第52話 爪痕

~走者:Whisperの視点~


──時間は少し遡り、Fブロック控室。


開会式が終わり、入場の30分前。

黙りこくっていたRENGEが控室からどこかへと出ていった時を見計らって、


「──俺たち全員で組まないか?」


ひとりの眼鏡を掛けた男──前大会7位。

日本ダンジョンRTAトップランカーのひとり、Whisperの言葉だった。


「このままではFブロックRENGEという大波に飲まれ、俺たちの記録なんて少しも残りやしないだろう」


それは間違いない事実であり、この場にいる誰もが疑わない事実だった……

しかし、


「だからって、俺たちで組んで何ができると?」


発言をしたのは現役MMA選手でもあるXyzだ。

Xyzは無骨な指で綺麗に丸めた頭を擦りながら、


「正直よ、オレはアレと張り合うのは諦めてるぜ。それにRENGEがキレイにモンスターを片付けてくれた道をひたすら付いていくだけでも自己ベストは狙えるだろうしな」


Xyzの言葉に他の走者の多くも、渋々というように同意を示した。


……まあ、そうなるだろうな。


Whisperもその想いはよく分かった。

しかし、


「なあ、悔しいとは思わないか?」


Whisperは問いかける。


「みんな、これまでRTA走者として何年も何年も鍛錬を積んできただろう? その実績も何もかもが、たかだか1カ月でまるまるRENGEの話題に"上塗り"されてしまうなんて。それも、つい最近まで世界大会が何かも分かっていなかったRENGEに!」


「そりゃあ……悔しいさ。でも結局、実力が全ての世界だろ」


「そうだ。だが……みんなの力を集めれば"爪痕"くらいは残せるはずだ」


Whisperは控室の全員を見渡して、


「負けっ放しで終わっていいのか? 全ての注目をRENGEに持っていかれるがままでいいのか? このままじゃ日本予選は全てRENGEの記録しか残らない……なら、せめてその内の1つにでも、俺たちの記録を刻みたいとは思わないか!?」


「記録を刻む……? RENGEがいるこのFブロックでか?」


「もちろんだ。ダンジョンの第1階層、ここ1点の日本最速記録を俺たちで頂くんだ」


Whisperの答えに、控室はザワついた。


「できるのか、そんなことがっ?」


「できる。一見して完璧なRENGEだが、1つだけ弱点がある」


「まさか、ウワサの【RENGEは英語で寝る】なんてトコを突こうってワケじゃないだろうな?」


「違う。英語で眠る人間がこの世にいると思うか? あんな配信用のキャラ付けを頼りにしてるわけじゃない」


Whisperは首を横に振りつつ、


「弱点と作戦についてはこれから協力してもらえる者のみに話す。決めてくれ。俺の案に乗るかどうかを」


「……最後に聞かせてくれ。勝算は?」


「50%」


控室の、Whisperの言葉に耳を傾けていた面々が顔を見合わせた。

50%……

RENGE相手に、50%の勝算はあまりにも大きかった。


「……僕は賛成だね」


ポツリ、と。

パイプ椅子に腰かけ、自らの得物エモノである大きな盾を前に抱えていた前大会38位、Laikaが立ち上がる。


「ただRENGEに全てを持っていかれるままになるくらいなら、そういう記録の一部という形で抗ってみるのも悪くない」


「……待てよ、分かった。オレもやる。勝算50%はデケェ。RENGEのいるブロックで名前を残せるなら乗らない手はねーさ」


Laikaに続き、悩んでいたXyzも結局賛同した。

他の選手たちも次第にJOKERの提案に頷く。

そうしてWhisperを中心に、同意した選手たちが集まった。


「……キミたちはどうする?」


Whisperが声を掛けたのは2人の選手。


「私たちは別に興味ないネ」


瓜二つのその2人、FeiFeiとShanShanは離れた席から動こうとはしない。

その内の1人、特徴的な赤色チャイナドレスのFeiFeiが室内に響くため息を漏らした。


「それになんでそんなことするカ? 意味が分からないネ」


「それはさっきも俺が言った通り……このFブロックをRENGEの記録一色にしないためだが?」


「記録? RENGEはRENGE、私たちは私たちヨ?」


「FeiFeiさん、君はいったい何が言いたいんだ?」


「なんでRTAでRENGEの記録がどうこう、みたいな話が出てくるか私には分からないヨ。RTAはただ速く走って自分が楽しむためのものネ!」


「……!」


「なんでみんなでどうこうする必要があるカ? 私には理解不能ヨ。ねぇ、オネーチャンは分かる?」


話を振られた左隣、青いチャイナドレスのShanShanは「う~んと」と考えつつ、


「つまり、フェイフェイがやりたいこととこの人たちがやりたいことは違うってこと」


「でもオネーチャン、私たちは同じRTAをするんだヨ? それなのにやりたいことが違うっておかしいヨ」


「例えばフェイフェイ、パンケーキがあるとするじゃない?」


「パンケーキ!? 私パンケーキ大好きネっ! フワフワで粉砂糖かかってるヤツが1番ヨ! メープルシロップはたっぷりかけてバターは使わない派!」


「うんそうだよね、知ってるよ。フェイフェイはシンプルイズベストだもんね」


ShanShanは昂揚したFeiFeiを軽くいなしつつ、


「でもこの人たちはそうじゃなくて、パンケーキに加えて生クリームや色んなフルーツを載せてイチゴジャムで頂こうとしているんだよ」


「なっ……!?」


FeiFeiは驚愕に目を見開いた。


「そっ、そんなことしたらどうなるカっ!? パンケーキの生地の素朴な味わいが楽しめなくなるヨ!」


「パンケーキだけじゃなく、パンケーキに添えられる"何か"を楽しみたい人もいるってことだよ、フェイフェイ。イチゴジャムたっぷりのパンケーキも美味しそうだとは思わない?」


「た、確かに美味しそうだネ……いやいやっ、でも私はメープルシロップ派ネ! それは揺らがないこの世の真理ヨ……!」


ShanShanの提示した例に揺れ動きつつも、FeiFeiはしかしWhisperに向け、


「まあでも、私理解したヨ。Whisperとかいう人……結局はあなたもパンケーキを美味しく食べたい人だったカ……」


「いや……パンケーキ? ぜんぜん違うけど……まあいいか、なんでも」


Whisperはため息を吐きつつ、FeiFeiとShanShanを見やる。

あどけないように見えて、しかし初参加で2人ともWhisperのひとつ手前の予選審査通過順位である。

正直、不気味だった。


……にしても、『RTAはただ速く走って自分が楽しむためのもの』か。


若い意見だ、と一蹴することは不思議とできなかった。

それどころか、それを聞いてから何か棘のようなものが胸の内に突き刺さっている気分だ。


……いや、今は気にしてもしょうがない。俺は決めたんだ。RENGE一色になってしまいそうのこの予選で、自分たちの記録を残してやろうと。


Whisperはその2人以外の控室の走者たち計7人を集める。

そして作戦の詳細を伝えた。

作戦名は【ロケット】。


そしてRTAダンジョン入り口への入場10分前、

RENGEが控室へと帰って来た。

その顔は青く、クマ深い。

そして、


「"あいむふぁいんせんきゅー"、"あいまふぁいんせんきゅー"、"あいままふぁんむさんちゅう"、"あいま……"、"あんむ……"、アレ……あれ……? "あい……"」


ひたすらうわごとのようにそう呟き続けていた。


「オネーチャン、あいつヤバいネ。ぜったいなんかやってるヨ」


「こらフェイフェイっ、シッ!」


そうこうしている内に、入場の時間だ。


「──みなさん、入場5分前となりました」


RTA日本予選のスタッフが控室に入ってくる。


「外部との連絡が可能な電子機器などをお持ちの方は、この場で電源を切って私にお預けください。もしRTA中に所持が発覚した場合はチート扱いで失格となりますので、その点ご承知おきください。その他の注意事項として──」


相変わらずRENGEの顔は青いまま。

もしかして本調子じゃない……?

だとすればもしかしたら勝率はもっと上がるかもしれない。


……今回の予選、俺は棄てるか。そしてRENGEを徹底マークしよう。


そしてロケットを必ずや上手く飛び立たせて見せる。

出来る限り遠くへと。

Whisperはそう胸に誓った。

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