第30話 RENGEの初生配信その4
というわけで、引き続き私とAKIHOさんは"へるモード"ダンジョンの第1階層を進んでいく。
「しかし1階層目でレッドキャプとはね……」
しきりに辺りを見渡しつつ、AKIHOさん。
「まさかとは思うけど、VERY HARDモードのフロアボスキャラのキマイラやバーゲスト、エキドナなんかも居たりしないわよね……?」
「えっと、"きまいら"……?」
「……そっか、分からないか……行ってみないと分からないわよね」
AKIHOさんは肩を落とす。
なんだか、私が無知なばかりにとても心配をかけてしまっているようだ。
「大丈夫です、AKIHOさんっ! 何が来ても私が倒しますからっ」
「RENGEちゃん……」
「信じてください。何が来てもAKIHOさんのことはきっと守ってみせますのでっ」
>トゥンク・・・
>トゥンク・・・
>トゥンク・・・
>やだ、RENGEが頼もしく見える
>これが恋のはじまり・・・?
>AKIHO×RENGE・・・?
>いやRENGE×AKIHOやろ
>・・・アリだな
>アリです
>大アリ
>むしろ変な虫がつく前に我らがAKIHO嬢をよろしく頼みたい
「ちょっと視聴者のみんなっ? 変なコメントしないのっ!」
AKIHOさんがコメント欄に憤慨している。
なんだかいつも冷静沈着ってイメージのAKIHOさんが必死そうにしているのがちょっとおかしいな。
それにしても"恋"だなんて。
「(女の子同士なんだからそんなことあるわけないのに……変なの)」
かといって私は男の人の何がいいかとかもまだ分からないけど。
周りに居たのは借金を押し付けて逃げた父親と、優しいおじいちゃんの施設長くらいだし……
「まったく、みんなおバカなコメントばかりして……」
AKIHOさんが頬を膨らます。
「RENGEちゃん、気にしないで先に進もうっ」
「あ、はいっ」
くだけた視聴者さんたちとのやり取りで緊張はほぐれたのか、AKIHOさんの足取りは軽くなっていた。
「RENGEちゃんは普段ならこの階層はどれくらいで抜けるの?」
「えーっと……たぶん10秒くらいですね。いつも1番奥にいる強めのモンスターにちょっと手間取ってしまうので」
「て、手間取って10秒なんだ……」
>そっかぁ10秒かぁ
>10秒かかるのは強敵だねぇ
>・・・それは瞬殺というのでは?
>やめろ、誰も言わないでおいたことだ
>RENGEにとっては瞬殺できない=強めのモンスターなんやな・・・
「10秒でも今のRTA走者たちにとっては異次元の速さなんだけどね……ちなみに倍率はどれくらいでやっているの?」
「えっと、この階層だと普段は15倍で」
「や、やっぱり……!」
AKIHOさんは驚きはしたものの、これまでよりかはリアクションが抑え目だった。
「想定はしていたのよ。きっと現時点の最高倍率の"14倍"は越えてくるだろうな、って」
>ですよね・・・
>HARDモードじゃ1階層2秒だったっけ?
>でも15倍なのか。思ったより普通だな
>いや、世界最高倍率ですがwww
>俺はもっと上・・・20倍は出してると思ったわ
「ちなみに、RENGEちゃんは身体強化魔法をどうやってかけているの?」
「え……どうやって、ですか?」
「うん。15倍の身体強化なんて私は見たことない。だからそれは従来のやり方には無いメソッドだと思うの」
「め、めそっど……?」
「手段とか方法って意味よ。
人によって身体強化魔法の掛け方って違うの。
私の場合は詠唱を行って自身の内側の魔力回路を長時間活性化させる【アクティブエンハンスメソッド】を取っているわ。
走りながらできるコレがRTA界隈における主流方式ね。
他にもたとえば他にも魔方陣を描いて外側の魔力を自身の魔力回路に同調して留める【エクスターナルエンハンスメソッド】や、
あとはひたすら自分に略式詠唱でエンハンスをかける、魔力消費が激しくなって効力切れも早い代わりに強力な効果を期待できる【パッシブエンハンスメソッド】があるわ」
「……zzz」
「あれっ!? 寝てるっ!?」
「……ハッ!」
いけないいけない、つい。
私は目をゴシゴシこすった。
「す、すみませんAKIHOさん……私、英語みたいな横文字を聞くと眠くなる体質でして……」
「そんな体質あるっ!?」
>www
>ホントだよwww
>不思議ちゃん体質で草
>腹かかえてワロタwww
>AKIHOが解説し始めて秒で寝てて草
>学校の授業どうしてたんだよwww
>この子おもしろ過ぎんか?笑
AKIHOさんからも視聴者さんたちからも盛大にツッコミされてしまう。
学校の授業はもちろん、ほとんど寝ていたに決まってる……
思い返せばまるで結界のようだったなぁ。
英語の授業とかは特に、私が目覚めるたびに横文字が聞こえてくるものだから1コマで7、8度寝くらいしていたっけ。
おかげ様で5教科評価は全部最低のDだった!
「もう……RENGEちゃんったら。じゃあもう1回……今度は外来語無しで話せば大丈夫?」
「い、いえっ! 大丈夫です、お話の要旨は掴んでいると思いますので……つまり、人によって身体強化魔法のかけ方は違うってことですよね?」
「あ、よかった……伝わってたわね。その通りだよ。それで差し支えなければRENGEちゃんの身体強化魔法のかけ方を教えてほしいなと思って」
「えーっと、説明が難しいんですけど、」
「うんうん」
「今のコレをこう、ですね」
ひゅんっ。
体に魔力が素早く巡り、力が満ちる。
身体強化──完了。
「……ん?」
>・・・
>・・・
>・・・ん?
>まだやらんの?
>詠唱は?
「……え、詠唱? しませんけど」
>へ?
>は?
>どういうこと?
「──あっ!?」
AKIHOさんが叫ぶ。
UFOでも見つけたかのように私を指さして、
「ウソっ、いつの間に……!? RENGEちゃんから湧き出る魔力が増えて……力が増している……!?」
>はいっ?
>えぇっ!?
>うそやろw
>なに、どういうことっ!?
>詠唱してないやんっ!
「あ、あの、そもそも詠唱って何ですか……? 私、そういうのしたことなくって……」
「詠唱はもちろん魔法術式の詠唱よっ! RTA走者はみんなやってるでしょっ? こう、スタートと共に走り出しながら小声で!」
「え、えーっと……」
正直、それは知らなかった。
みんなそんなことしてたんだ……
「詠唱をしていないというなら、いったいどうやって身体強化魔法をかけてるのっ!? 詠唱しないで使える魔法なんて私、聞いたことないわよっ!?」
「そ、そうなんですか……? 私はその、自分が普段から身に纏っている魔力の量を調整して、後はひたすら加速させているだけ……と言いますか、」
「身に纏っている魔力を、加速させる……?」
「はい。みなさん日常生活を過ごされる中で体に魔力を纏っていると思うんですけど、その魔力に厚みを持たせる感じ……といえばいいですかね。クッションみたいに」
私は両腕を大きく広げて、これくらい、と自分を囲う楕円を描く。
「みなさん御承知の通り、この身に纏う魔力が厚い分だけ筋肉の代わりをしてくれる魔力が多いってことなんですよね。
そしてその循環の速度が速いほどに倍率が上がってくれる……なので、厚みが多ければ多いほど回す魔力量が多くなるので疲れますが、それだけ力が出ます。
後はその身にまとう魔力の流れを制御して、体を動かすのと同時に魔力をこう、」
「ごめん、ちょっと、ごめんなさい」
AKIHOさんからストップがかかる。
「あのね、大変申し上げにくいんだけどね……」
「は、はい……」
「ちょっと全然、何を言っているのかが最初から最後までぜんっぜん分からなくて……」
「えっ……それはいったいどういう、」
ブルルルルルッと。
"すまーとをっち"が激しく震える。
>ゴメン俺も理解不可
>何の話してた、いま?
>身体強化魔法の話だよな・・・
>俺ちょっと使えるけど、なんか違くね?
>自分の体の外側を魔力で覆う、ってなに?
>日常生活でみんな魔力まとってます?www
>いや纏うってそもそもなに?www
>出した魔力を服みたいに着てるってこと?
>魔力を身に纏うって、『自分の吐いた息をポケットに仕舞う』くらいおかしな表現なんだがな
>息をポケットに、のコメ例えが上手すぎwww
>例え方が秀逸。いい先生になりそう
「え、えぇっ!? 魔力を身に纏うって普通のことじゃないんですかっ!?」
AKIHOさんも視聴者さんも、誰からも共感される感じがない。
もしかしてこれも、常識的じゃないってことっ?
「だ、だったら普段はみなさん魔力をどうしてるんですかっ!?」
「ど、どうもしてないと思うけど……普通に内側の魔力回路を巡っているだけよ?」
「えぇっ!? 表に出してないんですかっ!?」
「う、うん……そうだけど……」
「じゃ、じゃあ急にトラックに
「いやいやいやっ、だから普通それでみんな死んじゃうのよっ!? むしろRENGEちゃんは死なないのっ!?」
「し、死なないです……だから命の危険が減るように、魔力操作の苦手な妹にもそれだけはキチンと教え込んだのに、まさかみんな習得していなかっただなんて……どうりで悲惨な事故が減らないわけです……みなさん無防備すぎますよぉ……!」
>とんでもねぇwww
>マジで言ってんのかwww
>すごすぎワロタwww
>常識とか非常識のレベル越えてるんよwww
>いや草
>とんでもない勘違いシリーズその2だな
>RENGEちゃん不死身なの草
>サラっと妹がいることを告白したな
>RENGEちゃん妹も強そうwww
>魔力を体に纏うとか・・・常識覆ったな
>これは学会発表レベル
>これまでの身体強化と全く別ベクトルやんけ
>筋肉を内側で作るか外側で作るかの違いやな
>つまり外側で作った方が倍率が上がる、と
>まあそれ、『酸素の無い宇宙空間で編み物をする』くらい不可能に近いことなんだけどね
>今度の例えコメントは下手
>褒められて調子乗ったなw
>もうちょっと他に例え方あったろw
そうだったのか……
魔力を体に纏うのは不可能に近いことだったのか……
どうりで妹のナズナに、
『おねえちゃんのバカァ! こんなの"じょうしきてき"にかんがえてできるワケないじゃんっ!』
って珍しくギャン泣きされたわけだ……幼稚園生のころに。
結局、ちゃんと習得できたのは2年前くらいだったもんね……
「(ごめんねナズナ……どうやらお姉ちゃんが間違ってたみたいです……)」
今日帰ったらナズナ好物の唐揚げを作ってあげよう、そう誓った。
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