第35話 これからは両方

「レンゲちゃん、え? 配信活動をわざわざ副業にするのかい……? なんで?」


施設長は何度も腕を組み直したり、アゴに手を添えたりして考え込むようにしながら、


「レンゲちゃん、キミ、生配信を経験して分かったろう? 自分の影響力のすごさというもの、そして自分の適性というものを」


「はっ、はいっ! すごく多くの人に注目してもらえたかな、と。それに、私自身の力が色んな人の役に立つかもしれないってことも分かりましたっ」


「そうだよね? それに、お金のことにしたってそうだ。AKIHOさんと広告収益やその他収益についての配当の仕方について、ちゃんとお話をしていたよねっ? 土曜日の生配信後に、来月どれくらいの金額がレンゲちゃん宛てに振り込まれるとかも聞いて……」


「わ、わぁっ!!! 施設長、それは言わないでくださいっ」


手が……

思い出すだけで手が震えてしまうっ!


「き、聞きはしたんです。"すーぱーちゃっと"の金額は50%、広告収益についても永久的に50%、そして"てれび"や他"めでぃあ"にRENGEの切り抜きを求められた場合は95%の使用料が私へ……」


「……スーパーチャットの金額としては歴代最高額だったらしいね。アーカイブの再生回数も今朝1億回を超えたって、」


「あばっ、あばばばばばばっ!???」


「レンゲちゃんが壊れたっ!? しまった数字がデカ過ぎたのかっ!!! スマンっ、この話は止めよう!」


「はっ、はいぃぃぃ……」


目が回ってしまう。

ビックリだ。

AKIHOさんの言った通りの額が口座に振り込まれるとなれば、私がこれまで働いて貯めた預金が全て端数になってしまうんだからっ!


「話を戻そうか、レンゲちゃん」


施設長が居ずまいを正した。


「レンゲちゃんはどうやら正しく自分の状況を理解しているようだね……だからこそ、分からない」


「な、なにがでしょう……?」


「配信活動に専念しない理由だよ」


施設長は端的に、


「お金は配信活動で充分以上に稼げる、違うかい?」


「……それは、そうだと思います」


「ならば、どうして副業だなんて……?」


施設長はまっすぐに私のことを見て訊いてくれる。

優しさの宿った瞳だった。

私は、


「お金だけが理由ではないからですっ」


私もまた端的に、結論で返す。


「……私は、確かにお金を稼ぐ、ということを第一に考えて生活してきました。それは私とナズナの生活のため、ナズナの学費を捻出するためです……でも、」


……私は今年こうして働き始めるまで、社会に出たらひどく辛い現実しか待っていないのだと思っていた。


中卒で働くということ自体、中学校の先生たちには難しい顔をされたし、雇ってくれる場所も限られるだろうと、お前がお金を作るなら水商売をするしかないのではないかとも言われたものだ。


でも、この秋津ダンジョン管理施設に入社して、そんな考えは変わった。

いや、施設長たちが変えてくれた。


「私は、この居場所が好きで、この施設に無くなってほしくなんかないんです」


「……!」


施設長が驚いた顔をする。

……私は知っている。

この施設の経営が危ないということを。

施設長と野原さんが以前会話しているのを聞いてしまったことがあるから。


「もう、この施設は思い出の詰まった私の人生の一部なんです。この先もしも仮に私がこの施設を離れて……そうして振り返った時、そこにこの施設が無かったらとても寂しいし、後悔すると思うから……私にできることはしたいなって」


「……そうかい、嬉しいことを言ってくれるなぁ。レンゲちゃんは」


施設長は小さく息を吐くと、微笑んだ。


「ありがとう、分かったよ。それじゃあレンゲちゃんにはこれからもよろしくお願いしたいな」


「はっ、はいっ! 副業しても大丈夫ということでしょうかっ?」


「もちろんだよ」


「ありがとうございますっ!」


よかった。

これでここで働きながら、配信活動もできる。

この施設の役に立ちながら、ナズナの進学資金も貯められる!


「ただ今後……もしかしたら雇用形態や契約関連については見直していった方がいいかもしれないね」


「えっ???」


「いやね、レンゲちゃんがただこの施設でこれまで通り雇用されているだけでは、レンゲちゃんが受け取ることのできる利益が少ないと思ったのさ。それにウチの施設としても……レンゲちゃんの人気にあやかるだけでいてはならないだろうから」


「???」


「要はね、今後はレンゲちゃんとこの施設、両者にとって本当に良いビジネスモデルを模索していく必要があるなと……」


「……zzz」


「ごめんね、話が長かったね」


「ハッ、す、すみません……!」


ついまぶたが降りてしまっていた。

施設長が真剣に話してくださっているのだから、しっかり聞かないと!


「まあその辺りは専門家の話も聞かなきゃいけないから……誰か知り合いにツテがあればよかったんだけど、」


「ツテ、ですか」


「うん。ダンジョン経営をしている友人はいるんだけどね。配信者との労務契約を込みにした諸々の手続きに詳しい人は周りに居ないから、そこから探さないといけないなぁ」


「……あの、施設長。詳しい、というと違うかもしれないのですが、適任になりそうな相手の心当たりはあるかもしれません」


「えっ? レンゲちゃんがっ? ……AKIHOさんかいっ?」


「いえ、違います。その、私の妹なんですけど……」


全小模試1位、全中模試1位。

目を通した本の内容は大体すべて覚えてしまう超すごい私の妹……

花丘ナズナ、小学6年生。


たぶん"ろうむ契約"? 

に関する知識も持っているに違いない。

……今日帰ったらちょっと相談してみることにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る