46.『パンツに宿る神性』

 一つ分かったことがある。


「ち、ちょっと待ってよ……っ!」


 この王女、色々とやばい。


「あら。体力がありませんね、プリティエンジェル様」


「この布切れが邪魔で息がうまく吸えないんだよ!」


 現在、わたしとレオネは尖塔の階段を駆け下りている。レオネの服装はドレスだがその速さは驚異的だ。

 まるで全力疾走に慣れているかのようにスイスイと進んでいる。舞踏会に行くようなドレスなのに本当にすごい。繋いだ手からは元気が溢れてくるみたいだ。とってもアグレッシブ。


「布切れなんて言わないでください。そのパンツは一番のお気に入りなんです。完全オリジナルオーダーメイド、コットン百パーセント。私のはハーフハーフですがフリルがたくさんついて素敵なんですよ。勝負下着ともいいますね」


「こっちはそんなの聞いてないんだよっ!」


 わたしは頭を覆っている『布切れ』を指差して悲鳴をあげた。

 対するレオネも同様で、光沢のある白い『布切れ』で頭と顔を覆っている。


 つまり、パンツである。

 少女二人が頭にパンツを被って階段を爆速で降りているのである。

 もしわたしが深夜にこれを見てしまったら、泣く自信がある。傍目から見たらめちゃくちゃ怖いもん。


 ふふっ、と笑ってレオネは得意げな顔(たぶん。パンツに隠れて見えない)をする。


「変装、という言葉をご存知ですか?」


「もしこれが変装のつもりだったら、わたしはきみの頭の中身をドブに捨ててやるっ!」


 確かに顔は見えない。見えないけど……!

 完全に変態じゃねぇか、もっと目立つだろうが!


「嫌ですね、プリティエンジェル様じゃあるまいしそんなわけないじゃないですか」


「さらっと毒を吐くな!? じゃあ何なんだよ!」


「趣味と実益を兼ねたものです」


「うん? 趣味って言った? ねぇ? 今趣味って──」


「もうそろそろですよ」


 階段は終わりを迎えていた。目の前には大きくて黒光りする扉がある。


「邪魔ぁっ!」


「あ、その先は」


 苛立ち任せに拳を突き出し、そのまま体当たりで突き破る。


「「「────」」」


 尖塔から転がり出たわたしたちを見つめるのは無数の目。逞しい衛兵のおじさんたちが呆然とわたしたちに注目している。

 尖塔から一歩出た広場は、衛兵たちの訓練場だったらしい。


「あれは……」「監禁中の王女様?」「なんでパンツを」「いや、今は」「隣のは誰だ……?」


 飛び出してきたのは、パンツを頭から被ってた二人の女の子。そのうちの一人は、王女のドレスを身に着けているのだ。

 うーん、ばかやろう。


「王女様が脱走したぞおおおおおおおおお!!」


 途端に蜂の巣をつついたような騒ぎとなる衛兵たち。目を血走らせながら汗臭いおじさんたちが一斉にか弱いわたしたちに襲いかかる。

 字面がやばい。


「プリティエンジェル様、失礼しますね」


「えっ」


 いつの間にかパンツを脱いでいたレオネはわたしのパンツをも脱がしてきた。間違えた。顔からパンツを取っていたレオネがわたしの頭に被っているパンツを外した。

 そして。


「そーれっ」


 わたしとレオネの被っていたパンツが宙を舞う。

 ひらひらと、陽光の中で燦然と輝くパンツ。


「な」「はっ」「え」「おお」「なんと綺麗な……」


 衛兵たちの視線が面白いようにそちらを向く。涙を流して拝んでいる人もいた。彼はパンツに神性でも見出したのだろうか。


「──姫様、見つけましたよっ!」


 涼やかな声が混迷を極める人混みを駆け抜けた。

 言葉が聞こえた瞬間、レオネは宙を舞うパンツをキャッチ。わたしの顔にパンツを押し付ける。


「むごっ!? ちょっと待ってわたしそういう趣味は」


「後は任せましたよ、私の騎士ラディストール!」


「【代行者たる我が名はゴストウィン 光の精霊よ この地を照らせ!】」


 瞬間、パンツ越しでも伝わる強烈な閃光が辺り一帯を埋め尽くした。


 光が収まる。

 顔に張り付いたパンツを退かすと、見えるのは衛兵たちがみんな地面に転がって「目がぁ、目がぁ……!」と呻いている姿だった。


「これは……」


「さあ、逃げますよ」


 レオネがわたしの手を取って、倒れている衛兵たちの間をぬって訓練場から続く路地の角を曲がる。

 そこにいたのは、流麗な出で立ちをした一人の女騎士。ブロンドの髪は綺麗に整えられ、鎧も磨かれているのを見ると貴族出身だろうか。そんな騎士は腰に差している剣柄に手を当てている。


「っ、追手!?」


 斬られる……っ!


 いくらわたしが平和主義者だからといって自分に危害を加えようとするものに対して容赦はしない。ましてや今は他国の要人を連れているのだ。

 飛びかかって殴り殺そうと、膝のばねに力を込めて──。


「ラディストール・ゴストウィン! よく来てくれましたね!」


 レオネが一足先に飛び出して、その人物の名を親しげに呼んだ。

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