第54話 日本予選Fブロック実況その3
~施設長の視点(観戦席から)~
観戦席。
その中ほどの列に施設長とナズナは座っていた。
満員のその場所では、観戦用モニターが映すダンジョンの様子に、「寝てんの!? 起きてんの!?」「かばやき……蒲焼き!?」「なんで蒲焼きっ!?」などと疑問符が飛び交っている。
そんな人々の中で隣に居たナズナは、
「勉強のさせ過ぎが裏目に出ちゃいましたね……」
いたって冷静にモニターを眺めていた。
たぶん、ナズナが慌てていないということはそれほどの事態ではないのだろうと、施設長もまた何となく落ち着けていた。
「なんだかさっきモニターから聞こえたレンゲちゃんの受け答え……"I'm fine thank you"の発音がおかしかったもんね?」
「はい。たぶん、何度も何度も同じ言葉を繰り返している内に発音が分からなくなってしまったのかと……いわゆる【ゲシュタルト崩壊】と呼ばれるものの言語バージョンといったところでしょうか」
「な、なるほど……」
脊髄反射的に正しい受け答えができなくなった結果、レンゲちゃんは英語のカウントダウンに対しての返答をどうするか深く考え始めてしまいフリーズ……眠りに落ちてしまったというわけか。
「眠ってしまっているけど……立ち上がっている今の様子を見るに、起きるまであと少しといったところかな?」
「いえ、起きることはないでしょうね」
「えっ……それじゃあ、このRTAは負けてしまうということかいっ?」
「いえ、大丈夫です。こんなこともあろうかと……【奥の手】を用意しておきました」
ナズナは首を横に振った。
「実はお姉ちゃん、【眠ったまま】でも動けます」
「うーん、さすがレンゲちゃんというかなんというか……」
「昔、夏休みにお姉ちゃんと山でサバイバルをしなきゃいけなかった時期があるんですけど、」
「んんっ? サバイバルっ!?」
「お姉ちゃんは危険を察知すると反射的に体が動くみたいなんですよね。就寝後の真夜中、鼻提灯を作りながらイノシシを三角絞めで落としていたことがありました」
「イノシシを……絞め落とす……!?」
いったいあの太い首を持つ動物をどうやったらそんなことにできるのか……いや、他にもっと疑問を持つ点がある気もするが、と施設長は思いつつ、
「ただ、かといってそれでまともにRTAができるのかい?」
「それがお姉ちゃんの奥の手に関係してくることになるんですが……」
ナズナはモニターを指さして、
「お姉ちゃん、さっき言ってたじゃないですか、"蒲焼き"って」
「うん……言ってたね。しかし蒲焼きとは?」
「うなぎの蒲焼きです」
ナズナはさも当然のように言い、
「こんなこともあろうかと、昨晩お姉ちゃんの深層心理に【
「そっ、そんなことが可能なのかいっ!?」
「お姉ちゃんは5円玉を目の前で揺らされるだけで催眠にかかるほど思い込みが激しいので、可能です。私自身、子供の頃からお姉ちゃんでたびたび実験してみたので問題ありません。それに、」
ナズナはニヤリとして、
「当然、お姉ちゃんはうなぎの蒲焼きなんて食べたことありませんので、ウワサでしかその美味しさを知らない……未知の食への欲求がなおのこと強くお姉ちゃんの本能を突き動かすはずです」
施設長は開いた口が塞がらない。
そのまま観戦用モニターを見上げるのだった。
* * *
~実況者:
「か、"かばやき"とはいったい何なのでしょうか……!? というかRENGE選手、果たして起きているのか眠っているのかっ!?」
生帆は実況用マイクを握り締めながらモニターを食い入るように見る。
「一見して起きているように見えますが、しかしその目は瞑ったまま! これはいったい……どう取るべきなんでしょうかっ!?」
>そりゃ起きてるでしょw
>起きてるよ。じゃなきゃ立たんって
>いや、体フラついてるよ?寝てんじゃね?
>寝ながら立ってて草
>いやお前ら、寝ながら立てますか?って話
>夢遊病ってものが存在しましてな・・・?
コメント欄の反応は起きてる・寝てるで半々といったところだ。
……いや、半々というのもおかしいな? 普通、立っているんだから「起きてるハズ」という反応が大半を占めるはずだけど……。
それだけ多くの人がRENGEなら眠ったまま動くこともあり得るだろうと考えているということだ。
かく思う生帆自身も、「あるいはRENGEなら本当に寝たままRTAを始めてしまいそうだ」なんて思ってしまう。
「──おっと、RENGE選手、足を1歩前に踏み出したっ!」
モニター内、RENGEがフラフラとした足取りで歩き始める。
Whisperはそれを見て、すかさず並走の構えを取った。
しかし、直後、
「なっ、どうしたことでしょうっ、Whisper選手がその場に尻もちを着きましたッ!」
続けてモニター上、映像が乱れた。
撮影用ドローンが揺れている。
それと同時にバチバチと、空気を弾くような音。
RENGEに動きがあったわけでも、
Whisperが激しく攻撃を受けたわけでもない。
ただ、突然にWhisperもドローンも"ナニカ"に圧されていた。
恐らくはRENGEから自然と発せられる"ナニカ"に、だ。
『なんなんだ、お前は……!?』
モニター内。
WhisperがRENGEへと向けて、
『何故、立ち上がるっ? 何のために!?』
そう叫ぶ。
『眠ったまま、なおも前に進もうとする意味はなんだっていうんだ……!?』
『──』
RENGEの唇が動く。
撮影用ドローンが近づき音声を拾う。
『……速く……"ごーる"に……(そして蒲焼きを食べる)』
次の瞬間、
フッ、と。
>っ!?
>!?
>!?
>えっ!?
「RENGE選手の姿が一瞬で消えたぁぁぁッ!? これは、まさか──っ!?」
慌てて実況用モニターを切り替える。
──生帆はかつての経験から知っていた。
今ここで第1階層の終点を映したところで、何の姿を映すこともできないと。
ゆえに生帆が映したのは第2階層終点の固定カメラ。
すると、カメラが切り替わったそのタイミングで、
RENGEと思われる疾風が吹き荒れて、
その階層終点に待ち構えていたオークたちが前のめりに倒れる映像がモニターへと映し出された。
──カメラが切り替わるまでの時間、およそ3秒。これが示すところはつまり、
「RENGE選手、彼女は言いましたっ、『速くゴールに』と。つまり──完全復活の模様ですッ!!!」
生帆は引き寄せた実況用マイクへと、力いっぱいにそう叫んだ。
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