第2話 赤字経営のダンジョン管理施設

「施設長っ、野原さんっ、今日の清掃作業終わりましたっ!」


「ああ、ご苦労様。レンゲちゃん」


ダンジョン清掃を終えて事務室へと戻ると施設長と事務の野原さんが優しく微笑んで出迎えてくれる。

施設長は今年で70になるおじいちゃん。

野原さんは事務員として勤める主婦さんだ。


「いつもありがとうねぇ、助かるよ」


「あはは、それが仕事ですからっ」


「バーチャルシステムの方もちゃんと動いていたかい?(入社したての時に教えた以来だったからなぁ。ちゃんと【VERY EASY】モードで動かせていればいいんだが)」


「うん。ばぁちゃるしすてむ……をちゃんと動かしながら清掃してるから大丈夫ですっ(ちゃんと【へるモード】で動かしてるし)」


「(レンゲちゃん、相変わらず横文字が苦手なんだな……)そうかい。いつも危険な仕事までさせちゃってごめんなぁ……若い男性社員がいたらそっちに任せるところなんだけど、」


「いいんですいいんですっ、ちゃんと教えてもらった1番簡単なモードでやってますからぜんぜん平気っ」


「そうかいそうかい。若い子はやはり物覚えが早くていいね」


この施設で常勤しているのは3人。

私と施設長と野原さんだけだ。

施設長はもう激しく動ける年齢じゃないし、事務の野原さんはぎっくり腰をよくやってしまうらしく、だから肉体労働は主に私の役目。

かといって不満はない。


……中学卒業と同時に無理を言って雇ってもらえてるし、お給料もちゃんと貰えているし、お仕事ちゃんとしたら褒めてもらえるし。


学校じゃあ褒められたことなんてなかったから。

成績もD評価ばかりだったし。

特に英語はダメ。


……まあ要は、私は職場に満足してるってことだ。

でも最近はあまり良くない話を耳にしたりする。

どうやら、この施設の経営が危ないとかなんとか。


……私にも何かできることがあればいいんだけどな。


とはいえ私には何の取り柄も無い。

親の残していった借金はあるけど。

……あっ。


「あの私、これから半額セール行かなきゃなんですっ。お疲れ様ですっ!」


「ああ、今日もありがとう。気をつけて」


施設長たちにあいさつをすると、私は1本10円のネギの投げ売り戦場となるスーパーを目指し駆け出すのだった。




* * *




~ダンジョン管理施設長の視点~


慌ただしく事務所を後にするレンゲちゃんを見送った。


……本当に明るくて良い子だなぁ。


今どき下火のダンジョン系企業にきてくれて。

それだけでもありがたいのに、

こんなジジイにも気兼ねなく接してくれる。

それだけに、


「はぁ……健気というか、不憫というか……」


花丘レンゲちゃん、16歳。

中学校を卒業と同時にウチに就職した女の子だ。

レンゲちゃんには、蒸発したご両親が残した大きな借金があるらしくその返済に追われているのだとか。

しかも小学生の妹さんとの二人暮らしらしい。

きっと家計は苦しいのだろう。


「もう少しお給料を上げられたらいいんだが、」


「施設長? ダメですよ、気軽に言っちゃあ」


事務作業に没頭していた野原さんが口を尖らせた。


「気持ちは分かりますけどねぇ、もうこの施設自体が赤字続きなんですから。人件費は3人で手いっぱい……というかねぇ、新入社員を採るのも私は反対だったんですからね?」


「う、うん……だがレンゲちゃんはよくやってくれてるし」


「確かにレンゲちゃんは優秀で良い子で助かりますけどねぇ。それでも経営のことを考えるなら中途の男性社員を雇った方が良かったですよ。レンゲちゃんはVERY EASYモードの地下10階層までしか点検清掃できないでしょう?」


「まあ、そりゃあな。女性で10階層を昇り降りしてモンスターのチェックまでするのは、それだけですごく体力のいることだから。それにEASY以降のチェックは危険だ」


点検&清掃においては安全上、当然のことだ。

1番簡単なVERY EASYモード以外を任せられなどしない。

VERY EASYで出現するモンスターは攻撃してこないのだ。

さらに階層も制限され10階層までしか行けないようになる。

しかし、EASYからはモンスターも攻撃してきて、15階層まで行けるようにもなり、ケガの危険性は格段に上がってしまう。


「男性社員なら同じ時間でEASYモードで点検しつつ15階層まで清掃してくれます。そしたら定期メンテ業者に依頼する作業も減って費用が浮くのに……施設長ったら人情家すぎますよ」


野原さんが大きなため息を吐く。

そうは言われてもなぁ。

それに、募集をかけていても今どきこんな零細ダンジョン管理施設には誰も来たがらないんだからしょうがない。


「この施設が以前のように有名になればいいんですけどねぇ」


「有名……ああっ、そうだ」


野原さんのその言葉で思い出した。


「野原さん。来週の土曜にここで行なわれる催しについてなんですが、」


「はい……? ああ、10年ぶりのウチの施設でのRTA公式記録会ですよね? ブーム真っただ中の10年前までは毎年のようにここで開催されていたっていうのに、今となっては……」


「いえいえ、そう悲観したもんじゃないです。なんと今回は大手動画サイトでの生配信が決まったんですよ。どうでしょう、うちがまた有名になるチャンスが来たんじゃないでしょうかねっ?」


「生配信……それは結構なことですけど、今どきダンジョンRTAなんて流行るんですかねぇ?」


「そんなっ、海外ではまだまだ熱いですよ」


確かに、新しい本物のダンジョンの出現が無くなった昨今、世間のダンジョンブームは徐々に衰退していっているのかもしれない。

しかし、RTAはまた別物だ。


「人々が死力を尽くし、まさに命を懸けてタイムを縮めるあの熱い空間はダンジョンRTAにしかありませんよ。今度日本でだって世界大会予選もやりますし」


「はぁ、そうですか。しかし施設長は本当にダンジョンRTAがお好きですねぇ」


「……昔の男はみんなダンジョンに夢を見たもんでね。その名残りかなぁ。私も若いころは、」


「ああ、その話になると長いのでもう結構です。私も上がりますね。お疲れ様でした」


野原さんは書類をサッサと片付けると出ていってしまった。


……はぁ。


「とにかく、今回のRTA記録会をきっかけとしてこの施設をPRする策を練らなければ」


あとは……そうだ。

レンゲちゃんに連絡をしなければ。

土曜日はRTA記録会があるから出勤が不要である、と。

今日伝えようと思っていたのになぁ。

歳を取ると物忘れが多くなって困る。

レンゲちゃんはスマホ持ってないし、後で自宅に電話しないと。


あっそうだ。

その前にこっちの事務作業を片付けよう……。

……。

……。

……そうこうしている内に、結局私はレンゲちゃんに電話をするのをスッカリ忘れてしまった。


しかしそれでよかったとも思う。

これがキッカケでレンゲちゃんの伝説は始まったのだから。




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次からRTA回です。

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