44.『落日王女は微睡みのなか』
ぐるんぐるんと引っ張り回され、宙空に引き裂かれた空間の亀裂──【転移門】からスイカの種のようにぺっ、と吐き出される。
「わあああああああっ!? ぶべっ、むご、きゅ」
バウンドを繰り返して玉のように転がったわたしは、股を広げて逆さまの体勢のまま柔らかい物体に当たって止まった。
どうやら落ちてきたのはベッドの上らしい。硬い地面に叩きつけられるよりかはずっと運が良かった。
「うえぇ……ゲロ吐きそう……皇帝め、後で甘露煮にして甘じょっぱくしてやる……」
勢いをつけて足を下ろす。ぺたりと座ったままぐるりと見渡す。
薄暗い空間だった。窓にはカーテンが全て降ろされて、日光が部屋まで届いていない。服が散乱しており、小説やら絵本やらがその上に散らばっている。確か皇帝はラーンダルク王国の王女の寝室とか言っていた気がする。
見覚えがあった。
「あれ?」
完全に引きこもっていた頃のわたしの部屋と同じ構図だ。
帝国と王国の時差を考慮しても一般的に目覚めの時刻(わたしの場合はプラスして三時間ぐらい)のはず。
もしかしてだけど、ラーンダルク王国の王女って、わたしと同じ生態なのか?
とりあえずベッドから降り──いや、このベッドすごく広いんだけど!? わたしの部屋の面積と同じくらいふかふかが続いているんだけど!?
流石は王族。皇帝もこんなベッドで毎日のように寝ているのだろうか。いいなぁ。
「……日頃から神を信じているだけありますね。まさか本当に天使様が現れてくれるだなんて……」
声が聞こえた。
振り返る。
わたしの背後にいたのは、銀を鋳熔かしたような床まで真っ直ぐと伸びる銀髪、そして妙に自信たっぷりにこちらを見つめてくる輝石のような瞳を持った女の子だった。
胸につけられた銀色の宝石のペンダントに線の細い体躯を包む羽衣のようなドレス、靴なんてガラス細工みたい。なんとも王族のオーラがびんびんだった。
「て、天使? わたしのこと……?」
そんなに見つめられてもわたしからは何も出ないんだけど。お金でも欲しいのだろうか。
それにしても、また美少女である。最近わたしレベルの美少女に出会い過ぎているように感じる。わたしこそ世界で一番かわいいと思っていたけど、自信がなくなってきた。
「あなたは天使様ですよね? 王城の奥深くに監禁されている私を助け出しに来てくれた神の使い」
え、監禁? なにそれ?
「えっと、わたしは」
「はい、分かっていますとも。私はまさに神の下僕ですから。毎日のように祈っていましたから、当然です。天使様が現れるのは当然なんです」
ひえっ。急に距離を詰めてくるなよ。
端正な美貌が目の前にある。目がおっきい。絹のような頬が桜色に染まってる……なんでわたしの出会う人は極端にパーソナルスペースが狭いんだ。
こっちがおかしいのか? それともみんな陽の側の人間なのか?
「それにしても、なんて可愛らしいお姿なんでしょうか……その白い髪に青い瞳……まるで清浄の化身のようです……」
陶酔したように語り始める目の前の少女。こちらを見ているように見えて、その実どこか遠くを見ている。キラキラとした輝きをたたえている。
……やばい。完全に誤解されている。そして既に誤解が解けるような空気ではない。天使じゃなくてただの人間だとこのタイミングで言ってしまえば殺されるような気がする。
いや、見てよあの目。めっちゃ透き通ってるのに虚ろで怖いんだけど。
この女の子がラーンダルク王国の王女なのか?
「……どうしたんですか? 下界に降り立ったばかりでお腹が空いているのでしょうか。ああ、配慮が足りていませんでした。さあさあ、どうぞ特上のワインとパンです。ぐいっといっちゃってください」
ベッドの下から取り出した酒瓶をぐいぐいと押しつけてくるのを必死に押し止める。
飲めないからっ! まだワインなんて飲めないからっ!
ドーラ姉さんが飲んでいるお酒をちょびっと飲んだことはあるけど、目の前がぐるぐるしてぶっ倒れたことがある。あの経験はトラウマだ。目が覚めるまで必死にドーラ姉さんと父さんが世話をしてくれたんだとか。
たぶん戻してしまったんだろうな。本当にご迷惑をおかけしました。
「まずはお互いに自己紹介だろ!?」
ばんっ、とベッドに王女(たぶん王女)を突き飛ばす。そして親指を自分に向けてピシッと自己紹介をしてやった。
「わたしの名前はリリあ……いや、わたしは『プリティエンジェル』! 今をときめく天使様だっ! 好きなものはお茶漬けと肉じゃが、嫌いなものは皇帝とバーサーカーと殺人鬼! これからよろしくなっ!」
「おお〜……ぷりてぃえんじぇる……!」
パチパチパチと拍手された。勢いに任せて余計なことまで言ってしまったような気がするが、まあ大丈夫か。とっさに思いついた偽名にしては中々のセンスだと思う。
「私はレオネッサ・ハイネ・ラーンダルク。ラーンダルクの王女にして、救民を導く存在です。……レオネと呼んでいただいて構いません。ゆめゆめ私を忘れないでくださいね、天使様?」
身を正してドレスの裾をちょこんと摘み、一礼する。貫禄たっぷりだった。なんというか、ギャップがすごい。
少し気圧されてしまった。
「それで、ここは王城の寝室で……レオネは監禁されている、とか言ったか?」
気を取り直して聞いてみる。
王女を監禁。完全に字面が犯罪のそれである。
面倒事を背負い込む気がするが、皇帝の命令を受けた時点で面倒事は山積みだ。一つ二つ増えても変わらないだろう。……知らんけど。
それに、どうせなら人の役に立ちたいしね。わたし聖女だし。
「そうでした。まずは説明せねばなりませんね」
レオネは背筋を伸ばす。
「ラーンダルク王家には、古来より直属の騎士がいます。双子騎士、と呼ばれる一対の騎士がいるんです。軍部を統括する存在であるその双子騎士の片割れが先日クーデターを起こしまして……」
なんてタイミングで飛ばしてくれたんだあの皇帝。
「じゃあ……レオネの両親──王様たちは……」
もしかしてクーデターに巻き込まれて……?
「いえ、あの二人は死んでいるので特に影響はありません。ルナニア帝国の『首狩り姫』が両親の首を取ったので。まぁ、そういう意味で絶好の機会だったんでしょうね」
「ちょっと待って、いったん整理タイム」
「はて?」
すぅー、と深呼吸。
そして、心の中で──
妹ォ!
なんてことをしてくれるんだ、一つの国が潰れかけてるんだぞ! これって間接的にアリスのせいだよなっ!?
大勢に迷惑かけてる自覚はねぇのかよ……って、あっても止めるわけねぇよな。
だってあいつアリスだもん。殺人が趣味の生粋のブラックデッドだもん。
……まじかぁ。ここで私の家族の名前が出てくるのかぁ。まじで全世界に迷惑を振りまいてるんだなぁ。くそったれ。
「残された王族である私をこの部屋に監禁し、両親の神殿復活を止める算段でしょう。そうすれば実質ラーンダルク王国は彼のものになってしまいますから」
「……もしかしてだけど……げきやば?」
「ええ、げきやばでちゃけぱねぇです。真面目に王国存亡の危機です」
「わあい」
「露骨に現実から目を逸らさないでください。これから私とプリティエンジェル様の二人で反撃していくんです! 頑張るんです!」
両手ガッツポーズを胸元で可愛らしくキメても無駄だぞ。
完全にキャパをオーバーしている。
なんだこれ。やってられるか。
なんで王国に一人飛ばされたと思ったら、いきなり国家存亡級の陰謀に飛び込んでいるんだ、おかしいだろ。
……でも。
「……覚えとけよ、アリス……今度会ったらげんこつで頭をぐりぐりしてやるからな……」
身内の不始末はわたしが片付けなくてはならない。それが姉として、そして聖女としての最低限の役目だ。
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二日に一話!
カクヨムコンが始まったら元の投稿頻度に戻します!
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