第26話 防具・服選び

池袋までやってきた。

衣装選びはここでやるという話だったけど……


「池袋広すぎ……!?」


助っ人さんとはマルイがある方の東口で待ち合わせと聞いていたけど……

東口、東武口、西口、西武口……何が何やらサッパリだよっ!


……というわけで、時間に余裕をもって出たにも関わらず、待ち合わせ場所への到着は5分遅れになってしまった。


助っ人さんはすでに着いていたようで、


「もう、遅いじゃない」


「す、すみません」


「あなた朝の仕事は無かったんだからその分早く来るのが基本よ」


「すみません……」


叱られてしまった。

待ち合わせに遅れたのだし仕方ない。


「あの、本日はお忙しい中ありがとうございます──野原さん」


今日の助っ人さんである野原さんへと頭を下げる。

野原さんは肩を竦めると、


「いいのよ。これも仕事の内ってことだし」


そう言って歩き出した。


「さて、行くわよ。ダンジョン装備専門店へ」




* * *




秋津ダンジョン管理施設で事務職をしている野原さん。

彼女の足取りは迷いなかった。


「あの……野原さんはもしかしてダンジョン装備専門店へ行き慣れていたりするんですか?」


「そりゃそうよ。10年くらい前まではしょっちゅう来てたわ。施設のレンタル用装備を誰が買いつけてると思うの? 私よ、私」


野原さんはあっけらかんと言う。


「装備の流行なんかも調べてね、武器なんかはダース単位で買うのよ。あの時は帳簿が踊ってるようだったわ。今なんかは維持費経費で出ていくばっかりでお金をドナドナしてる気分だけど」


「は、はぁ……」


どうやらかなり詳しいらしい。

普段は事務室で机仕事をしているところしか見なかったので意外だ。


「着いたわ。ここよ、ここ」


店に着く。

一見して普通の雑居ビルだった。

その2階と3階の窓に太字でダンジョン専門店と書かれており、3階に防具・服と書かれている。


「ここは店構えが昔から変わらなくて楽だわ。一時はアチコチにダンジョン専門店ができたもんだけどダンジョン界隈が下火になって一気に消えちゃったからね。その点ここは昔っから一等地に縁は作らず池袋の端っこの方で細々と30年以上続けてくれてるからね、発注先がコロコロ変わらないのは助かるんだわ」


野原さん、喋り出すと止まらない。

相槌を打っている内に、3階に着く。

店に入ると、ズラッと。

メーカー別にハンガーラックへと陳列された大量の防具・服の数々が私たちを出迎えた。


「す、すごい数……!?」


「日本では界隈が下火とはいえ、ほとんどのダンジョン防具とか服とかは多国籍企業の大手アパレルやスポーツブランドが作ってたりするからね。今も結構な数が出続けているんだよ」


野原さんはそんな森の中の木々のように立ち並ぶ防具・服の中を、「こっちね。これとこのメーカーは耐用年数短いからダメよ」と私を先導してくれる。


「さて、防具を選ぶんだったわね」


「はい。そうです。次の土日に生配信をしていただくので、それに着けていくものを……」


「生配信、ねぇ……まさかレンゲちゃんが有名人になる日が来るとは思わなかったわよ」


しみじみとした風に野原さん。


「入社したときはパッとしない幸薄そうな子だなぁと思ったものだけど、人ってのは見かけによらないもんなんだねぇ……」


「ほ、本人を目の前にして言っちゃいますか……?」


「いやね、薄幸の美人ってヤツじゃないの。褒め言葉よ褒め言葉」


そうかなぁ……?

悪口ではないにせよ、褒め言葉でもないと思うけど。


「それにしても施設長から聞いたけど、あなたこれまでずっとHELLモードで点検・清掃作業してたんだってっ?」


「あ、はい。そうですね、勘違いをしていて……」


「エラい勘違いもあったもんだね、よく死ななかったものよ」


野原さんは呆れたようにため息を吐く。


「まったく、明日は定期メンテ業者にクレーム入れなきゃだね! HELLモードで100階までレンゲちゃんが綺麗にしてくれてるってのに、それを報告もしないなんて! 適当な仕事をしてからに……!」


「あ、あの……すみません」


「何が?」


「私のせいで変にお仕事が増えちゃったんじゃないか、って」


「あのねぇ……私はレンゲちゃんに怒ってるんじゃないの、お金を貰ってるのにそれに見合わぬ適当な仕事をする業者に怒ってるのっ」


「そうなんですか?」


「そうなのっ! 本当に、まだこんなに若いのにお給料以上の仕事をするレンゲちゃんを見習ってほしいもんだわよっ」


感情が動きに直結して現れる人なのか、野原さんはプンスカと怒った様子で目の前の防具を漁る。


「ほらっ、これ着けてみなさいっ」


バッ! と荒っぽく防具を渡される。


……ホントに、私に対して怒ってるわけじゃないんだよね?


本当に怒られると怖いので、私は素直に防具を身に着けてみる。

……おおっ?


「野原さん、すごい……ピッタリです……!」


「まあね。伊達にこれまでダンジョン装備を見てきてはいないし、しかも今は目まぐるしくデカくなってく息子や娘の服をしょっちゅう選んでるからね。パッと見てサイズを当てるくらい余裕のよっちゃんよ」


どうやらダンジョン管理施設での勤務歴と子育て経験により培われた目利きらしい。

なんともすごいものだ。

それからも腕当て足当て、色々なものを見繕われる。


「レンゲちゃんは銃で戦うのよね?」


「あ、はい。そのつもりで……」


「ならコレとコレは要らないか……ホルダー着けられるヤツがいるわね。じゃあこっちか……」


あれよあれよという間に色んなパターンの装備に着替えさせられる。

間違いなく、ひとりじゃこんなにスムーズに装備の選定などできなかったに違いない。

最初に施設長に野原さんが助っ人だと言われた時は驚いたけど、本当に適任中の適任だったみたいだ。


「よしっ、防具としてはこれくらいかしら……」


選ばれたのは胴当てと腰当て。

腕当てはホルダーからの銃の抜き差しにストレスがかかるから、脚当ては私の移動の邪魔になるだろうからと除外になった。


「それに、若い内は脚で魅せなきゃねぇ」


「はぁ……?」


いまいちピンとこなかったけど、野原さんが言うならそうなのだろう。

装備の合計額は6万8千円(高い!!!)だった。


「こんなにするんですね、防具って……!」


「もっと高いのもあるよ。見ていく?」


「いっ、いいですいいですっ! 野原さんに選んでいただいた防具で充分ですっ!」


「まあそうね。そういうのはお金が入ってから見たらいいのよ」


野原さんは鷹揚に笑って、


「さて、次は【衣装】ね」


「えっ……?」


「衣装よ。生配信に出るのに、まさか今着てるみたいなそんな普段着で出る気じゃないでしょうねぇ?」


「えっ、えぇぇぇっ?」


野原さんは私の腕をガッチリと掴むと、ズンズンと、今度は衣服がたくさんぶら下がったハンガーラックの方へと引っ張って連れて行く。


「今でもダンジョン配信自体は結構な人気みたいだからね。昨日調べてみたら若い子たちはみんな可愛いこういうの着てるみたいよ」


野原さんがハンガーラックから取り出した服を見て絶句する。

それは白黒調の記事に鮮やかな色のリボンがあしらわれたミニスカート。


「ダ、ダンジョンに潜るための衣装なんですよねっ!?」


「まあそうだけど。このスカートなら丈も短いし動きやすいんじゃないの?」


「中が見えちゃいますよっ!!!」


「見せてナンボよ、若い内はね」


「イヤですっ!!!」


「じゃあ下にスパッツでも何でも履けばいいじゃない……あっ、コレはどう?」


次にラックから取ったのはショートデニム。

……太ももが95%くらい露わになりそうだ。


「こんなに短いの、もはやパンツと変わらないですっ! それにお尻の形が丸わかりじゃないですかっ!」


「見せてナンボよ、若い内はね」


「イヤですっ!!! ……というか、私が施設長から預かったお金は防具に使うもので、衣装に使うものでは……!」


「あら、頭が固いわね」


野原さんは呆れたようにため息を吐く。


「この経費は生配信で施設が有名になるため、という目的で使われるものよ。ならその生配信の顔になるレンゲちゃんの存在が薄くなっちゃあダメじゃない。視聴者さんが離れてしまうわ」


「う……そのためには、衣装も買わないといけない……ということでしょうか?」


「そうよ。少なくとも普段着じゃダメ。これは貴重な時間を割いて観にきてくれる視聴者さんへのマナーでもあるわ」


……確かに、野原さんの言うことは一理ある。


生配信に映れば成功というわけではないのだ。

それぞれに生配信に懸ける想いは違う。

私は生配信を経験し今後の糧としたい。

AKIHOさんは生配信を通じて私の技術を間近にしたい。

施設長は施設の今後を考えなければいけない。

そしてそれら三者の目的のためには、視聴者さんに快く配信を見てもらう必要がある。


……これまでお世話になった施設長に報いるためにも、自分のことだけを考えるんじゃなくて四方向すべてが上手くいくように私も努力しないと!


「わ、分かりました……! 衣装、ちゃんと選びますっ!」


「その意気よ。……あ、このビキニアーマーなんてすごいわね」


「それは無理ですーーーッ!!!」


いくら努力するとは言っても限界はあるんですっ!

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