第36話 花丘ナズナというチート(※姉コン)

今日は火曜日。

学校帰りに妹のナズナがダンジョン管理施設へと寄ってくれていた。


「これが新しい契約書ね」


バサリ。

ナズナは事務所まで来るやいなや、ランドセルから取り出した束の書類を私の机に置いた。


「それでこっちが業務内配信収益の按分率の表。あとはトラブル防止のための別紙として、経費計上可能な備品一覧、個人配信になるか業務配信になるかのケース事例集も用意してあるわ」


「えぇっ!? もうできたのっ!?」


何を言ってるのか詳細はサッパリだけど、どうやらナズナは昨日私が話した内容について早くも取り組んでくれていたらしい。


──それは、昨晩。


夕ご飯を食べながら今日の出来事をお互いにいろいろ話しているときだった。


『あのね、そういえば今日、施設長に副業してもいいよって言われたの。だからお姉ちゃん、これからは清掃員のお仕事以外にも配信活動もするからね』


『……えっ、これからは配信一本に絞るんじゃないのっ?』


『うん。清掃員として働くのも楽しいし、施設の役にも立ちたいし……どうかしたの、ナズナ? 顔色ちょっと悪いんじゃない?』


『お、お姉ちゃんがそんないっぱいお仕事したら、私との時間が……』


『時間?』


『……よしっ』


ナズナは意気込むように、


『お姉ちゃん、施設との労働契約を見直した方がいいと思う』


『あっ、そうそう、施設長もそんなことを言っていてね。ご飯が終わったらナズナに相談してみようかと──』


『大丈夫。全て任せて。私が完璧な書類を用意するから』


『えっ、本当っ!?』


──というような、そんなやり取りをしていたのだ。


「これは……すごいな……」


私とナズナの元にやってきた施設長と野原さんは、ナズナの作ってきた書類を見て目を丸くしていた。


「この雇用契約書なんて、行政書士さんに任せて作るのとほとんど変わらないうえ、キチンとレンゲちゃんの配信活動と清掃作業に支障が出ないような特例まで盛り込んである……!」


「こっちの按分率も適切なようだわ……! 過去の配信者とダンジョン施設の収益分配比率のケースを集めて中央値を取っているのね……!? 書面だけでなんという説得力かしら、同じ事務職目線から見て即戦力よ……!」


「フっフーンっ」


施設長と野原さんの反応にナズナは満足げだ。


「ナズナ、それにしてもいつの間にこんなものを……?」


「ヒマだったから、授業中に作ったわ。職員室からノートPCを借りてね。印刷も職員室でやったの。先生たちは苦笑いしてたけど止めないでいてくれたし」


「もう……授業はちゃんと受けなきゃダメじゃない」


「お姉ちゃんがそれ言う?」


うっ。

まあ、私もほとんど寝てたので強くは言えないなぁ。


「ナズナちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」


施設長が書類から顔を上げる。


「この、【配信業務の本業務化】という特例についてなんだけど、」


「なに? 不満?」


ナズナはそっぽを向いて応じた。


「別にいいでしょ。お姉ちゃんが配信活動をすることによってこの施設の宣伝になる。おかしいことじゃないわっ」


「ちょ、ちょっと、ナズナっ!?」


施設長に対してひどい態度だ。

びっくりする。

ナズナは普段、もちろんマイペースなところはあるけど、礼節・常識はわきまえている子なのに。


「どうしたのっ、ナズナ? そんな口の利き方をしてはダメでしょっ?」


「……ふんっ」


プイッと。

ナズナは私に対してもそっぽを向いてしまう。

いったいどうしたっていうの?

まさか……反抗期っ?


「レンゲちゃん、すまないがちょっと給湯室でお茶を淹れてきてもらってもいいかな? ナズナちゃんにお茶を出すのを忘れてしまっていたからね」


「えっ……」


「それに、たぶんナズナちゃんは私と話したいことがあるんじゃないかと思うんだ」


ナズナを見る。

答えない。

ナズナが押し黙るとき……

それは図星なときだ。

でも、別に施設長と話したいのであれば、私がここに居てもいいのでは?


「ほら、行くわよレンゲちゃん」


「えっ、あっ、」


野原さんに手を引かれ、連れて行かれてしまう。

どうしよう。

ナズナがまた、施設長に失礼を働いてしまわないだろうか……

心配だ。




* * *




~施設長の視点~


さて、レンゲちゃんたちは行ったかな?


「ナズナちゃん、それじゃあこの配信業務の本業務化についての話だけど、」


「……私は引き下がるつもりはないけどっ」


ナズナちゃんはプイっとそっぽを向いたままだ。

まあ、事情はだいたい分かる気がするんだよなぁ。

この契約書をひと目見れば、ね。

それに、


「引き下がることなんて全然ないよ。私が求めていたのもこれだったからね」


「……えっ」


初めて、ナズナちゃんがこちらを見た。


「レンゲちゃんは副業としてだけではなく、この施設の従業員の本業務として配信活動をする……これでだいぶレンゲちゃんの忙しさは軽減されるハズだ」


「……」


「特に雇用契約書のこの部分、【清掃作業と配信活動の両立を前提とする特約について】……ここの詳細な条項については私が特に頭を悩ましていたところでね。こうして形にしてくれて助かるよ」


「……なんで怒らないの?」


ナズナちゃんは不安げな表情で、


「これ、要はお姉ちゃんのこれからの清掃作業の割合を減らすってことに繋がるのよ? そんなの、雇用主としては到底受け入れられないハズじゃ……」


「いやいや、そもそもHELLモードで毎日点検・清掃作業をしている実態がおかしかったんだから、まったく問題ないよ?」


「えっ?」


「HELLモードの清掃作業は週1回、その他の日はEASYモードで、余った時間をこの秋津ダンジョン管理施設での配信活動に充てる……とてもいいじゃないか。それに、」


私は別に、この施設のことだけを考えて契約を結び直したいわけじゃない。


「私も【姉妹かぞくの大切な時間】は何にも代え難いものだと思っているからね」


「……!」


ナズナちゃんの顔が赤くなった。

そして押し黙る。

……どうやら、私の感じたことは間違いないらしいね。


「ナズナちゃんはレンゲちゃんのことが本当に大好きなんだね」


「べっ、別にそういうワケじゃないしっ」


「別に照れなくていいじゃないか。今はレンゲちゃんもいないのだし」


「照れてないっ」


プイッと。

ナズナちゃんは再びそっぽを向いてしまう。

とても大人びた子ではあるけど、気持ちが行動に全部現れてしまうところは歳相応という感じがする。

微笑ましくすらある。


……ナズナちゃんの契約書を見て最初に感じたこと。それは、ナズナちゃんの【お姉ちゃんを独り占めしたい】という想いの強さだ。


何につけても時間、時間、時間……

契約書にはその辺りのことがキッチリとミッチリと盛り込まれていた。

私に対して敵愾心てきがいしんのようなものをぶつけてしまうのも、その独占欲ゆえだろう。


「改めて言うが、この雇用契約で私も納得しているよ。ナズナちゃんは優しい子だね。他の書類にザッと目を通してみても、自分たちのことだけじゃなく、ちゃんとこの施設のことも考えられたものになっている……」


「それは……当然のことです。お姉ちゃんを雇ってくれたことは、私もすごく感謝していますし、」


「それについてはこちらこそ、だ。レンゲちゃんが来てくれて6カ月、助かることだらけだったから」


「……」


ナズナちゃんは居ずまいを正すと、


「あの、施設長……」


「うん? なんだい?」


「さっきはその、すみませんでした……失礼な態度を取りました。私、意見を押し通すためには強気で、って思って、つい……」


「いいんだ、気にしていないよ。最初からナズナちゃんの気持ちは分かっていたからね」


「……いえ、それでもごめんなさい」


「……分かった。謝罪を受け取ろう。そして私の方から、改めて感謝を。本当にありがとう。こんなにしっかりとした書類を作ってくれて」


ここまでのことをお膳立てしてもらったのだ。

後は施設長として、私がしっかりと責任を果たす番だ。


「きっとレンゲちゃんとナズナちゃん、2人にとって最良の働き方を提供できるように調整すると約束するよ」


「……はい。ありがとうございます。お姉ちゃんを今後ともよろしくお願いします」


ナズナちゃんと握手。

これで和解かな?

ちょうどそのタイミングで、


「お茶持ってきましたよ~! お紅茶しかなくって、確か名前は"いんぐりっしゅ・ぶれっく…"、……zzz」


レンゲちゃんが寝ながら歩いて、お茶を淹れて帰ってきたのだった。

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