第53話 日本予選Fブロック実況その2

~実況者:生帆なまほの視点~


9時59分。

時計の長針が最後の1周を始めると、観客席の空気は、そして配信のコメント欄の空気は、いよいよダンジョンの入り口の動きに釘付けになっていく。

去年と今年で注目度は変わっても、この空気感だけは変わらない。

ヒリヒリとした雰囲気の中、皆んなが今か今かと手に汗握るのだ。


……俺だってできるならそうしていたい気分だね。


実況者の生帆なまほは心の中でそう呟きつつ、


「さあ、出走30秒前ですっ! 全選手がダンジョン第1階層へと入りスタートライン前に立ちます!」


RTA実況歴20年、ベテランとしての矜持が実況を忘れさせてくれない。

プレッシャーもある。

特に今年は、なんていったってRENGEがいる。

コメント欄もRENGE一色で、


>RE・N・GE!!!

>RE・N・GE!!!

>RE・N・GE!!!

>RENGEがんばれ~!

>RENGEまた世界の度肝を抜いてくれ!

>超楽しみwww


みんな、RENGEの活躍を待望している。

生帆は気を引き締める。

少しでも気を抜けば、また以前の実況時のようにRENGEを見失ってしまうに違いないのだ。

そうすればひんしゅくを買うのは間違いない。

生帆の握るマイクに自ずと力が入る。

走者たちの映るモニター上で、カウントダウンがすでに始まっている。


5ファイブ4フォー3スリー2トゥー1ワン──スタートですっ! 今全ての選手が一斉に走り出し──ぁぁぁっと!?」


生帆がその目を見開いた。

実況モニターに映る先頭走者はRENGEではなく、PPP選手。

Fブロック内での予選審査通過順位が1番下のその選手だった。

一方でRENGEは、スタート開始直後フラリと後ろに倒れたかと思うと、


『zzz……zzz……』


仰向けに大の字になっていた。


「RENGEが……スタートしていませんっ!」


>えぇぇぇっ!?

>RENGE!?

>どうしたっ!?


「いったいこれはどういうことか! かすかにドローンが拾った音声からは、」


『zzz……zzz……』


「安らかな寝息を立てている模様だぁぁぁッ!!!」


>待て待て待てwww

>ウソだろっ!?

>そこで寝るか普通!?

>なんで寝たし!


「そして隣にはもう1人……Whisper選手が佇んでいます。RENGEの方を見て……こちらも驚愕に目を見開いているようですが、真相やいかにっ!?」




* * *




~走者:Whisperの視点~


非常に戸惑っていた。

Whisperは額に汗を浮かべる。


……いったい、俺はどうしたらいい?


RENGEはずっとブツブツ何かを呟き続けていたと思ったら、『ファイブ』とカウントダウンが始まった瞬間に、


『"あいままふぁんちゅさんちゅー"!?』


と訳の分からないことを叫んでいた。

そしてその後『スタート!』の合図と共にまるで催眠にかけられたかのように寝息を立て始めたのだ。

そして現在、


「zzz……zzz……」


一向に起きる気配はない。


……どうする? RENGEを放置して、俺もまた走り出してしまうか……?


いや、止めよう。

すでに【ロケットは上手く飛び発った】のだ。

俺の役目は俺たちのロケットがRENGEミサイルに撃ち落されないように見張ることなのだから。


作戦名:ロケット。

その詳細は単純。

要は走者の中から選んだ3人にロケットスタートをさせる。

ただそれだけだ。


……他の面々はPPP、Xyz、Laikaの3人に身体強化魔法を集中させた。


ゆえにいま先頭集団にいるのはその3人だろう。

3人はタイムロスせず、開始0秒から全力疾走が可能となる。

さらに道中は、XyzとLaikaの2人がPPPの行く手を阻むモンスターたちの壁となり、PPPをひたすら独走させる布陣をとる。

そうすれば恐らくPPPはこの第1階層を15秒前後で抜けられるはずだ。


それがこの第1階層において50%の確率でRENGEを上回るための作戦の全て。

なにせRENGEの唯一の弱点……

それは【序盤の滑り出し】だからである。


以前、炎上配信者のRB@Fixerの配信で気になったことがあった。

RENGEは全ての階層を30秒ジャストで踏破していたが、しかし実際の目撃者によると、


『最初の第1階層では10秒から15秒くらいかな、スタート地点から止まってて動かなかったんですよね』


そう話していた。

確かに言われてみると、AKIHOとの配信動画でも身体強化魔法を使うときに少し動きを止めていたのだ。

ゆえに、推測した。

RENGEが1階層2秒で攻略するほどの凄まじい身体強化魔法をかけるためには、まず最初に12、3秒程度の時間が必要なのではないか、と。


……だからこその俺たちのロケットスタートならRENGEに勝てる! そう思ったんだがな。


「──寝てるんだよな、そもそも」


開始から2分。

RENGEは未だに目を覚まさない。

ロケット作戦が上手く行っていれば恐らくPPPはすでに第4階層付近を独走していることだろう。


「まあ、俺が止めるまでもなく寝てくれているなら好都合か」


このまま行けば1階層~5階層を対象とした第1区間MVPすらも射程圏内だ。

もし取れれば、より色濃く俺たちの名前が日本予選に残るだろう。

無論、PPPに掛かっている身体強化が解けてしまった後はタイムは下がってしまい、日本代表には届かないだろうが……

それは全員承知の上だ。


……それでもなお、この場でRENGEに勝つという意味があった。そう信じたい。


Whisperがそんなことを考えていた、その時だった。


──ユラリ、と。


まるで逆再生映像を見せられているかのように、突然、RENGEの体が地面から支えもなく立ち上がった。


「……! 起きたのかっ!?」


Whisperは即座に自身へと身体強化魔法をかける。

そしてスタートラインからリードを取った。

RENGEの走り出しに少しでもついていけるように。

しかし、


「……」スゥ…スゥ…


「起きて……いないっ?」


RENGEから聞こえるのは寝息。

つまり、


「眠りながら立ち上がった、だと……!?」


訳が分からなかった。

しかし、そうとしか思えない。

RENGEの目は開いていない。


……RENGEコイツ、本当に人間かっ!?


Whisperが背筋をゾッとさせていた、その時だった。




「──きゅぅぅぅぅぅぅぅっくるるるるっ」




少し間の抜けた、ナニカが鳴る音がダンジョンへと響く。


「なっ、なんだっ?」


それはRENGEの方から聞こえ……

RENGEは目を瞑ったまま、お腹をさすっていた。

そして、


「……"かばやき"」


ポソリと。

そう小さく唇を動かした。

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