77.『ヒメナのお茶会』

 蝶が舞って花が咲き乱れる。

 爽やかな風が吹き抜けて、ティーカップの中に小さなピンク色の花びらが落ちた。


 ここは王城の庭園の一つ。

 噴水や花壇が山のようにあるなか、そこの真ん中に洒落た円卓とティーセットがこれ見よがしに置いてあった。


 シリルはわたしたちをそこに座らせて、「待っているように」と言った。

 そっちが招待するんだから待たせるなよ、とは言えない。なぜなら──


「ヒメナ・エスメラルダって誰?」


「帝国勃興から歴代皇帝に仕えてきた大貴族のエスメラルダ家の当主にして、現在大聖女にもっとも近しい人物だと言われています……」


 つまり大聖女を狙うもの同士、ライバルというわけか。気合が入るな。

 それに肩書だけならブラックデッド家も負けてないぞ。


「エスメラルダ家はこの国のあらゆる大企業を牽引する財閥のトップだよ。ほら、リアちゃんの使ってる石鹸とかシャンプーとかにロゴが入ってるでしょ? フォックスグレーダ・メディアもエスメラルダ財閥の傘下だし」


 そんな人なの? そんな人が聖女やってるの?

 チンピラをはべらせてるやべぇやつという認識がアップデートされていく。


 変態新聞社を飼いならしてるもっとやべぇやつという方向に変わっていくぞ。


「聖女のハンカチは『白』。最年少で限界魔法を習得したとかで……まさに家柄、才能が合わさった超人だとか……あ、この間の帝都ミスコンで準優勝してましたね。ちなみに一位は皇帝陛下です」


 容姿も素晴らしいと。

 神様とやら、その人に何でもかんでもあげ過ぎじゃないか?


 ……まー別に?

 わたしのほうが美少女力は上だろ。たぶん。

 引きこもってた時はミスコンなんぞ知らなかったけれど、今のわたしなら無双できる。舐めんじゃねぇ。


「そして、帝国の聖女派閥の中で最大派閥の『エスメラルダ』を率いてるんだよ。彼女に逆らったら帝国から居場所がなくなるとまで言われてる──正真正銘の怪物」


「…………」


 わたしは肩を強ばらせてしまった。

 嫌な思い出が蘇る。

 それは、幼い頃の学校生活。クラスの中でいつもみんなの中心にいた女子がクラスの端っこで細々と生きていたわたしに『ちょっかい』をかけ始めたのだ。


 それからというもの、『ちょっかい』は日に日にエスカレートしていって、最初は言葉だけだったのがついに暴力や私物を壊すにまで発展していった。


 気づけばクラスの中に居場所がなくなっていたわたしは、学校に行かなくなっていた。

 ちなみにその女子はアリスに何度も殺されて、ルナニア帝国から一族ごと引っ越していったらしいけれど……わたしの心に深く残った事件だった。


 なお、そのアリスが発した言葉によってわたしの八年間もの引きこもり生活が始まるのだが、それはまた別のお話だ。


 そんな人がこれからやってくるのか。

 こんなに緊張するのは皇帝との初謁見以来なんだけど……。

 失礼のないようにしなければ、というのはもう諦めた。皇帝の命令によってわたしは敬語で話すのを禁じられているのだ。意味分かんねぇ。


 せめて髪型だけでもきっちりしないと……。

 わたしが自分の髪の毛をわちゃわちゃしているときだった。


「ごきげんよう、皆様!」


 良く通る凛とした声が庭園の中に響いた。


 威風堂々。という文字をそのまま人に起したような少女だった。ドーラ姉さんと雰囲気が似ているが、ドーラ姉さんは冷たく凍えるような感じでこっちは燃える炎のような感じ。


「まずはわたくしのお茶会の招待に応じてくださり、誠に感謝申し上げます。リリアス・ブラックデッド樣」


 ウェーブのかかった艶のある赤髪に、自信に満ち溢れたエメラルドのような瞳。一つ一つの動きがキビキビと洗練されていて、まるでダンスを見ているかのよう。

 芝居がかった礼が似合っている。


 服装は学園の制服のようでいて、少し違う。普通は校章の縫い込まれているであろう部位が取り外されていて、代わりに良く分からん紋章が縫われている。制服を改造したものだろうか。

 わざわざ制服を改造して使ってるなんて、これは……不良だな。間違いない。


 早足だが、それを感じさせない綺麗な歩き方で、こちらに近づいてくる。ココロとクロエは一斉に立ち上がった。


 ……わたしだけがぽかんとして立ち上がれずにいる。ちょっとだけお尻を浮かせてしまったからか、さっきからお尻の筋肉が痛い。これは……攣ったかな……?


「わたくしは、ヒメナ・エスメラルダ」


 一目で分かった。

 この人、わたしの苦手なタイプだ……。


「次代の大聖女を目指す者でございます。まずは謝罪を。うちのシリルが多大な迷惑をかけたようで、申し訳ありません」


 ヒメナの背後に付き従っていたシリルがこちらを射殺さんばかりに睨みつけている。めちゃくちゃガン飛ばしてくるぞ、あんたの手下。


「そして、貴女とはこうして直に話してみたかったのですよ。リリアス樣」


「はぁ」


「あの、私たちは……」


 流れで着いて来ていたクロエとココロは不安そうだ。いや、ココロは普段通り落ち着いている。やっぱりすごいな、ココロ……!


「リリアス樣のご友人方でしょう? 慌てなくて結構。ともに茶会を楽しみましょう!」


「あ、ありがとうございます……!」


 円卓の向かいでヒメナは腰をおろした。


「流石ですわ! 見ましたか、これがお嬢の寛大さ!」


「……なんでシリルがえばるんだよ」


 すぐさまシリルが彼女のティーカップにお茶を注ぐ。

 それを一口──


「シリル」


「なんでしょうか、お嬢?」


「これは?」


「紅茶でございますわ。帝都郊外の茶畑から直に仕入れた最高級のオーガニックな茶葉ですの」


 良いドヤ顔をこちらに向けてくれる。

 オーガニックな茶葉ってなんだよ。


「カツオの風味がするのですが。しょっぱいですし」


「……え?」


 失礼します、と断ってからカップを受け取ってシリルはこくりと飲む。

 電撃の走ったように彼女は固まった。


「……す、すみません! 先日の流しそうめん大会のつゆを出してしまいましたわ……! 少々お待ち下さいませ……!」


「許しましょう! 人は誰しも間違えながら成長していくものです。貴女の今後の成長の糧になれたのなら幸いです!」


「ありがたきお言葉感謝いたします……!」


 そそくさとティーポットを持って庭園から出ていくシリル。

 やべぇ。変な空気になってしまった。どう反応すれば良いのかわかんないよ。


 コホン、と咳払いして、


「シリル、あの子はわたくしが十年前にスラム街で拾った子でしてね。たまにドジを踏みますが、可愛いでしょう?」


「う、うん……?」


 そこで同意を求められても困る。わたしが思ってるのは、ティーポットにそうめんのつゆを入れるなよ、ぐらいなものなのに。

 というか、十年であそこまで不遜な態度をとる貴族らしい貴族に育てたのか、この女。どんな教育したんだよ。


 早くもこの茶会から逃げ出したくなるわたしだった。

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