第12話 最短記録

施設長は私の反応に怒るでもない。

先生のようにひとつひとつ教えてくれる。


──いわく、20分の壁とはRTA走者がTOPレベルか否かを区別するひとつ水準らしい。


ほとんどの走者はそれを下回って当然なのだとか。

そしてこれまでの世界最短記録は10分12秒。


「あの……では私の記録は……?」


「だからね、レンゲちゃん。たったの3分ちょっとで完走してしまったキミが注目を集めるわけなんだよ」


「……」


なんというか、言葉にならない。

自分ができることくらい、誰にだってできるものだと思っていた。

でも、違ったのだ。


「ようやく事の重大さに気付いてくれたね……それだけでも今日は充分な収穫だよ」


「は、はい……」


まだ信じられない。

でも、観戦室のてれび画面。

そこで流れている先ほどのAKIHOさんの再生映像を見ていて、思ってしまう。


……私だったらもっとこうするのに、こうすれば速くなるのに、と。


「──あ、こちらにいらっしゃったんですね」


観戦室が開くとAKIHOさんが施設長を見つけ、こちらに小走りでやってきた。


「AKIHOさん、見ていましたよ。おめでとうございます」


「ありがとうございます。自己ベストです。非公式記録なのが惜しいですけど……」


「素晴らしい走りでした。次の記録会が楽しみですね」


「はい。私も自分の成長を実感できています……まあ、昨日の【謎の美少女A】さんには全然及びませんが」


ギクリ。

唐突に私の仮称が出てきた。

慌ててパーカーのフードをより深く被る。


「でも、彼女は彼女、自分は自分ですから。私は私の走りを洗練するまでです」


「……潔く、格好いい心構えですね」


「あはは、現実逃避かもしれませんけど」


そんな会話が施設長たちの間で繰り広げられている内に、先ほどの男がスタート地点に立っていた。


「……彼はどうでしょうね?」


「私が評価するのはおこがましくはありますが……私が以前見た限りでは平均的な走者でした。彼の走者名はRB@Fixerアールビーフィクサー。ご存じですか?」


「RB@Fixer……聞いたことがないな」


「一時は配信界隈で人気があったようです。素行の悪さで最近は下火のようですが」


あーるびーあっと……?

難しい名前の人のようだ。

施設長がそれとなく、私の方へと検索したのであろうスマホ画面を見せてくれる。

RB@Fixer……見ても読み方が分からないや。

RBでいいや。


「スタートしたようですね」


施設長が映像を見て言った。

確かにRBが走り出したところだった。

この人もまた、速いとは感じない。

みんな、どうして身体強化魔法の倍率を上げないんだろう?

なんて思っていると、


「29秒で1階層目を突破……? 速いな。魔力感知が得意なのか道も間違えなかった。とても繊細そうな人には見えないが……」


施設長が驚いたように言った。

AKIHOさんも意外そうに画面に見入っている。


「……もっと下手だったと思ったけど、克服したのかしら」


どういうことだろう?

私には何が驚くべきことで、何が意外なのか分からない。

首を傾げていると、


「レンゲちゃん、ダンジョンの壁の位置がゲームごとに変わるのは知っているね?」


施設長の耳打ちに、私は頷いた。

もちろん知っている。

毎日の清掃が必要になる理由がソレだ。


「ゲームごとに壁の位置が変わる……つまり攻略ルートが変わるから、RTA走者は走りながら魔力感知を使って下の階層への道を探すんだ。でもそれは相当繊細な魔力操作が必要で……とにかく、TOPレベルの走者でも難しいことなんだよ」


「そうなんですか?」


「……レンゲちゃんはどうやってるの?」


「え、私は1階層目に入ったら10階層分くらい一気に魔力感知で調べてますけど……みなさんそうしない理由は何かあるんでしょうか……?」


「…………おかしいな? 入社時に受けて貰った診断で、レンゲちゃんの魔力総量は並みだったはずなんだが……」


「施設長?」


「──2階層目も30秒を切ったっ!? そんな……!」


施設長の隣でAKIHOさんが立ち上がった。

目を見張って映像を見ている。

どうやらRBが3階層目に突入したらしい。


「こんなの、明らかに前までのRB@Fixerの動きとは違う……! 魔力感知を使っているにしたって、視線や動きに迷いがなさ過ぎるっ」


「ふむ……これはルート情報が漏れているのかもしれませんね」


「そんな……! でも、どうやって……!?」


「私も施設長ですからね、管理施設のことについては詳しい。ダンジョン制御室にはその時のルート情報が全て載っていますから……誰かしらを仲間に引き込んでいるのなら、無線やスピーカーモードにしたスマホでも道案内を受けることは簡単でしょう」


「くっ……制御室に行ってきます!」


「私もいっしょに行こう」


AKIHOさんはそう言って観戦室を後にし、施設長もそれについて行く。

私もついて行こうと思ったけど……やめた。

このRBとかいう人の攻略映像をもう少し見ておきたかった。


「……うーん」


RBの身のこなし、攻撃方法、走り方……

なんというか、その、

こんなこと本当は思ってはいけないのだろうけど、


「綺麗じゃないや……」


正直、見るに堪えない。

まるで泳げず水中でもがく水泳選手を見てるようだ。

……いや、そんなの見たことないけど。

これに比べると、先ほどのAKIHOさんの動きの方がずっと綺麗だった。

あと単純に遅い。

ズルして壁の位置が分かってるのなら、もっと速く走ればいいのに。


「でも、それができないから、今こうしているんだよね」


私にはできること。

それが世界の大勢の人々のできないこと。

その実感が少しずつ湧いてくる。


……私は、この力を使って何ができるんだろう?


誰かの役に立てるだろうか?

施設に、社会に貢献できるだろうか?

お金持ちになって、妹を大学に入学させてあげることができるだろうか?


「ちゃんと考えないとな……」

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