第28話 RENGEの初生配信その2

>えっと、ごめん・・・今なんて?

>毎日? 点検作業で? HELL?

>いやいやいや・・・

>さすがに言い間違いじゃ・・・

>HELLモードって確か、世界でも上位のダンジョン攻略者たちが集まって攻略して何日もかかるやつじゃ・・・?


困惑のコメントが大量に流れてくる。

何日もかかる?

どういうことだろう?


「ちょっとごめんね、RENGEちゃん……さすがに言い間違いだよね? HARDモードの間違いじゃなくって?」


「えっと、"へるモード"なんですけど……」


「……待って? 点検作業って、私もちょっと小耳に挟んだことがある程度だけど、確か簡単なモンスターの出現確認のことだよね?」


「は、はい」


「それは普通、どこもEASYモードとかでやるものでしょう? でもたぶんRENGEちゃんのことだし、それをHARDモードでこなしていたとかでここまで強くなったのかなぁって思ったんだけど……」


>AKIHOに同じ

>俺も同じこと考えてた

>これまでのRENGEちゃんの動きはHARDを点検作業のかたわらに反復練習して極めた攻略者の動きなのかとばかり

>HARDで点検というのも大分おかしいがな


AKIHOさんの言葉に、コメント欄も同調していた。

え……そんなにおかしなことなの?

でも、それだと理屈が通らない。


「ちょ、ちょっと待って欲しいですっ! でも"はーどモード"って30階までしかないんですよね……? それだと、100階までのモンスターの出現確認ってどうやるんですかっ?」


「えっ?」


「だって、モンスターの発生装置が各階層でちゃんと動いているかを確認しないと、点検作業ができたとは言えませんよね……?」


「……え」


「……あれ……言えないってことでいいんですよね……?」


「……えっと、RENGEちゃん、本気で言ってる?」


「……ちょ、ちょっと自信が無くなってきました……」


そうだ。

確かに考えてみれば、普通の人で30階の"はーどモード"の攻略に20分近くかかってしまうなら、それよりモンスターが強くて100階層まである"へるモード"では1日じゃ足りないだろう。


……とすると、おかしいのはやっぱり私っ?


>おいおい・・・

>このトーン、マジか・・・?

>たぶん大真面目に言ってるだろ、コレ

>じゃあぜんぶ本当?

>この子ガチでHELLを毎日クリアしてたの?

>HELL完走を習慣化は草・・・草か?

>信じられんけどな・・・

>でも実際そうなんだろ・・・

>まあそもそも信じられるか信じられないかを言い出すと、RENGEちゃん自体がすでに信じられない力持ってるしな・・・


コメントを見る限り、どうやら私がおかしいらしい。

100階層まであるダンジョンを"へるモード"で毎日点検・清掃するのは普通じゃなかったんだ……

確かに初日はキツくて、半分くらいしかいけなかったけど。


「す、すみません、常識知らずで……えっと、それじゃあモードを変えましょうか? "はーどモード"でいいでしょうかっ」


私が"ばあちゃるしすむてむ・こんとろーらー"を再び操作しようとすると、しかし。

ガシッと。

横からAKIHOさんの手が伸びて、私を止める。


「いえ、よければ……このままで」


「えっ……?」


「HELLモード……RENGEちゃんは知らないと思うけど、実はそのモードで完走まで配信されたことって、ダンジョン攻略史上まだ無いことなの。本来はそれだけ難しいことだから」


「そう、なんですか……?」


「そう。でも、RENGEちゃんなら行けるのよね? なら……副次的な目的として、この生配信で史上初の快挙を達成してみるっていうのはどうかしらっ?」


AKIHOさんのその問いかけに、


>おおっ!

>マジでっ!?

>それはアツいっ!!!


と熱量の高いコメントが多く寄せられる。


「視聴者さんは乗り気のようね……RENGEちゃん、HELLモードのままでもいい?」


「あ、はいっ! 私はぜんぜん大丈夫ですっ」


>ぜんぜん大丈夫www

>感覚狂うなぁwww

>普通は大丈夫じゃないんすけどね・・・w


コメントには私の世間ズレした感覚が揶揄やゆされてるみたいだけど……でも確か『www』とか『草』とかって面白がってるって意味なんだよね?

こういうのが語尾についてるときは反応が良いってこと、とAKIHOさんには教えてもらってる。

でも、なんでwと草なんだろう?


「じゃあ行きましょうか、RENGEちゃん」


AKIHOさんは腰に差していた剣を抜いて、呼吸を整える。


「私……HELLモードは初めてなの。もし足を引っ張ったらごめんね?」


「あっ、はいっ! でも大丈夫ですよ、第1階層はそれほど強くないゴブリンとかしか出てこないのでっ」


少し緊張を和らげたAKIHOさんと、私たちを追尾するようにフワフワ浮いてやってくるドローンを連れ、私たちはさっそく第1階層へと足を踏み入れる。


そしていきなり会敵した。


「──レッドキャップッ!?」


AKIHOさんが目の前の赤いサンタ帽のようなものを被った"ゴブリン"を見て、驚きと共に飛びのきつつ剣を構えた。

私の腕の"すまーとをっち"もブルブルと震えていた。


>レッドキャップだ・・・!

>おいおい、マジかよ

>VERY HARDモードのフロアボスじゃん!

>最強のアサシン・ゴブリンだぞっ!?

>1階層で出てくるレベルじゃねーって!

>死神の鎌持ってる・・・

>雰囲気がもうヤバいって!


「AKIHOさんっ、視聴者さんっ? "れっどきゃっぷ"っていったいなに、」


「RENGEちゃんっ、後ろッ!」


AKIHOさんの声に振り返れば、そのゴブリンが手に持った鎌を私の首目掛けて振りかざそうとしていたところだった。


>待て!

>逃げて!!!

>死ぬってコレ!

>ヤバいヤバいッ!!!

>誰かゲーム止めてっ!!!


「あ、ちょっと待ってね」


取り込み中だから、討伐は後でにしたい。

手の甲でゴブリンの頬をはたいて飛ばす。

ぱきょぉっ! と。

頸椎が折れる音と感触が手に染みる。


……あ、しまった。先に倒しちゃった。


「すみません、みなさん……できれば解説を交えながら倒したかったんですけど、」


>?????

>は???

>待って???

>え、どうなってんの?

>今なにが起こった???

>あれ、レッドキャップ・・・?

>最強のアサシン・ゴブリンさん・・・?


「すみません、次からはちゃんと技術について説明しながら倒していければと思いますのでっ」


>違う違う!

>そうじゃない!

>問題はそこじゃないから!

>まさか今ので倒したのっ!?

>はいっ!? どうやって!?

>まだ強化魔法かけてなかったよねっ!?


「れ、RENGEちゃん、ちょっといい……?」


その声に振り返れば、AKIHOさんが後方で口元を引きつらせて立ち尽くしていた。


「あの、なんていうかな……いろいろ、そう色々と聞きたいことはあるんだけど……とりあえず、」


AKIHOさんは胸を落ち着けるように深呼吸をすると、


「第1階層に出てくる"ゴブリン"って、まさか今のこのレッドキャップのことを言ってたの……?」


「はい、そうですけど……今のゴブリンでしたよね? それでその、また変な質問になってしまうかもしれないんですけど……"れっどきゃっぷ"ってどういう意味なんでしょう……?」


「マ、マジですか……」


AKIHOさんは疲れたように眉間を抑えた。

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