45.『プリティ☆エンジェル』

「それにしては、レオネ……意外と元気だよな。両親もいないし、信じてた人にも裏切られるだなんて……わたしならちょっとした引きこもりになってたぞ」


 話を聞いていると本当にピンチだと分かってくる。なんでこんな落ち着いてるんだ?


「私は神が手を差し伸べてくれるのを信じていましたから」


 レオネはわたしに向き直って目尻を下げた。そうしてわたしの手を握って胸に押し当てる。ドキドキと心音が伝わってきた。

 ……BよりのC、かな。別に悔しくなんてない。


「なので大丈夫です。それに、双子騎士の片割れが裏切っただけです。二人とも裏切ったわけではありません。この寝室も、食べ物も、小説やゲームだって、全てその子が手配し、持ってきてくれました」


「……なるほど?」


 ……ん?


「働かなくて、ベッドでゴロゴロしているだけで勝手に新刊やらゲームやらが運び込まれ、食事も出てくる……割と最高の生活でした」


「おい」


「ですが、国家存亡の危機に変わりありません。とりあえず『なんとかなれなれ』とベッドでゴロゴロしながら天に向かって祈っていたら、降ってきたのは天使様でした。神の奇跡ってすごいですね」


 うーん、神=皇帝の図になってきているぞ。皇帝が神なわけないじゃないか。あったとしても悪魔か鬼のあたりじゃないか?

 ……うん。分かってきた。このレオネとかいうポンコツ王女のことがだいぶ分かってきたぞ。


「……で、わたしに何をして欲しいんだ?」


「反逆者の手に墜ちた王城を取り戻していただけると大変助かります。まずは、私を王城の外へ連れ出してくれると」


「えっと、わたしにできるかな……」


 一人の聖女に頼むことじゃないと思うんだ。


「裏切っていない方の双子騎士もついでに連れて行けると大満足です」


「うーん」


「後、今読んでいる恋愛小説の『雪色恋色クリーム少女』とゲーム機とゲームソフトをそれぞれ三本ずつ。おやつにアプリコットジャムと紅茶の茶葉、スコーンとポテチを追加で持って行ってくれると。それと寝る時のためにこのマイ枕、『無限級数的に発散していく羊シリーズ』の絵本を──」


「どんどん注文が増えていくなっ!」


 レオネの顔の前に手のひらを置く。


「レオネとその騎士を王城から連れ出す。これだけで手一杯だ、分かったな!」


「……ケチ」


「ああん?」


「…………ぐすん」


 よし。ひとまずこれで王女の要求は理解したぞ。


「まずは窓から外に出られないか見てみよう」


 窓までとことこと歩いて、カーテンをばさりと開く。

 日光が差し込んでくる。最近はだいぶマシになってきた。これはココロと毎日デートしてるおかげだな。

 眩しさに白んだ視界が晴れてくると──


「無理じゃん」


 窓の外には一切足場がない。王女の寝室は、ラーンダルク王国の一番高い尖塔の頂上に位置していた。


 つるっつるだった。王城の壁は真っ白な大理石で出来ており、外から見れば大いに人気が出そうな外観だろう。そして、手を引っ掛けられそうな隙間が全くない。

 尖塔の高さは鳥が飛んでいる位置よりも高いほど。落ちてしまえば潰れたトマトみたいになってしまうに違いない。

 遠くに見える広々としたラーンダルク王国の城下町がすごい綺麗。本当に綺麗だな……うん。


「行かないんですか?」


「えっと」


 期待の目が怖い。え、ここから飛べと?


「プリティエンジェル様は翼を持っていないんですか? 経典に描かれている天使様は大きな白い翼で空を舞っていたのですけれど」


「う」


「……う?」


「わ、わたしは空を飛ぶのが怖い系の天使なんだ。だからここは堅実に扉から歩いていこうよ」


「……」


「な、なんだよ」


「…………え〜」


 なんだその顔。潰れたトマトになりたいのなら自分一人でなってはどうだろうか。わたしはごめんだ。


「でも、扉に鍵が掛けられていますよ? 壊すにしても扉は内部にジルコニウム合金のハニカム構造を採用してますし……ピッキングは習っていましたけど、鍵はダイヤル式でした」


 二本の針金を取り出して残念そうに眉をひそめるお姫様。

 なぜ、一国の王女様がピッキングなんてものを習っているのだろうか。ツッコんだら負けな気がする。


 扉に向かう。ガチャガチャ。ふむ。


「えいっ」


 グシャリ、とドアノブを握り潰す。そして、近くにあった椅子を扉に叩きつける。ひしゃげた扉に蹴りを入れると悲鳴のような金属音とともに呆気なく吹き飛んだ。


「なんだ、普通に開くじゃん」


「……? …………? ………………?」


「ほら。ぽけっとしてないで早く行くぞ」


「……ゴリラ……?」


「ん? そう呼ばれるのは名誉なことだな」


「……」


 ゴリラ。森の賢者にして、平和主義者の代表的動物である。

 聖女として、悪くない評価ではないだろうか。

 ラーンダルク王国の王女にそう認識してもらえるだなんて、ちょっと嬉しくなってきた。

 やっぱり、脳筋国家の皇帝と違ってレオネは審美眼をしっかりと持っているな。うんうん。


「プリティエンジェル様」


 手を握られてぐいっと引き寄せられる。

 うおっ、顔が近い、まつげ長いな、何かいい匂いがする……!


「これからも、末永くお付き合いくださいね?」


「う、うん……」


 仲良くなれるといいな。

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