47.『片割れの騎士』
中途半端に込められた力が行き場を失い、バランスを崩してとてっと尻もちをついてしまう。
危なかった。聖女なのにまた殺人を犯してしまうところだった。
「まさか真正面から扉を吹き飛ばして出てくるなんて。いつからそのような力を手に入れたの? 姫様?」
「神の思し召しがあったんです」
「……神が扉を殴ったと?」
「まあそんなもんです」
違うからな?
涼やかな声。エルタニアさんとはまた違った感じ。
やはり先ほど訓練場を切り裂いたあの声だ。
つまり、この女騎士がわたしたちを助けてくれたのか。
「彼女が私の祈りを聞き入れて下さった天使様です」
レオネの言葉にそってラデイストールの視線が動く。めちゃくちゃ胡散臭そうなものを見るような眼差しでわたしを見てくる。
うん、その反応が一番正しいよ。この国に飛ばされて初めてまともな人に出会った気がする。
「名をプリティエンジェル様。厚さ十五センチ強のジルコニウム合金を生身でぶち抜くゴリラ系天使様です! 崇めてください!」
「それゴリラでも天使でもなくて、ただの化け物では?」
失敬な。こんなにかわいらしい美少女に向かってなんて暴言を言うんだ。
「それに『プリティエンジェル』……? 何その名前……ださ……」
……えっ。
「失礼ですよ、ラディストール。人には人の名前というものがあるのです。いくらおかしな名前でも恩人には礼節を持って尽くさなくては」
……えっ。
「『プリティエンジェル』とかいうふざけた名前が本名なわけないでしょ! ……うちの姫様相手にずいぶんと舐めた真似をしてくれるじゃない」
「「えっ」」
あ、今度はレオネも声を上げてくれている。
「プリティエンジェル様……偽名というのは、本当でしょうか……?」
疑いの目。
やっばい。今さらルナニア帝国の人間だなんて言ったら目の前の敵意マックス騎士に斬り殺される未来しか見えない。
「……そ、そんなわけないだろっ! やだなぁ!」
「そうですよね。まったく、私の騎士はたまに真面目な顔をして冗談を言うんです。本当に困ってしまいます」
「「あははははははははは!」」
二人でひとしきり笑う。
「…………」
やっぱりラディストールとかいう女騎士がおかしいんだ。完璧な偽名を見破るなんて、真実看破の魔眼でも持っているに違いない。
「偽名を使う……つまり、この良く分からない化け物は他国の間者に決まってる。……そういえば、大図書庫の建国記にあった記録によるとルナニア帝国は王女の寝室に【転移門】を──」
「わああああああああああ!!」
「急になに!?」
「犬のうんち踏んだかも」
「そんなことで大声を出さないでくれる!? 後、ラーンダルクの王城にそんなの落ちてるわけないでしょ、うちのメイドは優秀なのよ!!」
なんだこいつ本当に騎士か!? 推理がトントン拍子に当たっていくんだけど! もうこの騎士、騎士じゃなくて探偵だろ!
ラディストールはわたしに向き直って鞘から剣を半分抜く。
「とにかく! こんな素性も知らない不審者をそばに置いておくのは姫様の健康にも良くないわ! 現に何だか姫様の知能指数が下がっているような気がするし……」
「おい、遠回しにわたしのことをバカだと言ってないか?」
「それに最悪の場合、この不審者は悪の枢軸であるルナニア帝国の手の者……即刻斬り殺す方が世界のため!」
「な、なぁ……話し合いで解決しないか? 暴力に頼るのは文明人のやり方じゃないと思うんだ」
「その話し合いの席で王に向かって刃を振るったのがルナニア帝国の野蛮な三大将軍よ。弁明の余地があると思うかっ!」
アリスてめぇっ!
「いや、そもそもわたしはプリティエンジェルでルナニア帝国とは一切合切関係はなく──」
「嘘ついてたら殺す。野蛮人には野蛮をもって制するべきだもの。嘘つきも同じ」
「ひえっ」
思わずレオネの後ろに隠れてしまった。
冷たい殺意がひしひしと感じられる。そんなに恨まれていたのかルナニア帝国。これまでの所業を考えれば当然といえば当然だけど。
というか、復興支援の話はどうなったんだ?
なんでルナニア帝国に復興支援を頼んだ側がこんなに殺意マックスなの?
……あれ?
「そこまでですよ、ラディストール。今は仲間内で争っている場合ではありません。現に私をプリティエンジェル様は尖塔から助け出してくださいました。一時でもかまいません。私は彼女を信じてみることにします」
「レオネ……っ」
「よしよし、怖かったですね。もう安心ですよ」
そう言ってこちらに向けて微笑んでくれる。頭をぽんぽんしてくれる。母性を感じるぞ。うちの脳筋母さんと違って真っ当な母性を感じる……!
やっぱり良い事をしたら良い事が返ってくるのだ。
わたし、この子のことが好きかもしれない。何だか胸の奥がぽかぽかする。バーサーカーに周囲を囲まれていた頃よりよっぽど心の健康にいい。だって今まで『ぽかぽか』じゃなくて『ドキドキ』だったもん。命の危機に心臓が踊り狂っていたもん。
「はぁ……レオネッサがそこまで言うんだったら、もういい。そもそも、ルナニア帝国の人間だったら私が勝てる保証はどこにもないもの」
「じゃあ、これから仲良くしような」
「態度変わり過ぎでしょ! ちょ、ああ、もううっさい! 私の側に寄るな! 後、うちの姫様から離れて!」
……ふむ。
この女騎士は優秀な割にコミュニケーション能力が足りていないようだった。血に飢えたチワワのように威嚇してくるその様子は、まるで引きこもっていたときのわたしのよう。
途端に、親しみを感じてきた。
この鬱陶しいような視線だって似たようなものだ。コミュニケーションがお互いに足りないから見て警戒するしかないのだ。
貴族然とした整った顔の裏には対人関係に怯えている可哀想な人がいる。
つまり、わたしと同じ! 陰の人!
「これ終わったらトランプやろうよ、きっと楽しいよ。七並べとかどう?」
「え、何なの急に親しげに話しかけてきて……こわ……」
「私も交ぜてほしいです」
レオネが頬を膨らませている。かわいい。
「レオネも興味あるのか? でも悪いな。これは私みたいな人にしか参加が許されない闇の七並べなんだ」
陰キャ同士の熾烈な争いなんだ。そんなところにレオネを混ぜたらレオネが汚染されてしまう。
はっ、と何かに気づいたようにレオネはラディストールをちらりと見る。しばらく考え込んだ後に一つ頷いた。
「……ラディストール……あなた……ううん、分かりました。今まで気づくことが出来なくて申し訳ありません。てっきりあなたは普通の人かと……」
「ちょっと待って一体何の話!?」
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