第8話 有名人なんだよレンゲちゃん
~施設長視点~
花丘レンゲ、16歳。
入社時、彼女は本当にただの少女だった。
ダンジョン攻略の経験があったわけでも、
特別な才能があったわけでもない。
入社時に測った魔力測定結果も並みだった。
……それが、入社直後からHELLモードダンジョンを単独攻略し続けていたとは。
間違いなく天才だ。
しかも人類史に類を見ないほどの。
いわば超天才だろう。
「事実は小説よりも奇なり、か……」
いったい誰が信じるだろう?
私の目の前で無邪気にジャンボチョコレートサンデーを頬張っている少女が、その超天才などと。
「(無くなっちゃった……)」
哀しそうな目ですっかり空になったガラス容器を見つめるその少女が、その超天才などと。
「もう1杯食べるかい?」
「いっ、いえっ! もう充分ですっ! ごちそうさまでしたっ」
慌てたようにレンゲちゃんは手を合わせた。
本当かな?
ぜんぜんもっと食べてもらってもいいんだけど。
……いやしかし、やはり説明が先だな。
「レンゲちゃん、聞いてほしいことがある。今日キミのしたことについてだ」
「ひっ……く、クビでしょうか……っ」
「全然違うから安心して。まずは視聴してほしいものがある」
私はスマホを出して、実況生配信の行われていた画面を見せ、イヤホンを渡す。
「つ、着け方こうでしょうか……」
「上下左右がぜんぶ逆だね? 貸してごらん」
スポッとイヤホンをはめてあげた。
そして私が先ほど幾度となく繰り返し見ていた時間帯……2時間25分10秒時点へとスキップし、その映像をレンゲちゃんへ見せる。
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──テッテレーテーテ~~~!
〔RTA完走おめでとうございます。あなたは【HARD】モードダンジョンを完全クリアいたしました。今回の記録は3分12秒です。おめでとうございます、最短記録更新です。ダンジョン名鑑にお名前のご登録をご希望の方は──〕
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「わ、私が"てれび"に映ってる……!?」
「いや、そこじゃないそこじゃない。注目してほしいのはそこじゃなくて、アナウンスをしっかり聞いてほしい」
もう1度巻き戻す。
同じ映像が流れた。
「レンゲちゃん、今度は聞こえたかい?」
「はい……記録がどうとかって」
「最短記録なんだ。先ほどのRTAでキミの出した記録というのは」
「あの、えっと、それが……?」
「これはつまりね、このダンジョンにおいてはレンゲちゃんが世界で1番攻略が速かったっていう証明なんだよ」
「えぇっ!? 私が、世界で1番……!?」
「そうさ。だからこそ、さっきキミはカメラを持った人たちに追われていたんだ。キミはいま、一躍世間からの注目の人。有名人みたいなものなのさ」
「……し、信じられません……!」
心底驚いた風に、レンゲちゃんは配信画面に見入っている。
……ちなみにコメント欄はOFFにしてある。
中にはレンゲちゃんに悪意を向けるコメントもある。
そういったものは極力見せたくない。
とはいえ、いつまでも無関係ではいられないだろう。
「レンゲちゃん、キミは自分自身の影響力がどれくらいのものなのかをちゃんと実感するべきだ。明日の日曜日、少し時間を取れるかい? ちょっと付き合ってほしい場所がある」
「は、はい。それは大丈夫ですが、いったい……」
「もちろんお給料は出すし休日手当ても付けるからね」
「喜んで出勤しますっ!」
レンゲちゃんは前のめりに返事する。
目をキラキラと輝かせて。
……明日もお菓子を用意しておいてあげよう。
「じゃあ今日のところはまっすぐお家に帰りなさい。明日の10時ごろにお家に迎えに行くから」
「はい。何か準備するものは……」
「いや、特にはない。私服でいいからね」
約束を取り付けて、
レンゲちゃんに喫茶店土産のお菓子を持たせて帰す。
「さて、やることが山積みだなぁ……」
まずは施設へと帰って、きっと血眼でレンゲちゃんを探しているであろう生配信スタッフたちへの説明。
レンゲちゃんについての追及はのらりくらりとかわさなくてはいけない。
そして明日の【ダンジョン攻略見学】の予約をしなければ。
「……念のため、フード付きパーカーとサングラスも買っておいた方がいいか」
身バレ防止のためである。
もちろんそれは自分用ではない。
レンゲちゃん用にだ。
「念には念を、だ」
今度こそやり忘れのないように、私はスマホにしっかりとメモを取り、アラームの設定まで行った。
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次回、掲示板での視聴者やり取りです。
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