第6話 伝説の実況その3

生配信映像は中央縦2分割で映された。

左半分に地下10階層入り口となる始点、

そして右半分は終点だ。

それはAKIHOの指示通りだった。


>また映像変わった?

>どこだよここ

>ごめん、ついていけない

>俺もワケわからん

>誰もついていけてないから大丈夫

>分けわからんけど神配信の予感

>掲示板で人呼んどいたわ


切り替わった映像の横、

映し出されるコメント欄は荒れている。


>とりあえず地下10階層なのはわかった

>レッドウルフだっけ?

>さっきナカナカ選手に結構ダメージ入れてたな

>フロアボスってやつだっけ?

>それ。5回置きに居る中ボスな

>ここのHARDモードだと確か素早さ断トツ


「コメントを拝読する限りみなさんお気づきかと思いますが、ここは地下10階層です。私がスタッフさんに無理を言って配信カメラで映す階層を変えていただきました」


AKIHOが実況卓のマイクを握り締める。


「謎の美少女A選手ですが、先ほどの手腕を見るに地下10階層まででのリタイアはまず考えられないでしょう。そして数分……いえ、数十秒後にはこの階層に訪れるハズです」


>数十秒後っ!?

>何を言ってるんだ・・・?

>いくらなんでもそれは・・・

>AKIHOちゃん実況を信じます!

>というかさっきのゴブリンは倒されたんか?

>勝手に倒れたように見えたけど?

>ゴブリンがどうなってたのかさっぱりだわ


「そうですね。ゴブリンたちとの戦いは一瞬でした。私もかすかにしかその動きをとらえることはできませんでしたが……恐らく謎の美少女A選手はゴブリンたちとのすれ違いざまの刹那に、武器ではなく素手で倒していたのだと思います」


>素手っ!?

>すでっ!?

>素手っ!?

>素手とかwww

>ありえねぇ

>オーガかよwww

>オーガでも武器使うんだがwww


「私は似たような戦い方をする人を見たことがあります。それはRTAの本場、アメリカ。そこで行なわれていたRTAで断トツの成績を残していた世界ランカーの走りにおいてでした」


AKIHOは語る。


「彼は感想後のインタビューにおいてこう言いました。『RTAにおいては武器を使用するメリットより、使用して起こるタイムロスを気にするべきだ』と。彼はやはり今の謎の美少女A選手のように、ゴブリンなどの低級モンスターを素手で倒していたんです」


>はぇ~

>TOP走者はバケモンだ

>素手で倒すという発想が鬼

>そこまで考えてんのか

>つまり謎の美少女Aもその領域・・・?

>いやいや、この歳の女の子が?

>10代の内に世界ランカーになるヤツもいる

>女じゃいないだろ


「……本気で、この少女が世界TOPと同列だと、AKIHOさんは仰るんですか?」


その言葉はAKIHOの隣から。

ずっと呆気に取られっぱなしだった実況者の生帆が口を開いていた。


「AKIHOさん、これは周知の事実ではありますが、日本のRTA走者のレベルは世界水準をはるかに下回っています。10年前のRTA全盛期であればまだしも、今のこの日本で世界TOPレベルがポッと出てくるなんて……しかも少女ですよっ?」


「ここが海外か日本か、走者が男か女か、そして大人か少女か……それが些細な問題だとは私も言いません。しかし、事実として謎の美少女Aの動きは尋常ではないことは確かです」


「そ、それはそうかもしれませんが──ぁぁぁっと!?」


生帆が叫んだ、配信画面を見て。

AKIHOが言葉を継ぐ。


「謎の美少女A選手っ……の姿が一瞬、左画面に見えましたっ」


>えっ?

>???

>???どこ

>いなくね?

>いねぇ

>もう消えたよ

>はやすぎwww

>辛うじて見えた。影が

>見えんかった・・・


「さ、さっき地下1階層で姿を消してからまだ1分も経っていませんよっ!?」


「驚きですね。さらに驚くべきことは、恐らく10秒もしないで今度は右画面に現れるだろうということで、」


その言葉を言い終わらないタイミング。

時間にして左画面から消えて5秒ほど後のことだった。

その少女は右画面──つまりは地下10階層の終点、レッドウルフの前に現れた。


そして、レッドウルフの首が気づけば真後ろに曲がっている。

素早さに関して右に出るモンスターのいないレッドウルフは、唸り声ひとつ上げることができずに横に倒れた。


「はっ!?」


>は?

>は?

>は?

>首

>グロい

>レッドウルフ死んだ?

>死んだ・・・ね?


誰もが驚きの声を上げる間に。

少女の姿は再び消えている。


「……! スタッフさん! 次は15階映してくださいっ!」


26秒後。

15階のフロアボス、ガーゴイル10体の前に少女が現れる。


>ちょ

>うそだろ

>ちょw

>はやいはやい

>まだウルフのショックが・・・


一斉に襲い掛かったところを、しかし少女はスピードを緩めることなくそれらを素手で砕きながら走り続ける。


>おいおい

>おいおい

>おいおい

>いやいや

>しかも素手っ?

>素手どうなってんw

>もう思わずワロてしまう

>驚き通り越してきたわw

>どうなってんのwww

>削岩機かなにかですかwww


「……次っ、20階層を映してくださいッ!!!」


32秒後。

20階のフロアボス、ミノタウロスの前に少女が現れる。

ミノタウロスが両手を伸ばして突進する。

その両腕は次の瞬間にはねじ曲がった。

そして少女とすれ違いざま、1階層のゴブリンのときと同じように前のめりに倒れて死んだ。


>またか

>まただw

>www

>モンスターが可哀想なレベルwww

>今回はちょっと目で追えたぞ?

>腹殴ってた?

>そうかも

>殴ってたな

>強烈なボディー?

>それであんな綺麗に倒れるもんか?

>心臓でも握りつぶしたんじゃねーの

>は?

>心臓???

>心臓コメント、発想が怖すぎ

>なに食ったらその発想が真っ先に出てくんだよ?

>サイコパスの発想www


「……25階層をッ!!!」


>AKIHOちゃんの声しか聞こえん

>生帆どこいった?

>AKIHOちゃんの独壇実況草

>まあジッとはしてられないわなw

>規格外のライバル登場や


次に25階のフロアボスとして映し出されたのはハイ・ゴブリンの集団。


>南無阿弥陀仏

>南無阿弥陀仏

>ご愁傷様です

>南無阿弥陀仏

>お前らwwwww

>死ぬ前からゴブリン弔われてて草


35秒後。

少女が現れる。

少女の手に持っていた銃──消毒銃が強い黄色の輝きを放っていた。

一瞬立ち止まって、少女は銃のトリガーを引く。

小さな光の粒が、さながら散弾のように吹き荒れてハイ・ゴブリンたちを一掃した。


>!?

>!?!?!?

>ファーwww!

>新技!?

>何魔法だよ今の!?

>詠唱無しっ!?

>そういえば銃持ってたなこの子


「スタッフさん──って、もう切り替えてくれてるんですね……」


AKIHOの指示がある前に、すでに画面には地下30階の映像が映されていた。

ここまで来るともうAKIHOだけではなく、最初から見ていた視聴者、スタッフたちは誰も疑っていなかった。

その少女の実力を。


>いま来た

>掲示板で放送事故とかなんとか見た

>俺は神配信と聞いて

>どういう状況よ?

>オススメに出てきたけどRTA?今どき?


謎の美少女Aの出走から2分半。

同接数は2000→7800。

今もなおどんどんと新規視聴者が配信を見始めていた。


「……ええと、新規のみなさん。よくお聞きください」


AKIHOが卓上マイクへと静かに語りかける。


「私たちが言えることはただ1つです。いいですか、1度コメント欄をOFFにして、これから1分間食い入るように配信画面を見つめていてください。それで全て分かります」


AKIHOの言葉に、コメント欄には『?』の文字が躍る。

それに対し、


>いいから言う通りにしとけ

>見なきゃ後悔する

>頼むから配信画面見とけ

>次が30階。ラストやぞ

>このコメント見たら即コメント欄OFFれ。


コメント欄にそう書くのは、

これまでの流れを見てきたのであろう、たった2分ちょっとの古参たち。


そして42秒後。

HARDモード最強のモンスター、ハイ・ミノタウロスの前に少女が現れる。


通常、ハイ・ミノタウロスを倒すのは困難だ。

素早さA、体力A、パワーS。

上級モンスターの中でも上位。


ゆえにまずは脚を狙って素早い動きを止める。

次に細かく手数で体力を削る。

弱ったところで、普段は厳重に守りを堅められている兜を弾き飛ばし、弱点の頭部を剣で叩き割るか強力な銃や魔法で撃ち抜くのだ。


一撃で倒すことができるのは日本TOPレベルのRTA走者でもほんの一握り。

不可能と言っていい。


で、そんなハイ・ミノタウロスの頭部を、黄色の光線が容易く吹き飛ばした。

それは消毒銃の一撃だった。

しかし、常人には銃を抜く素振りすら目で追えない。


ゆえに、ほとんどの視聴者に見えたのは黄色の光線の瞬きと共に、悠然とハイ・ミノタウロスの横を歩き抜ける少女の姿のみ。


>?????

>?????

>?????

>!?!?!?

>はい??????


それら新規の反応に、


>知ってたwww

>そうなるよねーwww

>俺らも相変わらず意味分からんもんw

>マジでどうなってんのって感じ

>新規の反応気持ちぇぇぇっ!!!


3分前から観ていた古参(?)たちは心底嬉しそうにコメントを打ち込んでいるのだった。


──テッテレーテーテ~~~!


〔RTA完走おめでとうございます。あなたは【HARD】モードダンジョンを完全クリアいたしました。今回の記録は3分12秒です──〕


>3分www

>世界最速じゃねwww

>奇跡の瞬間をリアタイしてしまった

>なにこれ?CG?

>この美少女だれ? 配信者?

>誰か詳しく!!!

>3分ってさすがにあり得ないだろ

>30階層3分って・・・は?

>いいから新規はとりあえず配信見返してこいや


コメントは大雨の日の川の濁流のごとく流れていき、

同接数もまた10,000、11,000とどんどん上がっていく。


最終的にこの日の実況生配信の同接数は10万を超え、噓か真かを論じる掲示板が乱立し、この日の夜以降のネットニュースを埋め尽くすことになる。


なお余談だが、そのRTA実況生配信のディレクターは高い注目度の配信ができたとして社内で昇進……とはいかず、むしろ少女の詳細把握ができていない&少女との未誓約RTA出場の件がバレて、危うく職を追われかけたとのことだった。

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