人と比べての相対評価になってしまったのは。

走りを鍛える喜びよりも他人に見られる記録を優先するようになってしまったのは。


……RENGEたちと俺とでは、そもそも勝負に懸ける想いの種類が全然違っていたというわけだ。


「完敗だ。眠っていてなお自分の限界へと挑み続ける天才に、腐っちまってた俺が勝てるわけもない……。予選コレが終わったら、イチから鍛え直さないとな」


RENGEにもたらされた新概念の【魔力操作】に【魔力爆発】。

今回はまったく時間が足りずに身に着けられなかったが、習得の可能性はこれから先いくらでもある。

そうすれば今よりも速く走ることができる。

今の限界を越えられる。


……ワクワクしてきたな。久しぶりに。


「まずは俺もゴールを目指そう。今の俺の全力で」


Whisperは立ち上がると身体強化魔法をかけ、そこでようやくスタートダッシュを切った。




* * *




~実況者:生帆なまほの視点~


「疾走、疾走、疾走だぁぁぁぁぁッ! RENGE選手の勢いが止まらないッ! あっという間に5階層目に突入、そしてっ!!!」


5階層目、そこでは先頭を独走していたPPPがフロアボスであるサイクロプスと対峙していた。

どうやらすでに身体強化は切れているらしく、動きに序盤のキレはない。

そこへと、


──風を切り裂く音すら置いて、RENGEミサイルが飛んでくる。


サイクロプスの首が一回転。

その場に膝を着いて、うつ伏せに倒れた。

その隣へと着地したRENGEはなおも目を閉じたまま、


『あと……25階……』


>RENGE完全復活キター!!!

>一瞬で先頭に躍り出たんだがwww

>PPP選手ポカンとしてるやん・・・

>RENGEまだ寝てるくさい?

>寝てるわけないだろw

>もうとっくに起きてる

>目、閉じてね?

>瞬きくらいするやろ


再び流れの速くなったコメント欄。

そこではRENGEの起きてる寝てる議論が続いている。

生帆としては、さすがに起きているだろう、とは思っているのだが……


『かばやき……』


RENGEの呟いてるそれ、寝言っぽいんだよなぁ……

RENGEは再び走り去った。


>出たw

>なんなの蒲焼きって・・・

>なんかの魔法詠唱?

>蒲焼きなんて詠唱があってたまるかw

>謎過ぎるな、蒲焼き・・・

>ぜったいただの寝言だって

>寝言とかwww

>寝言なら寝てから言うだろ

>だから寝てるんじゃね?って

>寝ながらRTAできるわけねーだろwww

>それな。どんなバケモンだよwww

>えっ?

>えっ?

>えっ?

>RENGEだよ?

>素で怪物ですけど?


コメント欄を見て、生帆も頷いた。


……そうなんだよなぁ。RENGEだからさぁ。やりそうなんだよね、寝ながらRTA。


とはいえ先ほど実況で完全復活と言ってしまった手前、もうその"てい"で実況するけどね。


「さあっ、お次にRENGEの姿をとらえることができるのは恐らく10階層終点付近でしょう。カメラを切り替え──んっ?」


第5階層終点を映した固定カメラ、それが実況モニターへと何かの影を映していた。


『ねぇ、オネーチャン、さっき私たちの横を抜けてったのやっぱりRENGEヨ! フロアボスもキレーに倒されてるネ!』


『ホントだねぇ、フェイフェイ。てっきりミサイルが通ったのかと思っちゃったよ』


ドローンがそんな声を拾った。

そしてカメラ奥から、手錠で繋がれた方の手を繋ぎながらタッタッタと子供そのものな軽やかな足取りで駆けてくるその2人の選手は、


「FeiFei選手とShanShan選手っ? 意外や意外、先頭集団だったXyz選手やLaika選手を追い抜いてきた模様です!」


>双子ちゃんじゃん!

>えっ?何がどうなって?

>この子たち最後尾じゃなかった?


そう。

FeiFeiとShanShanは今日これまで一度もカメラでとらえられていなかった。

つまり、先頭集団でもなんでもなければ、見せ場も何もなかったハズ。


……いや、というか、身体強化魔法を使っていないのか?


身体強化魔法を使っていれば風を切るように走れるはずだ。

その疾走感が2人にはまるでない。


『フェイフェイ、RENGEが先に行ってるならもう武器は要らないよね。仕舞っちゃおうか』


『仕舞っちゃおうよオネーチャン! そっちの方がもっと速いネ!』


『よし、じゃあまたそろそろやろっか、フェイフェイ』


『そーだネ! 今度は私から行くよオネーチャン!』


2人は両手をピンと拡げ、FeiFeiを中心としてコンパスでグルリと円を描くようにして回り始める。

一回転、二回転、

そして、


『ハイヤ──ッ!!!』


FeiFeiが地面を蹴る。

それと同時、その足元が爆発した。


──魔力爆発。


RENGEやAKIHOの動画で見たそれが、FeiFeiの足元で起こっていた。

FeiFeiの体は勢いよく斜め前方へと跳び上がる。

手錠で繋がれているShanShanの体もまた引っ張られ、


『いくよフェイフェイ!』


ShanShanの足元でもまた、魔力爆発。

2人の体が宙へと浮き上がる。

横にグルングルンと回転したまま。

そして、


『『アイヤ──ッ!!!』』


魔力爆発がFeiFei、ShanShanの足元で交互に起こった。

その爆発のエネルギーで、2人の体はプロペラのように高速で回転しながら前へと進み出す。


『やっぱり速く飛翔べるって最高ネ! オネーチャン!』


『そうだねフェイフェイ、一気にけ抜けちゃおう!』


2人の姿はすぐにカメラでとらえ切れないものとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る