第7話 そんなまさか
~施設長視点~
「………………」
「あの、施設長?」
「………………」
「し、施設長~?」
ダンジョン管理施設の近所。
行きつけの老舗喫茶店、
そこの人目につかないボックス席で。
私はレンゲちゃんと2人で座っていた。
私はレンゲちゃんの話を聞き、
また実況配信を後追いし、
私が席を外していた僅か10分間に何があったのかを大まかに知ることができた。
「………………」
知ることはできた、が。
理解が追い付いたとは言っていない。
知った結果、言葉が出てこない。
「し、施設長……怒ってますか? すみません。やっぱりお客様の利用中に清掃に入るのは良くなかったですよね……私、寝坊で焦ってしまっていて、」
「……いや、怒ってはないよ」
ただちょっといろいろと整理する時間がほしいのだ。
「店員さん、この子にジャンボチョコレートサンデーを1つ」
「えぇっ!? 施設長っ!?」
とりあえず食べて静かにしておいてもらおう。
この店のパフェは美味しいからなぁ。
……さて。それで? 整理しようか。
え~~~っと?
ウチの従業員のレンゲちゃんが?
清掃作業と間違えて参加したRTAで?
世界最速記録を叩き出したって?
……いや整理はできても突拍子もなさ過ぎて腑に落ちんのだがっ!?
そもそもなんであれほどの実力を?
どこで、いつ身につけたというのだ?
あれだけの力があるのなら、今までどうしてこんな零細ダンジョン管理施設なんかで働いてくれているのだ?
「む、むむむ……」
謎は深まるばかりだ。
「し、施設長……大丈夫ですか?」
レンゲちゃんが心配そうに私を覗き込んでくる。
運ばれてきたジャンボチョコレートサンデーを口いっぱいに頬張りながら。
「うん、ちょっと考え過ぎで頭痛がな……ん? レンゲちゃん、なんで上に載ってるウエハースやクッキーを避けているんだい?」
「あっ、これは妹に持って帰ってあげようと思って。普段お菓子なんて食べられませんから。さすがにアイスは溶けちゃうので……」
「あとでお土産を持たせてあげるからっ! そこにあるものは全部お食べなさいっ」
「本当ですかっ!?」
「本当。お菓子でもアイスでも何でもいいから」
「い、いいんでしょうか、そこまでしていただいて……」
「遠慮することはないよ。ジジイなんてのはいつも金の使い道を探してるもんさ」
まったく、金よりなにより、時折垣間見えるレンゲちゃんの健気さにジジイは切なくなってしまうよ。
こんな良い子を置いて蒸発する親がいるなんて。
まったく世の中どうなっているんだか……
……って、いやいや。今はそこじゃないっ!
「レンゲちゃん、いくつか質問をしてもいいかね?」
「はっ、はいっ」
「キミは自分がトンデモない実力の持ち主だと気が付いているかね?」
「トンデモない実力……ですか?」
レンゲちゃんは首を傾げた。
「実力とは清掃作業のことでしょうか?」
「いや、ダンジョン攻略の力さ」
「えぇっ? いえ、まさかっ」
思ってもない、といった風に手を横に振る。
「私なんて、1番簡単なモードでしかダンジョン点検をしたことしかありませんし、あり得ませんよ!」
「しかし現にキミはさっき、HARDモードダンジョンをいとも容易くクリアしてみせたじゃないか」
「あっ、それなんですけど【はーどモード】なんてモード、ありましたっけ……?」
「え?」
「私、いっつも1番簡単な【へるモード】でしか点検作業をしてこなかったもので、他のモードの名前をあまりよく憶えられていなくって」
「えっ?」
「ああっ、やっぱりあったんですねっ? 勉強不足ですみませんっ! でも、本当に英語文字が苦手で……読んでみようと意気込むといつも昏睡しちゃうんですっ」
レンゲちゃん、キミってやつは……
VERY EASY と HELL を間違えて覚えてるっ!?
ということは、まさか……
「レ、レンゲちゃん。キミは入社してから、HELLモードでしかダンジョン点検をしていないとでも言うのかいっ!?」
「はっ、はい? そうですけど……」
開いた口が塞がらなかった。
「レンゲちゃん、VERY EASYが1番簡単でHELLが1番難しいモードなんだよっ?」
「えぇっ? そんなまさかっ! だって、へるモードはコツを掴めば簡単でしたよっ?」
「えぇっ!? そんなまさかっ!」
「えぇっ!?」
レンゲちゃん……本気で言っているのか?
HELLモードがコツを掴めば簡単……?
ありえん。
そんなわけがない!
HELLモードとはそもそも、
HARD・VERY HARDという2つの上級者向けモードでは飽き足らずさらなる苦難を求める世界TOP攻略者向けのモードなのだ。
さらに言えば、HELLモードは複数の攻略者──
──チームでの攻略が前提とされているんだぞ?
「ちなみにレンゲちゃん、コツっていうのは?」
「えっと……魔力で筋肉を補うようにして、20~30倍くらいの身体強化を行うと速く下まで進めるんです。消毒銃も魔力をいっぱい詰めたら威力が上がるので、そしたら硬いモンスターとかも倒せるようになるんです」
「……それはその、もしかして就活の時に私が聞き忘れているだけで、実は入社前からできていたことなのかな?」
「いえいえ、ぜんぜんですっ。初めてひとりでダンジョンに潜って、『100階層もあるなら急がなくっちゃ』って思って……筋力上げられたらなぁと試してみたらできました」
……なんてことだ。
レンゲちゃん、この子は天才かっ?
魔力で筋肉を補うのは超高等技術だ。
なにせ実体のない魔力で人間の細い筋繊維を作ろうというのだから……そのプロセスは複雑怪奇。
今でも攻略者(特にRTA走者)たちがこぞって魔力消耗の一番少ないメソッドをこぞって開発しており、1番最新のメソッドでのパフォーマンスでさえ確か14倍とかだったハズだ。
その倍のパフォーマンスを出せるメソッドを?
レンゲちゃんはたったひとりで、たった1日未満で発見してしまったというのか。
この、たった16歳の少女が。
「ああ、"じゃんぼちょこれーとさんでぃ"が溶けて……」
「……ごめんね、レンゲちゃん。話すのは食べながらでいいから」
「すっ、すみませんっ。いただきます……!」
パクパクと、ジャンボチョコレートサンデーをこれ以上ないくらいに幸せそうに食べているこの少女が世界を凌駕してしまったなんて……
しかし私は目にしてしまった。
もう『そんなまさか』とばかり言ってはいられないだろう。
……まずは、そう。レンゲちゃんに正しく現状を認識してもらう必要があるな。
=======
続きます。
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