☆100記念企画SS『勇者アズサのパーティ集め!』


☆100記念企画SSです。長いよ!

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「むむむ……」


 アズサは難しい顔をして、手に持っている本を睨んでいた。

 朝、帝都の大通りから少し外れた小洒落た書店。

 その店頭で思いっきり立ち読みしている。


 赤羽梓。


 食パンの耳をもっきゅもっきゅと口の中に詰め込み、化粧もしておらず、寝癖はそのまま。遅刻寸前で通学路をダッシュしていた。

 そして、横断歩道にてトラックと衝突。

 放送コードに引っかかるようなミンチになるはずが、いきなりお城の中で勇者として召喚されていた。


 つまるところ、赤羽梓改めアズサは、少し前まで高校生をしていた異世界転移系勇者である。

 この世界では多くの異世界召喚が行われ、その全てが様々な時代から日本人を呼び寄せているという。


 なぜ日本人限定なのか。

 日本にはナニカやばいものがあるのではないか。そう考えて、この世界に送り出した女神とやらにツッコもうと考えたこともあったけれど、すでに後の祭り。

 アズサはこの世界で生きていくしかないのだった。


 そんな彼女が、王城を抜け出してこんなところまで来ている理由は──


「最近メイドたちの間で流行ってる恋愛小説を見てみようって思ったけれど……ラノベじゃない」


 文庫本サイズに、表紙を彩る華やかなイラスト。

 完全に元の世界のライトノベルそのままだった。

 ため息をつきつつ、ひっくり返す。


「『文月文庫』……またそれっぽい名前を。この出版社の社長って転移者の日本人……なわけないか」


 異世界に来てまでラノベを出版するだなんて、どんな物好きなのか。せいぜい、転移者の知識を模倣したどっかの誰かさんだろう。


 不意に外から爆発音が聞こえてきた。

 それも結構近くだ。連続して炸裂している。


「あ、すいませーん」


 異世界ラノベ(直喩)──『雪色恋色クリーム少女』の一巻を本棚から抜き取って、店員に見せる。


「この本いくらですか?」


 窓の外で火の手が上がった。もくもくとすごい勢いで煙が立ち込める。

 人が吹っ飛んでいくのが見えた。世も末である。

 店員にお金を渡すと「ありがとうございました!」と綺麗な笑顔で頭を下げられる。

「いえいえ」とこちらも頭を下げておく。


 雷撃魔法が表通りを席巻して、大音響を響かせた。

 アズサと店員は完全無視を決め込んでいる。

 帝都では、毎日のように殺し合いが起きる。いちいち反応してたら心臓が百個あっても足りないだろう。

 アズサは、ルナニア帝国に慣れてきていた。


 ルンルン気分で、買ったばかりの本を胸に抱いて書店を出ると、帝都の店に火を放った犯罪者はすでに捕まっていた。

 制帽を被った警察が手から雷撃魔法を連射して木に縛られている犯罪者を拷問している。


「……うわぁ」


 犯罪者の男が拷問に耐えかねてぽつぽつと喋り始めた。

 いわく、『俺の火魔法の威力をみんなに見てもらいたい。だから店に火を放ってキャンプファイヤー!』……とのこと。

 頭おかしいんか。

 こんな事件が日常茶飯事なのがルナニア帝国だった。日本がどんなに平和な国かが身に染みる。平和って良いね。


 懐がブルブルと震えている。

 魔石通信だ。アズサは薄い長方形の石を取り出した。表面が光沢の放つ黒色で、スワイプすると色々出来る。


「……これもそうなのよね……」


 完全にスマートフォンだ。

 勇者召喚の日。異世界のお城で働いているメイドがいきなりスマートフォンを取り出したらビビるだろう。

 結局、その場ではメイドに逃げられてしまったけれど、後日配布された『魔石』とやらはやっぱり見た目スマートフォンだった。

 単一の石で出来ている。本当に石なのだ。

 それにも関わらず液晶がスワイプで動いて、スマートフォンと遜色ない機能までついている……。

 たぶん魔法やらなんやらで動かしているのだと思うが……これを一から組み立てた異世界人はヤバすぎる天才だ。


 異世界に来てから驚くことばかり。

 元の世界では灰色の青春を送ってきたからか、この世界はわりかし楽しい。命の危機がそこら中に転がっているけれど。

 イケメンも美少女もそろってるし、やっぱり異世界さいこー!


 魔石を指でつついて、通信に出る。


「もしもし。こちらアズサです」


『アカバネ・アズサ様。即刻王城へお戻りください。勇者の責務を放り出して、放蕩しているアズサ様』


 めちゃくちゃトゲがある……。

 ウキウキ気分が一気に戻された。


『もし責務を果たさないのならばこちらにも考えがあります』


 こちとら一回あの悪魔に殺されてんだ。ゆっくりさせてくれてもいいじゃないか。


『戻らない場合、アズサ様の身体を爆発四散させます。指示に従ったほうが懸命かと』


「え、なによ!? 私の身体に爆弾でも仕掛けてあるわけ!?」


『そういうこともあるでしょう』


「ねぇよ! 勝手に召喚しといて身体に爆弾仕掛けるとかどこの鬼畜だ!!」


 なお、ルナニア帝国はそういう鬼畜の総本山である。急いで戻らねば魔石の向こうにいる人が言うように身体が吹っ飛ぶ。

 アズサは絶望した。


 訂正しよう。

 やっぱり、異世界は最低最悪だった。


 ◇


「ということがあったのよ!? ひどくない!?」


「それはひどいと思うけど、なんでアズサちゃんがここにいるの?」


 現在、アズサはリリアスとココロの相部屋に勝手に入ってリリアスのベッドの上でゴロゴロしていた。


 なお、ベッドの持ち主は医務室に監禁されている。イザベラにボコボコにされたとの本人談なので、リリアスの父が乗り込んできて皇帝に直訴したらしい。最後には皇帝に尻を蹴られて追い出されていた。二人の関係性が謎である。


 すんすん、と枕に顔をうずめて匂いをかいでみる。


「……いい匂いなのがムカつくわね……」


 周りを見渡すと白くて長い髪の毛を見つけた。リリアスの髪の毛だ。

 それを拾ってぴんっと引き伸ばす。思わずにやにやと顔が緩んだ。


「ふふ、散々私にハゲるとかなんとか言ってるくせに、先にハゲるのはどっちでしょうね……!」


「あ、リアちゃんの髪の毛は私が掃除するので、全部ください」


「そう?」


 リリアスも良い友だちを見つけたものだ。本人不在の間に部屋の掃除までやってくれるだなんて。

 ココロが髪の毛を見てこぼれるような天使の笑顔を浮かべる。そのまま髪の毛をビニール袋に入れて保管したのを見てしまった。


「…………」


 即刻見なかったことにした。

 世の中には触れてはいけないものがあることぐらい、アズサは良く知っている。


「ねぇー、ココロちゃーん」


 ごろごろとベッドで転がる。


「誰か都合のいい聖女知らない?」


「そんな都合のいい女みたいな……」


 呆れたような顔。

 こういう顔も悪くない。やはり異世界美少女はどんな表情でもさまになっている。


「色々と理由をつけて魔王討伐に行かなかったんだけどさ。そろそろ聖堂委員会とやらが怒り出しそうなのよね」


 アズサは勢いをつけてベッドから起き上がる。


「聖堂委員会の連中って、私の体内に爆弾みたいなのを仕込んでるわけ。良い加減命令通りにしないと身体が吹っ飛ぶ」


「……そんな話聞いたことないけど」


「魔王討伐といえば、勇者パーティで出発するのが定番じゃない! 私も仲間が欲しいわ!」


 首を傾げるココロを華麗にスルーして、アズサは人差し指をぴしりと天井に向けて伸ばした。

 そんなアズサを砂場で遊ぶ園児を見るような眼差しで見つめて、


「それで、なんで私?」


「私、友達いないのよね」


「なんとなく知ってたけれど」


「作る気もない」


「せめて努力──」


「努力はしたくないし、この国の頭のおかしい連中に向かって歩み寄りたくないわ。向こうから、こっちに向けて頭を下げさせたい! 様付けで呼ばれたい!」


「…………」


 ココロの目が犬のフンを見るような目になる。無論、天井に向かって指を突き上げたままキラキラと目を輝かせているアズサにココロの気持ちは分からない。


「ココロちゃんって真面目そうだし、色々と裏で人脈とか築いてるんじゃない?」


「……あれは、リアちゃんのためのものだから……」


 ぼそぼそと小さな声で言われて目を逸らされた。


「え、マジ?」


 冗談のつもりだったが、ココロは思いの外やり手だったようだ。

 聖女見習いとして王城に入ってからまだ一週間も経っていない。これからどんな化け物になっていくのかが今から楽しみな自分がいる。


 ココロは盛大なため息をついて、立ち上がった。


「……分かった。今、リアちゃんは医務室で入院中だし、ちょうど暇してたし……協力してあげます」


「話分かるじゃない! あー、もう! せめてココロちゃんをパーティとして連れていけたら色々と楽だったのに! とにかく、協力感謝するわ!」


 ベッドから飛び降りて、アズサはココロの手を両手で握ってぶんぶんと振り回す。


「……えっと。うん、よろしくお願いします」


 ◇


「──とりあえず、昔の勇者パーティについて話すね」


「昔の勇者パーティ?」


 昔にもいたのか。勇者パーティ。


「おとぎ話みたいなものだけどね。──勇者、前衛、僧侶、魔法使いの四人だったんだ」


 どこのRPGだ。昔の勇者パーティも異世界召喚された日本人が勇者をやっていたりしたんだろうか。


「……四人ってことは、あと三人……」


 しかし、あと三人。小中高を通して、友達が片手の指で数えられるほどしかいなかったこの身には少々──というか、大きな壁である。


「僧侶──今は聖女だけど、それは私の方で色々と伝手があるから、アズサちゃんは前衛と魔法使いを探してみて」


「どうやって探すのよ」


「それは自分で考えてください」


 ということで、現在アズサは王城を彷徨い歩いていた。

 早く魔王討伐に付き合ってくれそうな前衛と魔法使いを見つけなければならない。さもなくば身体が木っ端微塵だ。

 身体が爆発しても次の日には『リスポーン』できるが死ぬのは嫌だった。なぜなら痛いから。とんでもなく痛いから。


「おや、勇者様ではありませんか」


 俯いて考えているとき、廊下の先から声がかけられた。

 目線を上げると灰色の髪が目に映った。爽やかイケメンがいる。


「あ、こんにちは。えっと、ソフィーヤさん……でしたよね?」


「はい。名前を覚えていただけて光栄です。こんにちは、今日は良い天気ですね」


 爽やかな笑顔をこちらに向けてくる。

 眩しい。目が潰れそうだ。天気デッキなのに真言のように聞こえてくる。

 ソフィーヤ・アークラス。

 先日の魔族との戦争の際に真っ先に四天王に挑みかかって無傷で討ち取ったすごいお人である。ちなみに常識人。


「本日はどうされたのですか? まるで王城購買のハムカツが売り切れていたようなお顔をされて」


 どんな顔だよ。


「あそこのハムカツは帝国軍の人気ナンバーワンですからね。一度口にしてみてはいかがでしょう。宇宙が見えますよ」


「は、はい……ハムカツ美味しいですよね」


「ええ、とても美味しいです」


 今って何の話をしてたっけ?


「えっとですね」


 事情を説明する。

 魔王討伐に付き合ってくれそうな前衛と魔法使いが欲しいこと。

 できる限り常識人が欲しいこと。

 バーサーカーは絶対に欲しくないこと。

 怖い人も嫌だ。料理が上手な人がいい、膝枕してくれそうな人がいい、殺人鬼は絶対に欲しくない──


「なるほど。……調査も滞ってますし、勇者様という外的要因を入れたほうが……良い方法がありますよ」


 ソフィーヤが小さな声で何かを呟いていたが、やがて、快く頷いてくれた。


「本当!?」


「ええ。それだけ沢山の条件があるのならば、直接面接して選んでみてはいかがでしょう? 私も協力します」


「面接……?」


「はい。アズサ様が一人ひとりとお話をして、旅に連れていく人材を見極めるんです」


 嫌な予感がした。


「前衛は、帝国軍の軍人たちの中から選びましょうか。彼らは帝国の尖兵ですからね。知っていましたか? 他国で帝国軍は『死神』と呼ばれているんですよ」


 そんな連中一人ひとりと面接をしなければならない?

 それは一体なんの罰ゲームなんだ?


「ぜ、前衛はひとまず置いといて、魔法使いは──」


「魔法使いは千年塔……いや、学園から選びましょう。千年塔の人たちは秘匿主義が強くて、あまり外部の干渉を好みませんから」


「え、学校の生徒を魔王討伐に行かせるんですか!?」


「アズサ様、一度ご自身を振り返ってみてはいかがでしょうか」


「……」


 そうだった。

 異世界に来て完全に忘れていた。

 高校生を魔王討伐に行かせるのがあの幼女皇帝である。

 この国では児童労働がまかり通っているらしい。ふざけんな。


「では、まずは帝国軍からですね。すでに魔石で連絡しました。魔王を殺したいという物騒な連中がわんさか集まってくるでしょう。良かったですね」


「私は帝国軍との面接なんて死んでも嫌なんですけど!?」


「聖堂委員会から聞いたところによると、アズサ様は早々に出発せねば身体が吹っ飛ぶのだとか」


「…………そうじゃん。……くそったれ」


 アズサは思わず地団駄を踏む。それを生暖かい目でソフィーヤは見守っている。


「しかし、聖堂委員会も困った方たちです……イザベラ様を失った途端にバラバラに動き始めて……お陰でこちらは大変ですよ……」


「ソフィーヤさん?」


 ひどくやつれた顔が一瞬だけ見えた。


「勇者様、くれぐれもご注意を」


 ソフィーヤは額をもみもみして、


「帝都では最近、妙な思想が出回っているのです。それに、犯罪者も増加しています」


 帝都で不審な行動をしていない人なんているのだろうか。アズサには分からなかった。


「『陽光思想』と呼ばれる新興宗教のようなものです。……くれぐれもお気をつけください」


「はぁ」


 良く分からなかったが、とりあえず頷いておく。

 この国で宗教の自由は認められていないのだろうか。確かに元の世界でも、中世辺りまでは宗教の自由なんてクソ喰らえみたいな感じだったけれども。


 そんなことよりも、大切なことがあるのだ。

 目の間に迫っている殺人鬼どもとの面接である。

 生きて帰れるのだろうか。死にたくないなぁ。


 勇者アズサはいるかどうかも分からないこの世界の神様に祈った。

 この世界に連れてきた女神には唾を吐きかけてやった。




 して、現在アズサは大いに困っていた。

 豪奢な部屋にアンティークっぽい重厚な机まで用意してもらい、アズサはめちゃくちゃ高級そうな椅子にふんぞり返っている。いや、座らされている。


 目の前には三組の書類があった。

 魔王討伐に付き合ってくれそうな人、と帝国軍に収集をかけたところ、ソフィーヤによれば三千人ほどの立候補があったと言う。

 どれだけ物騒なんだよ。


 とりあえず、難関テスト(ちょーむずい数学やら外国語やらが満載のヤバいヤツ)をかして、くぐり抜けた人たちをバトルロイヤルに突っ込んで色々とした結果、生き残ったのがこの三人であった。


 写真をちらりと見てみる。

 即座に後悔した。


「……やばいよ、やばいやばいって……!」


 まず三人とも目がやばい。地獄を見てきたような目をしていた。間違いなくカタギじゃない。

 そして、たぶんこれが一番の問題なのだが……勇者アズサよりもよっぽど優秀な人材が集まってしまっている。

 もうこの三人で魔王にカチコミすれば良いんじゃないだろうか。


 コンコン、とノックして入ってくる。

 一人目。妙な色気のあるホスト系の軍人さん。おっさんばかりの帝国軍にしては比較的若い。


「こんにちは、お嬢さん。魔王討伐に連れて行ってくれるんだよね? ふふっ、嬉しいな」


「い、いえ……そういうわけじゃなくてですね。これから面接を──」


「大丈夫。ゆっくりと深呼吸だ、勇者のお嬢さん。緊張しなくても取って食ったりはしないさ。ね?」


「……」


 物腰も柔らかいし、初対面で好印象を持ってしまった。


「……えぇ……」


 しかし、何がヤバいって、この人のプロフィールが全部犯罪歴で埋まっていること。直近ではガーターベルトで海辺を散歩しているところを警察に捕まえられて、ブタ箱にぶち込まれたらしい。


 論外だった。露出狂は趣味ではない。ムショへお戻り。

 一礼をして去っていくのを見ると、紳士に見えてくるから不思議だった。……でも露出狂の変態なんだよなぁ。どうしてこの国は人間性をゴミ箱に突っ込んだような人しかいないのか。


「次っ!」


 次の人は、プロフィールを見る限りまともそうな人だった。写真に写っているのは筋肉がつきまくったお姉さん。帝国軍には珍しい女傑である。

 経歴にも犯罪歴は特に目立つようなものは載っておらず、殺人の件数も帝国軍人にしては少ない。


 アズサはちょっぴり年上のお姉さんというものに憧れていた。一人っ子だったからというのもあったからかもしれない。

 この人なら、旅に連れて行ってもいいかも。


「……あれ? 遅いわね……」


 しかし、肝心のお姉さんはいつまで経ってもやって来ない。

 やがて、伝令がやってきた。


「すいません、勇者様! カフドロア兵長は現在死亡しております! 魔王討伐は辞退されるとのことです!」


「え、なんで」


「なんでも、昨晩に家庭栽培していたオバケシメジに食い殺されたらしくて……」


 ……?

 …………?

 ……………………?


「ああ、オバケシメジは我が軍でしっかりとシメてバターソテーにしましたからご安心を。とにかく、そういうことですので、カフドロア兵長は不在です。それでは、失礼しました!」


 伝令さんはそれだけ言うと回れ右してさっさと部屋から出て言ってしまった。


「……え?」


 残る書類は後一つ。

 この書類を通さなければ、露出狂の変態を連れて旅に出るしかなくなる。断れば聖堂委員会に身体を爆発させられる。


「……」


 めくる。

 ふわふわした金髪の特徴的な少年だ。

 満麺の笑みで両手をVサインの形にしている。履歴書になんて写真を貼り付けるんだ。プリクラじゃねぇんだぞ。


「……あぁ……」


 アズサはがくりと机に手をついて頭を振る。

 再度見直しても、その顔は変わらない。

 見覚えがあった。

 めちゃくちゃ最近見た顔だった。というか、夢のなかでいつも出てくる顔だった。主に悪夢方面で。


「なんであいつがいるのよ……!!」


 それは、リリアスと決闘する前──自信満々で異世界を甘く見ていたアズサを叩き潰した『帝国軍の見習い』だった。


 名前はシロ。

 ほんの一週間前に帝国軍に入隊したばかりの新人。

 なんか良く分からねぇ山奥で生まれ育って、帝都にやってきた生粋の野生児だ。両親のところには狼の顔面がでかでかとプリントされている。

 ……十中八九狼に育てられたとか、そういうオチだろう。

 帝国軍にまともなやつはいないのかよ。


 深呼吸を一度挟んで、気分を落ち着かせてから声を張り上げる。


「次っ!!」


 次の瞬間、アズサの身体はいつの間にか机の下に潜り込んでいた。身体が勝手に動いたのだ。



「せんてぇ、ひっしょおっつつつつ!!!!」



 部屋の扉が木っ端微塵に粉砕され、衝撃波が直前までアズサの座っていた椅子(めっちゃ高級そうなやつ)を粉々に吹き飛ばした。


「???」


 何が起こった?

 いや、想像はつくけれど。

 ……想像がついた時点で毒されている。

 己の思考に嫌気がさして、人生の意義を考え始めた。来世はお花になりたい。植物ならこんな目に合わなくてもすむんだから。


 木屑を振り払うように刀を回すと、大穴からずんずんと粉塵に紛れて人影が入ってくる。ふわふわとした金髪。子供の背丈。マントのように羽織ったサイズが大きすぎる軍服。


「勇者様が魔王討伐に行くって聞いたんですけれど! ボクも連れて行ってくださいっ!!」


 満面の笑みだった。

 やがて、粉塵が晴れると視界に誰もいないことに気づくいたシロはキョロキョロと辺りを見回し始める。


「あれ? ここで面接やってるって言ってたんだけど……おかしいなぁ……」


「あ、あんたねぇ……!」


 机の下から恐る恐る顔を出すと、シロの顔が誕生日ケーキを目の前にした子供のように輝いた。


「あ、勇者アズサ様だ! お久しぶりです!」


「……お、おう……お久しぶりね……」


 まるで数日前に自分の行った残虐行為を覚えていないかのようだった。散々ボコボコにされて中庭に放置されたのに……。


 その後、感情に任せてリリアスに喧嘩を売って、一瞬で首を飛ばされた。

 一連の流れのことをアズサは『殺されRTA』と呼んでいる。

 異世界に来てからの、最初のトマウマだ。


「アズサ様!」


 ずいっと、いつの間にか真正面にいる。瞬間移動でもしたのだろうか。

 てか、距離! 距離感バグってんのか!


「な、なによ」


 キラキラとした目が目の前にある。顔は良い。可愛い系のショタだ。アイドル顔負けの容貌。だけど、こいつは殺人鬼である。

 プロフィールの犯罪歴には二百人以上を殺害した通り魔事件の犯人だと明記されていた。正真正銘のヤバいヤツ。さっきの露出狂とは比較にならないほど頭のネジが飛んでいる。


「なんで私につきまとうの!? まだ私をボコボコにし足りないわけ!?」


「ボコボコにされたいんですか? ちょうど良かった! 新技の練習相手を探してたんです! 『承影』っていう技で、刀を相手に突き刺し、魔力を流し込んで五臓六腑を爆弾に変えるっていう──」


「されたくねぇよ! いい加減にしろ!」


 その技は永久封印だ。確実に放送コードに引っかかる。


「ボクがアズサ様を慕っている理由はですね、ボクの戦いに真面目に付き合ってくれたからですっ!」


「え……」


 ボコボコにされた記憶しかないのだが?


「いままでの相手だと何でか一撃で終わっちゃうので……ほんと天下の帝国軍って聞いて呆れますよ。真面目に戦わずに手を抜いていたからこうなるんです。三大将軍閣下たちとも戦おうとしたんですが、みんな忙しいらしくて全然見かけなくて……」


 もしや、片っ端から帝国軍の軍人に喧嘩を吹っ掛けていたのか?

 だから二百人の通り魔事件なのか?


「もう我慢できなくて皇帝陛下に挑もうと王城に爆弾を仕掛けてたら、勇者様が来てくださいました! しかも真面目にやってくださったんですよね!? ボクの全力でも死ななかった! これってすごいですよ! とっても頑丈!」


 おい、警察。テロリストが野放しにされているぞ。

 育ての親が狼で山籠りしていたシロがなぜ難関テストをくぐり抜けた先にいるかが分かった。


 もしや、勇者パーティに厄介払いしてもらおうとしてやがるな?

 アズサの眉間がぴくりと痙攣した。


「ねえ、勇者パーティに入って何がしたいの?」


「勇者様から見てボクって何がしたいと思います?」


「殺人」


「違いますよ、どこのブラックデッドですか」


 鏡を見てから言えよ。


「ボクは今まで『弱きを助け、強きを挫く』をモットーに生きてきました」


「冗談でしょ」


 こいつを魔王討伐に連れて行っても大丈夫だろうか。

 このまま人間相手の通り魔やられるより、魔族相手の通り魔をやらせたほうが百倍社会の役に立つだろう。


「……採用よ。これからよろしく頼むわ」


 アズサは悲壮の覚悟を決めた。


 ◇


 帝都の中央──ルクセンネリア城下街。

 大貴族の邸宅や大商会の本部が並ぶ賑わった街だ。

 前衛というか、殺人鬼は手に入れた。ここから次は魔法使いを探しに行かなければならない。


 アズサは周囲と比べて目立つ黒髪をフードの下に隠して、早足で歩く。

 対して隣に付き添うシロは帝国軍の軍服を見せつけるようになびかせながら堂々と歩いている。

 腰に帯びた身長ほどの刀に、誰も気に留めていない。これだけで普段の治安が分かるかのようだった。


「ねえ、学園ってどっちにあるか知らない?」


「ふぁい? なんれすか?」


 シロはいつの間に買ったのか、両手に持った大きな串焼き肉をむしゃむしゃと食べている。


「……はぁ」


 ため息をついていると、目の前に串焼き肉が差し出される。


「お腹すきました? これ、食べます?」


「……いただくわ」


 ぱくりと口に含むと芳醇な肉の旨味と脂の甘みが広がる。タレは知らない味だったが、悪くない。


「帝都名物、大トカゲの肉です。ほら、あれ」


「──」


 大トカゲ。

 それを聞いて反射的に噴き出そうとしてしまい、ゴホゴホと咳き込む。

 シロが指をさした先にあるのは、ペットショップ。

 人なんか丸ごと飲み込めそうな大きなトカゲが鉄檻に閉じ込められている。


「……」


 妙につぶらな目。

 アズサは手に握った串焼き肉とつぶらな目に数度視線を行き来させると、


「……まあ、美味しいからいっか」


 残りの串焼き肉を全部食べたのだった。

 食物連鎖って、残酷。

 帝都も割と悪くない。美味しいもの食べれるし、見慣れないものを見れて面白いし、治安もそこまで──


「おいごるぁあ! ぶち殺すぞォ゙!」


「ひぃ、ひひひひ!」


 怒声と爆発音。連続して響いてくる金属音。

 さらに大きな爆発が起きて、歓声が上がった。見ると、周囲の人たちが集まって囃し立てていた。

 その中心にいるのは、殴り合って、ドラム缶を投げつけ合う男たち。ゴロツキだろうか。


 訂正。

 やっぱり治安は最悪だ。


「ねえ、あんた軍人なんでしょ?」


「ふぁい?」


 まだ食ってるよ、このクソガキ。今度は乾燥させたフルーツだろうか。美味しそう。


「止めなくていいの?」


「ああいう私闘は軍の管轄じゃないですよ。内輪で勝手に盛り上がってるだけですから、警察も無視するんじゃないですかね?」


「……じゃあ、ああいうのは?」


 喧嘩の騒ぎに紛れて、小さな赤髪の女の子が見るからに粗暴な男たちに囲まれている。

 シロの目が丸くなった。


 見る見るうちに、壁に追い詰められていく赤髪の女の子。やがて男たちの一人が黒いビニールを女の子の頭に被せて、そのまま米俵を担ぐように持ち上げた。こちらに向かって走ってくる。

 周囲の人々は喧嘩に気を取られて、気づいていない。


「ねえ、シロ」


「何でしょうか、勇者様?」


「勝てそう?」


 シロは一瞬キョトンとすると、すぐさま素敵な笑顔を浮かべた。呆れるほど長い刀をポンポンと叩く。


「皆殺しです」


「よしきた」


 男たちが迫ってくる。

 アズサは何も気づいていないふりをして、女の子を担いでいる男の足を引っ掛けた。


「おわっ!?」


 バランスを崩し、女の子が投げ出されるが見事にキャッチ。そのまま建物の影に避難する。


「おい、てめぇ……!」「逃げたぞ、追え!!」


 横取りされたことに気がついたのか、男たちは激昂して後を追いかけてくる。

 そして、


「こんにちは、皆さん!」


 コツコツ、と革靴を鳴らしてシロが角から男たちの前に現れた。手には物騒な刀を持っている。


「な、なんだお前は」


「勇者様の命令です。とりあえず死んでください!」


 まるで水の上を滑るような動きだった。

 瞬時に男の懐に潜り込むと、にっこり笑顔。


 刀を振り抜くと、男は上下左右四等分にバラバラになってびしゃりと落ちる。

 血が噴き出して、裏通りを汚す。


「──」


 男たちは理解した。

 今、対面しているのは化け物だと。


「や、やめ──」


 蹂躙が始まった。

 風が疾走する。

 粗末な布地を撫で斬るような最低限の動きだけで男たちを打ち倒していく。


「なっ、こいつどこから……!」


「おい、どうしたんだ!? ぐあっ!」


 斬られた相手は悲鳴を上げる間もなく、心臓に刃を突かれて倒れ伏した。


「早過ぎる! ここらに警察はいないんじゃなかったのか──ぐっ!?」


「いや、こいつ警察じゃ── や、やめ…… !」


 その細脚からは想像もできないほどの加速を伴い、瞬撃を持って撫で斬っていく。

 疾走る、疾走る。刃が閃いて血肉が弾ける。

 対応が間に合わないことを悟った男たちは一斉に懐から出したクロスボウを構えた。


「ひっ、来るなぁ!」


「──」


 刀を一閃し、刃を奔らせると武器を構えた腕ごと切断される。

 腕を押さえて悲鳴を上げる彼に膝蹴りを入れると、そのまま心臓に刃を突き立てた。

 鮮血が噴き出して、軍服のマントを濡らす。

 これで五人目だ。


「こいつ…… !」


「──【シロイト キタレ】」


 打ち放たれた矢を目視で避け切ると、相手に向かって刀を投げた。

 鋭く加速された刃先は相手の頭蓋を貫いて、死に至らしめる。そのまま刀が唸ると目にも止まらぬ速さで縦横無尽に空間を駆けて、相手の急所を狙ったように斬り裂いていく。

 魔法の糸で括りつけられた刀がシロの手に戻っている時には、立っている人はいなくなっていた。


「うわっ、ぐろ……」


 恐る恐る影から見ていたアズサは、へっぴり腰で出てきて死体をつんつんと突く。神殿復活様々だ。


「とりあえずやっけました! これこそ『弱きを助け、強きを挫く』です!」


「…………ま、いっか」


 冒涜的なまでに何かが違うような気がしたが、それを考え始めると底なし沼に沈みそうなのでアズサは考えるのを止めた。


 で。

 肝心のこの子である。

 ぐったりとして動かない。顔にはビニール袋、そしていつの間にか身体にもロープでグルグル巻きにされている。


「ぷっ、網に引っ掛かった魚みたいです! 屈辱的ですね!」


「ちょ、止めなさいってば」


 なんてことを言いやがるんだ、このクソガキ。

 とりあえず、ロープをほどいて顔から袋を外してやる。


 赤い短髪が見えた。

 遠目からは分からなかったが、近くで見てみると中々の可愛い系幼女だった。

 服装はどこかの学校の制服。サイズが合うものがなかったからなのか、随分とブカブカだ。金色の小さな花飾りを胸にしている。


「……ん?」


 頭の上で何かが動いた。

 注意深く目を凝らすと──



「かん、ぜん──ふっかつ!」



「ひゃあっ!?」


 急に身体がしゃくとりむしのように跳ね上がって、下顎に思いっきり頭突きをかましてきた!

 咄嗟に飛び退いたからいいものの、直撃してれば複雑骨折間違いなしの一撃──


「ありがとうっ、とっても息苦しくて死ぬかと思ったわ! 二人はまさにミアの救世主ねっ!」


 ぴょこんっ、と女の子の頭の上に『猫耳』が跳ねた。


「へ?」


 まじまじと見てしまう。

 なんだこれは。

 めちゃくちゃ可愛い……けど、どうなってんの?

 獣人? え、この世界にそんなのいるの?


 コスプレ?

 アズサは猫耳を見つめたまま固まってしまう。

 妙にぬるぬると生物的に動いている。触ってみたい。


「あっ、これ? やっぱ気になる?」


 女の子は上斜め30°の視線を受けて、猫耳をびょーんと引っ張った。『やめてよー』というようにぴくぴくと猫耳が動く。まるで別の生き物みたいだ。

 かわいい。かわいいな、これ……!


「神殿復活のときに生えてきたんよ。大聖女様がミスっちゃったみたい。もう一度死ねば無くなるんだけど、別にいいかなーって!」


 この国の人たちは、死んでも神殿で蘇る。

 まるでゲームみたいだが、そのときに猫耳がついてくることがあるのだとか。

 ……どういうこと?


 女の子はシロがぶっ殺した誘拐犯たちをまじまじと見て、次にアズサの顔を見た。


「これ、あなたがやった?」


 まずい。


「私はやってない! 殺ったのはコイツよ!」


「どうも! ボクがやりました!」


 まるで野菜の生産者表示のような笑顔を浮かべて、女の子に近づいていく。


「大丈夫ですか? 誘拐されてましたけど」


「んー、まあ大丈夫よ! ミアは強いから、こいつらなんて一秒で殺せるわ! でも助けてくれてありがとね!」


 自信たっぷりだった。ルナニア帝国では教育にバーサーカー精神を埋め込むようなものがあるのかもしれない。


「で、そんな強いきみがなんで誘拐されてたの? ロリコンは怖いのよ? いくら強くても、きみはまだ子どもなんだから」


「……」


 黙ってしまった。先ほどまでの元気が嘘のように俯いてしまう。


「……え、え……?」


「あーあ、アズサ様が子ども泣かせたー」


「な、泣かせてないわよ!」


 女の子の迷いを表すように猫耳がぐるぐると回っている。

 何か決心したのか、猫耳がぴんっと伸びた。ついでに顔が上げられた。


「……あなたたちってとっても強いんでしょ?」


 上目遣いで訊ねてくる。


「えっと、その」


「はい! 勇者様はとても強い人ですよ! 最強です!」


 やめろ! 口を開くな!


「お願いがあるの」


 その女の子は、小さな頭と猫耳を同時にぺこりと下げた。


「誘拐されたミアのお友だちを助けて!」


 ◇


 裏路地には血の匂いが漂っている。

 惨殺死体を脇に寄せて、シロは何やら魔石に向かって通信していた。

『掃除屋』と呼ばれる人たちに連絡を取っているらしい。治安の悪さからして予想はついていたもののそんな職業があるのだと初めて知った。


 アズサの目の前には先ほど助けた女の子がちょこんと木箱の上に座っている。


「つまり、きみはお友だちが誘拐されて、それを助けるためにあの連中にちょっかいをかけていたというわけね。捕まってしまったけれど」


「今は捕まってないよ!」


「私たちがいた結果でしょ」


 ため息をつく。

 子どもの相手は苦手だ。バーサーカー思考はもっと苦手だ。世の中全員がソフィーヤさんみたいになればいいのに。


「そういえば、自己紹介してなかったわね。私はアズサ。向こうの頭のおかしいやつはシロよ」


「じゃあこっちも……ミア・オリビアっていうの! よろしく!」


 手を差し出してくる。小さくて柔らかくてぷにぷにしていた。


「……で、こいつらは何なのよ。なんできみのお友だちを誘拐したの? 身代金目的?」


 この赤髪の女の子──ミアの友だちは貴族なのか?


「悪い人たちが悪いことをする理由なんて知らないよ。ミアはただ、お友だちを助けられればいいんだから」


 ぴょこんっ、とミアは木箱から飛び降りて、誘拐犯の死体へ向かっていく。

 そして、彼らの血を指で擦って地面に何かを描いていく。


「……それは」


「探知魔法」


 集中しているのか、今までと違って短く答えたミアは円弧を二重に、三角形を複雑怪奇に入り組ませいく。

 やがて、血で描いた線は眩い輝きを漏らして勝手に動き始める。折りたたむように蠢いた輝きは図形を描いて、その図形がまた図形を描き、裏路地全体まで輝く軌跡が広がると──パンっ、と不意に音が鳴り響いた。


 目を向けると光の線は綺麗さっぱり消え去っている。

 ミアは猫耳をぴくぴくさせた。


「なんと」


 シロが驚いたように目を見開いていた。


「今のは広域探知魔法ですか!? 帝国軍の魔法使いでも使い手が極一部と言われている……」


「ふふんっ、帝国軍の連中と一緒にしないで! ミアの魔法は『時間』を辿って見つけるの。誰一人ミアからは逃れられないわ!」


「……探知魔法? 時間?」


 良く理解できない。すごいことなの?

 シロが戦々恐々といった様子でこちらに振り向いてきた。


「勇者様」


「なによ」


「旅に連れて行く魔法使いは、もう決まったかもしれません」


「……どういうこと?」


 シロは黙ってしまった。


 なんなんだ、いったい。

 シロの好きなタイプって、ミアみたいな人なのだろうか。


「最高学年の制服に、金色のアカリムラサキ……もしや、ミアさんは学園の──」


「ミアのお友だちを連れ去った悪い人の居場所が分かったわ! ──第十二区の三番裏路地256.123.126!」


 シロの言葉はミアの大きな声にかき消された。


 帝都は全部で十三区ある。

 一区から順番に王城の周りを囲んで、十二区となると随分と郊外に位置することになる。


「第十二区……? もしかして」


「なによ、シロ。もったいぶらないで全部吐きなさい」


 シロは立ち上がった。


「帝国軍が最近特定したんです。……第十二区の裏路地は陽光思想の根城だということを」


 陽光思想。確か、ソフィーヤさんが警告していたような……。


「その、『陽光思想』ってなんなの? 宗教?」


「……『万物は天へ至り、太陽に抱かれて永遠に暮らすだろう』。ルナニア帝国の旧神『太陽の女神』を崇拝する思想です」


 一つの宗教をそこまで警戒する理由って。


「転じて、アンネリース皇帝陛下が統治する現体制を快く思わない人たちがそこに属します。彼らは太陽の女神の復権を望み、皇帝陛下を蹴落とそうと帝都のいたるところで破壊発動を行っているのです」


「……?」


「簡単に言えばテロリスト集団です」


「え」


 信じられない。こんな物騒な国でもテロリストはいるのか。


「奴らは頭がおかしいんです。人が大勢いる場所に爆弾を仕掛けたり、貴族の子どもを誘拐して身代金をせしめたりしているんです!」


 ……?

 はて。

 割と普通に犯罪していることに驚いた。


 帝都では大通りの目立つ店にキャンプファイヤーして踊り出す連中もいれば、ガーターベルトで街中を練り歩いて奇声をあげる連中もいる。

 そんな頭のおかしい連中に比べたら『陽光思想』はよっぽど理性的にテロリストをやっているのでは……?


「奴らは正々堂々っていうものが足りないんです。勇気も覚悟もない腐ったキャベツみたいな連中ですよ! 犯罪がしたいならみんなみたいに堂々とやれば良いものを、やれ体制反対だの太陽の女神だの理由をつけて、こそこそやっているクズ野郎ですよ!!」


「ごめん、ついていけないわ」


 アズサは理解する。

 ここはルナニア帝国。元の平和な日本社会の常識は通用しないのだ。


「ミアさんっ! お友だちを誘拐したのはきっと陽光思想の腐ったキャベツどもですよ! 案内します! 皆殺しにしてやりましょう!」


「ほんと!? ミアを助けてくれる人はみんな良い人よ! シロはとても良い人ね! ロリコンなんて皆殺しよ!」


 いつの間にか少年と少女は手を取り合って、くるくると回りながら笑っている。


「……ま、いっか」


 アズサは深く考えることを止めた。


 ◇


 帝都郊外──第十二区は、太陽の光があまり届かない薄暗く湿ったところだった。

 無計画に増築された建物は視界のほとんどを埋め尽くして踏み入れた者の方向感覚を狂わせる。


 変色した木材と崩れた瓦礫。安酒場が雑居ビルから連なっており、窓から生暖かい空気を吐き出している。

 油の腐った臭いと饐えたゴミの臭いが薄く漂っている。

 表通りとは違ったアンダーな雰囲気が満載だった。


「で、探知魔法で探った場所がこれか……正直今すぐ回れ右して帰りたいんだけど」


「最強の勇者樣が何言ってるんですか」


「ゆーしゃさま?」


 ミアが小首を傾げる。


「アズサ様は最強で最高の勇者様です! 異世界からこんにちはしてきた常識の埒外の存在ですよ!」


 頭痛がしてきた。


「最強?」


「最高?」


「「勇者様!!」」


「うっさいわね……」


 世界に対する絶望を知らないからこんなに騒がしいのだ。

 アズサは盛大にため息をついた。


 地下へ続く階段だった。雑居ビルの合間にあり、目的を持って探そうとしなければまず見つけられないような場所。

 いかにも秘密のアジトな感じ。


「私はミアを庇って歩くから、シロは先に突入しなさい」


「皆殺し!」


「……好きにして」


「はーいっ!」


 階段があるのに、それを無視してシロは自由落下に身を任せる。

 そして、分厚い金属で出来た大扉を呆気なく引き裂くと哄笑をたなびかせながら突っ込んでいった。


「こーんにーちはーっ! 死んでくださーい!」


 悲鳴が断続的に聞こえて、湿った肉をスライサーで切断するような音も聞こえる。


「……」


 アズサは小学校のときに牧場でソーセージ作りをした体験を思い出した。思い出した自分の頭を殴りそうになった。痛いので止めた。アズサはドMではない。


 なむあみだぶつ。

 この世界にいるかどうか分からない仏に手を合わせながら、地下階段を伝って降りていく。


 肝心のミアといえば遊園地の遊具を目の前にしてワクワクが溢れて止まらない子どものような表情をしている。


 やがて、先行していたシロにアズサたちは追いついた。

 途中で襲ってきそうなゴロツキは、タタキにされて転がっていた。生粋の暴力装置であるシロは一番奥の扉の前で、哀れな男に向き直っている。


「この奥にお前たちが誘拐した子どもがいるのか?」


「な、なんだお前らは……! わ、我ら太陽神の使いになんてこと」


「質問に答えろ、二度は言わない」


 刀を首筋に添えて大根おろしのようにぐりぐりする。素直にやばい。見ているこっちがぞわぞわしてくるじゃないか。


「っ、ガァァァァ!? そ、そうだよ! 攫ってきた人はこの奥に──」


 シロが男の襟首を綿あめのように持ち上げる。

 片手である。

 アズサは絶対シロに喧嘩は売らないように心に留めておいた。


「お前たちは陽光思想だな?」


「ふ、ふひひ……わ、我々を殺したところで太陽神の加護は不滅……! 帝国各地に潜む同胞が蜂起するだろう──!」


 狂ったように喚き散らす男に、シロは舌打ちを一つ。


「──」


 刀を振り抜くと、男の頭が横半分に切断されてぐしゃりと落ちた。


「勇者様! この奥みたいですよ!」


「……あ、うん。良くやったわね。えらいえらい」


「えっへへ!」


 シロは満面の笑みを浮かべて、子犬のようにそばによってきた。血の臭いがする。

 これ、私たちの方が度数の高いテロリストなんじゃないかな……と若干ズレたことを考えながら、アズサはとりあえずシロを褒めておいた。


 扉をシロが細切れにする(なぜ普通に開けないんだろう?)。

 奥に背の高い老婦人が椅子に縛られていた。

 気絶させられているのか、あれだけの出来事があったにも関わらず目は閉じられている。


 部屋には誰もいない。

 老婦人付きの椅子とテーブルが一つ。テーブルの上にはラジオと黒と銀のマーブル模様の液体の入った拳大のガラス玉が一つずつ。液体は、触れてもいないのに微かに脈打って蠢いている。邪悪な気配を肌で感じた。絶対ろくなものではない。

 窓のついていない部屋は簡素だった。


「ミアのお友だちって……」


 アズサが最後まで言い終えないうちに、ミアが飛び出して老婦人の頬をビンタし始めた。


「起きて! 起きて、校長せんせ!」


 慌ててミアの脇に手を入れて引き剥がす。ちょ、ジタバタしないの!


「何してんのよ!? これがミアのお友だちだって?」


「そう! カラーミア総合学園のサハリア校長!」


「校長先生……?」


 シロが椅子に縛られた老婦人──サハリアの縄を切った。そのまま担ぐ。

 ミアに向き直って、問うた。


「ミアさんは、カラーミア総合学園の特待生ですよね? 胸につけた金のアカリムラサキの花飾りは特待生の証です」


「……気づかれちゃった?」


「特待生は校長の護衛を兼任している場合が多いのだとか。それならば納得がいきます」


 シロが指をさした先にはミアの胸につけられた金色の花のバッチがあった。

 まさか、こんな子どもが?


「広域探知魔法を自立展開する魔法陣だけで発動させるなんて……信じられません。それに──」


「つまるところ、ミアはすごいってことね」


「はい、そりゃあもうやばいですよ」


 マジマジと観察する。見た目は幼い子ども。言動も子ども。なのに、技術は凄まじい。

 天才というやつか。


「ミアさん、魔王討伐に興味はありませんか?」


「え、ここで誘っちゃう?」


 いきなり過ぎやしないか。それにこんな子どもを旅に連れて行くだなんて……。


「探知魔法のことだったら、学園にもっとすごい人がたくさんいるわ。それだけで魔王討伐なんて危ないことできないよ」


 ミアは意外にも乗り気ではないようだった。どうやら根っからのバーサーカーではないらしい。


「ミアさんにとって、探知魔法なんてついでのついででしょう? 真価は別にあるはずです」


 シロが真剣な顔をミアに向ける。

 ぴんっ、と猫耳が伸びた。


「……どうして、そう思ったの?」


「それは──」


 と、そのときザザザ、という音が聞こえた。

 この世界に来てから耳慣れない音。

 だが、元の世界では聞くことができる音。


「ノイズ?」


 どういうことだろうか。

 魔力とそれに付随する回路にノイズなんて生じない。電気を通したものがノイズを発生させる。

 当たり前すぎて気づかなかった。

 椅子の隣にある、小さな机。


 その上に、ラジオがあった。


「……ラジオ?」


 それが、小さなノイズを漏らし続けている。

 ミアがそばによってきた。


「なにそれ? 機械?」


「……」


「おかしい。魔力が感じられないよ。どうやって動いているの?」


「…………」


 この世界は、工業製品の大部分が魔力を元にしたエネルギーで動いている。魔力は電気のような送電ロスや発熱などを一切しない純粋な力。

 ノイズが生じる余地がない。

 そして、このラジオは元の世界と同じ動力──電気の力で動いている。

 手回し発電付きだ。

 無限に空間から湧き出す魔力に頼り切りの異世界なら決して思いつかないような『発電』という概念。


 アズサは背筋がぞっと冷えた。


「……おもちゃみたいよ。なんでもない」


「……? そうなの?」


「うん」


 ミアはすぐさま興味をシロの抱えているサハリアへ移す。


 アズサは周囲を見渡した。

 男たちは皆殺しにされている。

 生きている者は一人もいない。神殿復活後には即座に牢獄に入れられるだろうから、もう会えない。

 つまるところ、アズサはこの『ラジオ』の出どころを知ることができない。


『red.c: In ……tion……ain':u……red.c:3:……eclared first use in this ……tionundeclared.c:3: Eac……ared identifier i……ported on……ce……undeclared.c:3: fo……n it appears in.』


 ラジオからは伸ばして潰したような音が断続的に流れ出すのみ。どこかに電波を中継しているところがあるのだろうか。こんな異世界に。


「……陽光思想って、いったい……?」


 謎は深まるばかりだった。

 ずしんっ、と唐突に地面が揺れた。

 ぱらぱらと天井の埃が落ちてくる。

 さっきまで騒がしくしていたシロとミアが黙っている。


「ねえ、どうしたっていうのよ──」


 痛いほどの沈黙に耐えきれず、アズサは声を上げると、


「やばいのが、くる……!」


「急いでここを離れないと! 勇者様!!」


 部屋の中心にあったガラス玉が、木っ端微塵に弾けた。


 次の瞬間、黒と銀の液体が激しく脈打って、膨張し始めた。ラジオを一瞬で飲み込んでしまう。

 魔物の一種であるスライムのようだが、それよりもずっと禍々しく、敵意と害意を塗り込めた意思を感じた。

 ぐんぐんと大きくなり、触手のようなものを伸ばして、部屋の調度品を取り込んでいく。


 調度品は材質に関わらず、その液体が触れた瞬間に色を失って砂になって崩れ落ちる。男たちの死体を次々と取り込んで、見上げるほどの大きさとなった黒と銀の液体は、ゆっくりと移動を始めた。


「陽光思想の連中、何を研究してたんですか……!」


「シロッ、早く地上へ出るわよ!」


「待ってくださいっ、あれが地上に出れば大勢の人が死にますよ!」


 なんてことだ。まさかシロがまともなことを言うだなんて。明日は世界が滅ぶに違いない。

 そのとき、ミアがふわりと前に出た。

 滑らかな動きで、懐から警棒のようなものを取り出す。


「──」


 いや、違う。


「……ミア?」


 あれは、魔法使いの杖だ。


 次の瞬間、無数の光線がミアの周囲から液体に向かって放たれた。


 熱い。

 周囲の気温が急上昇を起こして、アズサの頬を伝った汗は一瞬で蒸発する。

 光線は液体を仕留めるように貫いたまま複雑に動く。グリッド線を引いて、それで終わった。


 光線が貫いた土壁は真っ赤に溶け落ちて、液体に刻んだグリッド線がそのまま土壁にも刻まれている。

 ミアは涼しい顔をして、焼け落ちた液体の跡に向かって警戒を緩めることなく杖を構えている。


「……ミア」


「あれが、カラーミア総合学園の特待生……詠唱破棄でこれほどの破壊をもたらすなんて……! ボク、ミアさんと一緒に魔王討伐したいです!」


 シロがミアを高く評価した意味がやっと分かった。恋していたわけではなかった。

 確かにミアは、天才だ。怪物と言えるほどに。


「ふっ!」


 シロがミアに向かって刀を振る。

 振り抜いた刀の軌跡に沿って、空気がズレて斬撃が宙を疾走する。そのまま直線上の全てを破断しながら、ミアの背後で触手を伸ばす液体を斬り伏せた。

 飛ぶ斬撃は、天才剣士の特権だ。


「大丈夫でした?」


「危なかったわ! ありがとね!」


 周囲から焼き切れなかった液体が盛り上がって波のように迫ってくる。

 シロとミアは背中合わせのように立ち、次々と絶技を繰り出して戦っていた。


 そんな超次元の戦闘に置いていかれ、アズサは物陰から恐る恐る見守っている。


 何もできない。

 アズサが手を出したところで、あのグロテスクな液体に取り込まれて死ぬ未来しか見えない。


「……っ」


 アズサは弱い。

 シロのような超絶技巧の剣技を持っていなければ、ミアのような凄まじい魔法も持っていない。

 あるのはただ、『スキル』として女神から押し付けられた普通以上の剣技と体術。そして、呆れるほど頑丈な身体一つ。


 どうしろというのか。

 あんな超常的な液体を相手に、生き物かどうかも良く分からない相手に、アズサはいったいどうしろというのだ。


「ぐっ、」


 シロの刀がひび割れた。

 度重なる触手の猛撃に、ついに刀さえもあの液体に侵食され始めている。


「きゃっ!?」


 ミアが弾き飛ばされた。

 光線を撃ち込んで液体を焼いていたが、焼く勢いを上回る液体の増殖に気を取られて、背後から触手の痛打を受けたのだ。

 木箱に突っ込んで、そのまま動かなくなる。


「ミアっ!?」


 背中は真っ赤に焼けただれている。触手で受けた傷は、侵食が火傷のように見えるのだ。

 今すぐ聖女の手が必要なのに。

 ここは地下。

 ここにいるのは死力を尽くしてミアを守るシロと、物陰に隠れて怯えることしかできないアズサだけ。


「勇者様! 逃げてくださいっ!」


「で、でも……」


「いいから、ミアさんを連れてここから逃げて! ボクは、このヌメヌメを食い止め──」


 触手がシロの脇腹を抉った。

 血が飛び散り、それすらも一瞬で侵食されて砂となって地面に落ちる。

 苦痛の絶叫を飲み込んだシロは、見たこともないような表情で叫んだ。


「早くっ!!」


「……わ、私は……」


 アズサは勇者である。

 異世界からこの世界へやってきた女神に選ばれた勇者なのだ。


 勇者が仲間に背を向けて逃げ出す?

 仲間を犠牲にして逃げる?

 確かに、元の世界でそういう展開のラノベはあった。アニメもあった。


「……私は」


 だが、それは勇者の名を騙った臆病者だ。追放されるべきクズ勇者だ。あいつらは自尊心を持って勇者などをやっていたくせに、自分が危なくなると真っ先に逃げ出す野郎だ。そして、結局ざまあされるのだ。


「私は、そんなんじゃない!」


 私はざまあされたくねぇ!

 私は格好良くなりたいんだ!

 仲間を助けて悦に浸りたい! 様付けで呼ばれたい! 銅像も欲しい! ちやほやされたい! 全部欲しい!


 ──私は、主人公だっ! 


 逃げ出そうと扉の方を向いた足を思いっきり叩く。震える足を律する。

 前を向く。


「ゆ、勇者様……!?」


 考えろ。

 私は人を殺すなんてできない。刀も振れない。魔法も使えない。使えるのは、頭のみ。

 常識がなく、『ガンガンいこうぜ』が主流のルナニア帝国で私は異端だ。

 ならば考えろ。

 弱点を見つけろ。隙を作れ。攻撃は仲間に任せれば良い。


「──」


 あの液体はなんだ? どういう仕組みで動いている? 何が目的だ?

 知識を結集させろ。集めろ、実らせろ。

 元の世界であれと似たものはなかったか?


 ……。

 …………。

 ……………………。


 ふと、アズサは学校の生物の授業でプレパラートを顕微鏡で覗き込んだ時のことを思い出した。

 あのときは微生物がうじゃうじゃいたが。


 あれは、微生物のうちの一つである──他の微生物を際限なく食べ尽くすアメーバに見えた。


「……なら……核が、あるはず」


 あの液体はガラス玉の中に入っていたときは核なんてものはなかった。


 なら、核は存在しない?


 いいや、そんなはずない。

 あれには明確な意思がある。敵を害し、取り込もうとする意思がある。


 ならば、核は外部から取り込んだのか?

 調度品を取り込んだ光景が脳裏によぎる。

 この部屋で、核となりそうなものは──


「……」


 この部屋で、他とは違うもの。

 アズサが異端だと思ったもの。


 ──ラジオだ。


「シロ! 特大の斬撃をあいつに叩き込んで!」


「分かりましたッ!!」


 打てば響く答え。

 シロは刀を低く構えて、深呼吸。刀身が魔力を纏って眩く輝き始めて、滑るような動きで、


 一閃。


 眩い光を纏った特大の閃光が、液体に向かって突き進む。衝撃波が幾重にも折り重なって部屋を揺らし、瓦礫が崩れ落ちる。

 刀は真っ赤に白熱して崩れ落ち、シロは柄を構えた状態のままがくりと膝をついた。

 シロが斬り開けた液体の底に、確かに輝くラジオが見えた。しかし、シロの全力で斬った液体はすぐさま元の形に戻ろうとする──


「貫け、ミアッ!」


「ミアに、おまかせ、あれッ!!」


 ふらりと立ち上がると、ミアは液体に向かって歯をむき出して吠えた。


 更に特大の閃光が液体にブチ当たり、真っ赤な隙間をこじ開ける。

 その隙間に、アズサは迷うことなく飛び込んだ。


「アズサ様!?」


 黒と銀が即座にまとわりつく。蛇のようにはいずり回り、己の一部にしようと侵食してくる。

 灼けた鉄を押し付けられるような想像を絶する痛み。


「まだ、だあぁっ!」


 皮膚を這い回る痛みを無視して、必死に液体の中に手を伸ばす。

 指が、固いものに引っ掛かった。──ラジオ。ノイズがまだ響いている。

 それを力任せに握りつぶした。


 瞬間、形を保っていた黒と銀のマーブル模様が不規則に震え始めた。

 ぱしゃん、と一際大きな音を鳴り響かせて、液体は重力に引かれて落下する。

 そのまま水が蒸発するかのように黒と銀の液体は消失した。まるで元々そこになかったかのように。

 夢でも見ていたかのようだった。


「勇者、様……」


 だが、めちゃくちゃになった室内が残っている。男たちの死体か消えている。そして、シロの抉られた脇腹とアズサの全身の火傷──今なお続く鮮烈な痛みが夢でないことを語っていた。

 アズサはラジオの残骸を手に握ったまま膝をついて倒れてしまう。

 意識が薄れていく。


「……あぁ」


 視界いっぱいに、今にも泣き出しそうなシロとミアの顔があった。


 ◇


「なんでおまえまでここに来るんだよ、アズサ」


 王城の医務室にて、アズサは目を覚ました。

 ……リリアスの隣のベッドだった。


「想像以上に、ルナニア帝国ってめちゃくちゃなのね……」


「だからわたしは引きこもり上等なんだ。もう元気になったならさっさと行けよ、狭苦しいな」


 リリアスはしっしと手を払って寝返りを打ち、アズサに背を向ける。


「……おまえが医務室に運び込まれたとき大変だったんだぞ。全身火傷みたいになってるし……男の子と女の子が一晩中くっついて泣きわめくし……」


「……」


 身体を見る。アズサの身体にはすでに火傷の傷なんて残っていない。聖女パワーで治ったのだ。恐るべし異世界。

 リリアスが背を向けて、問いかけてくる。


「……もう、痛くないの?」


「うん、大丈夫よ」


「……ふん」


 鼻を鳴らして黙ってしまう。

 ツンデレかよ。


 ベッドから起き上がると、ベッドのそばの机にうさぎの形をしたりんごが置いてあった。お見舞い、と書かれたメッセージカードによるとどうやらシロとミアが作ったものらしい。


「……はぁ」


 やっぱり、子どもの相手は苦手だ。

 しゃくり、とりんごを手にとってかじる。

 甘かった。


「そういえば……勇者パーティ集めってどうなったんだろ」


 色々とありすぎて曖昧になってしまったような気がする。急がなければ身体が爆発四散してしまう!

 急いで起き上がると、それと同時に騒がしい声が医務室に入ってきた。


「あっ、アズサ先輩が起きました!」


「アズサさま!」


 シロとミアが飛びかかってくる。二人を抱きとめた胸はめちゃくちゃに痛い……。


「もう大丈夫ですか?」


「……ええ」


「良かったです!」


 にこにこと笑顔を見せてくれるが、こいつは殺人鬼である。油断してはならない。


「っていうか、シロは何で『先輩』? 様付けしなさいよ」


「もっと尊敬しているからっ! 様は誰にでもつけられるけど、ボクが尊敬してるのは先輩だけです!」


 ……よく分からん。


「こらこら、二人とも。勇者様が困っているでしょう? 離れて離れて」


 伸びやかな声が聞こえた。

 顔を上げると、見覚えのない顔が見える。

 長身で綺麗な髪をサイドアップにまとめている。特徴的なのは胸元を押し上げている双丘……え、でか。


 涼やかな顔立ちをした美人さんだった。

 胸ポケットに差し込まれたハンカチを見て、聖女だと分かる。青色だった。


「はじめまして、と言ったほうがいいかしら? 意識を失って医務室に運び込まれたあなたを治療したのが私よ」


「それは、ありがとうございます……」


「私の名前はマルガレーテ・サングクエイラ。『ナイチンゲール』所属の聖女よ。ココロちゃんに推薦されて魔王討伐に一緒に行くことになりました」


 ぺこりと頭を下げられて、アズサも思わず下げてしまう。

 マルガレーテはアズサの胸元に顔を埋めているミアと、そばに立ってうんうんと謎の師匠面をしているシロを見て、


「うん。良い仲間を集めたじゃない。新参者だけど、これからよろしく頼むわ」


「あの……マルガレーテさん」


「マルガレーテでいいわよ。何かしら?」


 アズサは恐る恐る訊ねた。死活問題だった。


「……あなたって、バーサーカーじゃないよね?」


「私、これまで人を殺したことはないし、死んだこともないわ。人様に向かってメイスやらモーニングスターを振り回す人ってどうかと思うのよね。平和が一番よ」


「あ、ああ……!」


「え、なに」


 アズサは思いっきり泣いてしまった。


「まともな人……! まともな人がいる……!」


「…………」


 マルガレーテはドン引きして、いきなり泣き始めたアズサにキョトンとした眼差しを送る二人を見つめる。


「……ねえあなたたち」


「はい?」「なに?」


「何があったの?」


 沈黙。

 やがて、シロとミアは顔を見合わせて、二人揃って笑顔の花を咲かせた。


「「秘密!」」

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