第3話 RTA飛び込み参加(無自覚)

~施設長の視点~


土曜日、11時。

RTA記録会が始まって2時間が経過していた。


「うん。順調でなによりだ」


事務室のタブレットでRTAの様子を覗く。

特にトラブルは起こっていないようだ。

しかし……


「同接数は2052人……か」


有名RTA走者の参加もあり、

昨今のRTA配信でいえばかなりの盛り上がりだ。

きっと昔RTAに熱を上げていたであろう私のような年寄りも見ているに違いない。

とはいえ、


「やはりRTAは下火なのか……」


10年以上前の全盛期だったらなぁ。

このような大きなRTA生配信があれば30分で数万の同接があって当然だったというのに。

今では2000が良いところか。


「なにか、生配信以外にもブーム再来の起爆剤になるものがあればいいんだがなぁ」


アイディアの1つでもあればいいんだが。


「茶でも飲んで一服つくか。よっこいせ、と」


タブレットは置いて事務所から出る。

最近は自販機でお茶を買うことが増えた。

歳を取るにつれて無精になっていくのは良くないなぁ……




* * *




~レンゲの視点~


「ひぃん……!」


半泣きで走っている。

まさかの大寝坊をしてしまった。


「私バカ過ぎる……! なんで6時と9時を見間違えるかなぁ……! それでなんで二度寝しちゃうかなぁ……!」


今日は土曜日。

現在時刻は11時5分。

勤務は9時からだから2時間の大遅刻だ!


「早く、早く清掃を終わらせないと午後の部の営業に間に合わないよぉ……!」


午前中に清掃し午後から営業という流れが基本。

私の仕事は13時までに終わらせないとなのに!


半ばパニックになりつつ施設に駆け込む。

作業着? 心配ありませんっ。

今日は家から着てきたのでっ!


事務室に寄る。

施設長は……いないっ!?

うーん……探してる時間もない。

もうダンジョン入り口に直行しちゃおう!

鍵付きの用具入れから消毒銃を取り出した。


急げ急げっ!

私は廊下を駆け抜ける。


ダンジョンは施設の1番大きな部屋にある。

そこはアリーナ状になっていて、大きな扉があるのが特徴だ。

勢いよく、私はその部屋の扉を開いた。

すると、


「おや……? 君はいったい……?」


中には20人近くの大人たち。

カメラを携えた人もいる。

え……どういうこと?

お客様?

午前中はお客様が入らないハズなのに……。


「え~っと……」


なにかの用紙をパラパラめくって、【DIRECTOR】と書かれた腕章を付けた男性が近づいてくる。

ぢれしーとあーる? 

なんて読むんだろ……?


「えーっと、(RTA参加者か? 名簿にはないけど、)もしかして君もダンジョンに?」


「あ、はい……。(清掃作業で)こちらに入らせていただきたくて。今日はその、ウッカリ……(寝坊をしてしまって、とはお客様に言えない……)作業を忘れてしまっていて、申し訳ございません」


「ふーん(申し込み忘れってことね?)、まあ大丈夫。今から入るかい?」


「えっ、よろしいのでっ?」


「うん、いいよいいよ(普通は実績見て足切りするけどね。今回は参加者少ないし、この子けっこう顔面可愛いし、飛び込み参加してくれれば同接数も少しは上がるだろ)」


「で、ではっ……手早く済ませますのでっ(お掃除っ!)」


「あーうん、がんばって(HARDモードで計30階もあるし。ぶっちゃけ危険か~? ま、ギリでゲーム装置止めれば問題ないっしょ)」


「ありがとうございますっ」


「みんな(スタッフ)に(RTA走者の飛び込み参加を)伝えてくるからちょっと待っててよ」


「はいっ!」


ホッとする。

寛大なお客様のようで助かった。

とはいえ、今さらだけどこんな割り込みで清掃作業に入ってよかったのかな……?

でも許可はいただいたし、いいんだよね?


恐る恐るダンジョン入り口まで歩く。

もういいのかな、行っても……

さっきの男性のお客様を見る。

コクリと頷かれた。

行っていいってことだよね?


「では失礼しまして、行ってまいりますっ」


私はダンジョンへと飛び込んだ。

同時に魔法を使用。


──魔力感知、オン。


魔力を周囲へと広げ、どんどんと薄く伸ばす。

魔力はが地下10階層分を一気に包み込んだ。

これは清掃作業の時短裏技。

こうすることで魔力で構成されるモノ(モンスターやモンスターの体液など)の位置情報を把握できるんだよね。


「(……ダンジョンの構造物に付着する魔力──血染みなどのヨゴレ位置は分かった。どうやら最短ルートに集中してるみたい。これならいつもより早く清掃が終わりそう……だけど、)」


ひとつ、問題があった。


「(……モンスターが発生してるっ?)」


ゲームスイッチがONにされたらしい。

その数は今もどんどんと増えている。

恐らくは……お客様による配慮。


……清掃作業といっしょに点検も兼ねた方がいいということね?


確かにいつもはそのようにしてる。

でも今日はできれば清掃だけにしたかったなぁ。


……でもいつもの【へるモード】よりモンスターの魔力が弱い気がするし、これなら作業速度を落とさずになんとか……できるかも?


「……違う、なんとかするんだっ!」


これは汚名返上のチャンスっ!

むしろいつもより早く清掃を終わらせるんだ!

お客様が私の作業完了を待ってくれている。

迷惑をかけてばかりじゃいられない。

じゃないと私を雇ってくれた施設長にも顔向けができない!


「よしっ」


重ねて魔法を発動する。

身体強化(瞬発・筋耐久・動体視力:×30)。

全て30倍はちょっと疲れるけど、


「フッ──!」


地面を足で勢いよく蹴り出す。

音を置き去りにする。

あっという間に視界が切り替わった。

そしてまずは第1階層の中央部──

うわぁ、すごい汚れてるっ!

壁にも床にもすごい血の染みだ!

きっとここで何回か戦闘があったんだろう……


「スゥ──っ」


私は消毒銃に魔力を込めた。

【消毒銃】、それは持つ人の魔力を自動的に【消毒用・エーテル融解液】の消毒弾に変換して打ち出すことのできる掃除用具だ。

本来は大型の水鉄砲くらいの威力しかない。

でも、私はこれの効率のいい使い方を発見してしまったのだ。


「(意識して魔力を圧縮して銃にギチギチに充填することで、より圧縮された消毒弾を撃つことができる。つまりはこういうことだってっ!)」


魔力充填120%、拡散モード。

ギチギチに魔力を詰める。

そしてそれを霧状の消毒弾として噴出させた。

勢いよく周囲の床や壁に吹きかけられて血跳ねの汚れが落ちる。


「良い感じ、今日はキレもあるっ!」


これなら早く終わりそう!

早くも地下第2階層への階段が見えてきた。

その前方にゴブリンの群れ。

数はおよそ10体いる。


私はその横を駆け抜けつつ──

ゴブリンたちの心臓を握りつぶした。


それは高速の貫手ぬきてによる一撃。

床を汚すような外出血はゼロだ。


……第1階層、お掃除完了。


弱いモンスター相手なら素手の方が効率がいい。

体内の臓器を直接潰すことで掃除の手間を減らせるからだ。

清掃の基本だよね。

さ、次の階に行こう。


「(……それにしても、やっぱりいつものへるモードよりモンスターが弱い? なんでだろ……)」


おかしなこともあるものだ。

でも、それだけじゃなかった。

さらにおかしなことには、


──テッテレーテーテ~~~!


「……あれぇ?」


地下30階のボス、ミノタウロスの頭を軽く魔力充填130%程度の消毒弾で吹き飛ばしたところ、なんとクリアBGMが流れ始めたのだ。


〔RTA完走おめでとうございます。あなたは【HARD】モードダンジョンを完全クリアいたしました。今回の記録は3分12秒です。おめでとうございます、最短記録更新です。ダンジョン名鑑にお名前のご登録をご希望の方は──〕


「えっ、あと70階はあるはずじゃ……それにはーどモードって、え?」


なにそれ?

そんなモード聞いたことない。

いや、あったのかもしれないけど……

私、HELLへるボタンしか押したことがないから。


……HELLへるボタンは分かりやすいんだよね。

なにせ、色んなボタンが並ぶ中で1番下に配置されてるし、【─DON'T TOUCHどんてんてーとうしーえっち─】と書かれた透明なフタが付いてるし、ボタン自体も赤くて大きいし、【─DANGERだんげあーる─】ってシールも貼られている。

おかけでこれまで1度も間違えて他のボタンを押したことはなかった。


「まあいっか。よかったぁ、3分ちょっとで終わって……」


お掃除、完了。

でも遅刻は遅刻だ。

施設長にはこれからちゃんと謝らないと。

お客様にもご協力のお礼を言わなくちゃ。


私は再び来た道を戻り始めた。




──その背中を、1台のカメラがとらえていた。




それは、今まさに行われていたRTA公式記録会の実況生配信に使われている、各階層に備え付けられていたいくつものカメラの内の1つであった。




* * *




~施設長の視点~


11時18分。

事務所へと戻ってきた。

お茶休憩は終わりだ。

引き続きブーム再来の妙案を練らねばな。


「さて、実況生配信の方の状況はどうかな」


さっきは同接数2000ちょっとだったが。

少しは増えただろうか?

タブレットを覗き込む。


「んん……?」


同接数1000、だと?

私が席を外したのは10分ほどだったハズだ。

その短い間になんでこんなに下がって……

いや、それにしてはコメント欄の流れが速い。


>マ?

>!?

>ヤバいっしょwww

>世界最短記録更新w

>バケモンかよ


なんだ、どうしたっていうんだ?

世界最短記録更新っ?


「なっ……!」


そこで気付いた。

画面下の同接数。

その数は1000ではなかった。


「いっ、1万……!?」


しかもその数は11000、12000と上がっていく。

コメント欄もさらに加速する。


>実況追いつけてなかったの草

>CGだな

>これはさすがにCG

>CGに1票

>CGとか言ってるヤツwww

>生配信なのにな

>信じられん気持ちは分かるが


どうやら何か信じがたいことが起こったらしい。

辛うじて分かるのはそれくらいだ。


>熱くなってきたわ

>ブーム再来あるぞ、これ

>オススメから今きた。説明プリーズ

>謎の美少女がRTA世界最短記録更新

>前の記録を25分以上更新

>モンスターを素手で殺してた

>???

>???

>???

>新しい妖怪の話???


???

私もそのコメントらとまったく同じ気分だった。

本当に何が起こったんだっ?

そんなとき、


「──施設長ぉ~! 助けてくださいぃーっ!」


「えぇっ、レンゲちゃんっ?」


ひとりの少女が事務所に飛び込んでくる。

作業着姿のレンゲちゃんだ。

しかし、どうして……

今日は休みのハズじゃ……


「(あっ……しまった!)」


ウッカリしていた。

結局、レンゲちゃんには今日がRTA記録会で清掃作業がお休みだってことを伝え忘れていた。

しかしそれにしても、


「助けってて……何があったんだいっ!?」


「清掃作業から戻ったら、カメラを持ったお客様たちから質問攻めにされちゃって……逃げてきましたぁっ!」


「えぇっ?」


事務所の外を覗く。

何やら慌ただしい。

「あの子はどこだ!」

なんて声と走る足音が廊下に響いていた。


……状況は分からんな。

だが事態が切迫していることは伝わった。


「とにかくこっちへ。外に出ようっ!」


私はレンゲちゃんを連れ、事務所の裏口から施設を後にすることにした。




=========

次回は実況者視点の回です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る