74.『手紙』

 時刻は午前八時。

 眠い。明らかに人間の活動時間外である。七十二時間後にもう一度呼び出してくれと言いたいところだが、時間を守らなければ殺されるので行かなければならない。


「……ねむいよぉ、ココロぉ……」


「我慢我慢だよ、リアちゃん」


 わたしがラーンダルク王国へ行き、なぜかクーデター騒動に巻き込まれる事件からおおよそ一週間たった。


 わたしが目覚めたのはラーンダルク王国ではなく、ルナニア帝国の王城の医務室。本来の王城勤務聖女の職場はここである。

 隣国にワープして殺戮兵器と死闘を繰り広げるとか、そういうのは決して聖女の仕事ではない。


 わたしは思う存分寝っ転がった。ゴロゴロした。医療室の先輩聖女たちに白い目で見られるほどにぐうたらした。

 そして、療養期間が終わってそうそう、皇帝に呼び出されたというわけだ。


「これでまたどっかに復興支援に行けとか言われたらわたしは皇帝を許さないぞ……」


「いやいや、いくらなんでもラーンダルク王国みたいなことが何度も起きるわけないって」


 そうやって苦笑いするのはココロだ。

 前回も今回も、ココロの謎パワーのお陰で助かった。目が覚めたら『千年甲冑』が落っこちていて、バラバラにぶっ壊されていた。やっばい。


 ココロが言うにはわたしの力らしいが……うーん。何だか釈然としない。ココロが助けてくれると、敵は死んでいて、全部が上手くいっている……んん?


 あれ?


 ココロが全部解決してくれたのでは?

 イザベラの首が吹っ飛んだのも、『千年甲冑』がバラバラになっていたのも……全部ココロが……?

 もうココロが三大将軍でいいんじゃないだろうか?


 ……。


 ……いや、そんなのはダメだ。平和的で優しいココロを戦争に向かわせるなんて国際法違反だからな!


 これ以上は考えないことにしよう。

 わたしのハートが死んでしまう。


 とりあえず、今回学んだ教訓は──


「わたしはもう皇帝の甘い言葉には騙されない!」


 そうだ。最初の原因はそれだ。なんでも願いを叶えてくれるとかいう胡散臭すぎる文言に釣られて皇帝の口車に乗ってしまったのが災難の始まりだ。


「これからは、心をカチコチに凍らせてフローズンリリアスとしてクールに皇帝に接する!」


「かき氷にされるよ……」


「じゃあバーニングリリアスで皇帝を焼き尽くしてやる! よしっ、今から第四師団長のハンマーさんに弟子入りするぞっ!!」


「それは駄目。リアちゃんが脳筋になっちゃう」


 頬を膨らませて「むぅ」と唸るわたし。


「リアちゃんはそのままのリアちゃんが一番だよ」


 頭を撫で撫でしてくれる。良い香りがする。やっぱりココロはわたしの癒やしだ。

 トボトボ歩きながらぼやく。


「ココロが言うならしょうがない。やっぱりわたしには皇帝の着替えのパンツを隠すとかしか出来ないし……」


「……うん?」


「隠し場所を二つに分けて、見つかりにくいところに隠してあるパンツにはワサビを塗り込むとかしかできなかったもんなぁ……」


「…………」


 玉座の間の扉を開く。


 一段高いところに玉座がある。

 そして、そこにはアンネリース・フォーゲル・ルナニアが座っていた。


「良く来てくれたわね……」


 ちょっぴり涙目だった。

 玉座の上にあるお尻がもじもじしていた。


「……」


 ……これは、やってやったか?

 直撃か? 直撃なのか? ……ふっ。やはり正義は勝つ。

 いい気味だな、あっはははは!


「何の用だよ、皇帝。わたしはこれからココロと一緒に限定スイーツを食べ歩くという重要な仕事があるんだぞ♪」


 良い笑顔で白髪をなびかせるわたしに、皇帝は一言。


「今すぐあなたを殺してやってもいいのよ、リリアス・ブラックデッド」


「…………な、何のこと……?」


 皇帝が指を鳴らす。

 最上等魔法の闇の奔流がわたしのすぐ隣を薙ぎ払った。……魔法が当たった壁には恐ろしく綺麗な真円の穴が削り取られている。


 目がヤバい。


「死体にはワサビを添えてあげるわ」


「マジでごめんなさい」


 即座にジャンピングで土下座に移行。全力で謝り倒した。

 皇帝はそれを見てため息をつくと、


「それはそうと……今回は任務を伝えるために呼び出したんじゃないの。報奨を与えるためよ」


「……へ? 報奨……?」


 全力土下座スタイルからちょっぴり顔を上げる。皇帝の怒り顔はいつの間にか収まっていた。むしろ少しだけ微笑んでいるではないか。

 ……お尻にワサビをすり込まれてもそんな顔ができるなんて。すごいな皇帝。流石天下の権力者は心が広い。


「下着の件は後で覚えておきなさい」


「……あ、うん……」


 訂正。皇帝は心が狭い。


「ココロ・ローゼマリー」


「はっ、皇帝陛下」


「報告をなさい」


 ココロが壇上に上がる。

 そして、わたしと目が合うとにこっと笑ってくれた。


「リリアス・ブラックデッド准三大将軍の此度の戦果を報告します」


 あの……わたし聖女としてラーンダルク王国に行ったんだけど。一文字も聖女の文字が入ってなかったんだけど?


「リリアス閣下が国に入った時点で、すでにラーンダルク王国はまさに国家転覆の危機に瀕していました。──ゆえに、リリアス閣下はまず正当なラーンダルク王国の王権を持つと推測されるレオネッサ・ハイネ・ラーンダルク王女を言葉巧みに籠絡したのです」


 レオネはお友だちだぞ。そんな人聞きの悪い……。


「そして、反乱軍からの逃亡の最中、レオネッサ王女からラーンダルク王国の詳細な地図を手に入れました」


 ココロが懐から魔石を取り出す。


 ……あれ、わたしの魔石じゃん! やけに懐が寂しいなと思ってたらあんなところに!


 ココロは魔石をプロジェクターモードにして、記録されていた写真を映し出す。

 そこには、わたしの描いた落書きとアスターリーテがめちゃくちゃ精巧に描いてくれたラーンダルク王国の王城と城下町の見取り図が……って!


「……これ……!」


 この写真は落書きが上手く描けた記念に撮っておいたものだった。反攻作戦の作戦会議中のことである。

 こんな地図が皇帝に渡ったら大変なことになるじゃん!


「そして、我がルナニア帝国の聖女たちと合流し、反乱軍の首領であるメルキアデスの討伐に成功したのです」


 続いて魔石から映し出されるのは、引き攣った笑い顔のわたしと脇に抱えられた死体のメルキアデス。

 完全に捏造である。

 この時メルキアデスを殺したのは集団リンチをしていたルナニア帝国の聖女たちだ。断じてわたしではない。

 だが、訂正する間もなく次の言葉がココロから発せられる。


「そして、最も大きな戦果は、『千年甲冑』を討伐したということです。『千年甲冑』が狙っていたのはここ、帝都でした。もしもリリアス閣下が『千年甲冑』を撃ち落とさねば、今頃帝都は火の海で大勢の犠牲者が出たことでしょう」


 別に、帝都がどうなっても良いんだけどさ。メルキアデスにも言っちゃったし。


 むむむ……。

『千年甲冑』の件はココロも深く関わってるような気がするし、もしかしてココロは自分のやったことを全部わたしの功績にしてくれるのか……?


「以上、ココロ・ローゼマリーの報告を終わります」


 ココロはスカートの裾を持ち上げて礼をする。

 皇帝は手を打ち鳴らして、豪快に笑っていた。


「あっははははは! 素晴らしい。実に素晴らしいわね、リア」


「……なんだよ。なんか怖いんだけど」


「余の気分は上々よ。いつもあなたは余を楽しませてくれる……さあ、答えなさい。あなたは余に対して何を望むのかしら?」


 これは、なんでも願いを叶えてくれるとかいうあれか? 本気だったの?

 うん。とりあえず、


「叶えられる願いを一万個に増やし──」


「聞こえなかったのだけれども? 大きな声で言ってくれる?」


 皇帝の笑顔の温度が一気に氷点下まで冷え込んだ気がした。

 真面目に考えよう。


 直近で一番気になることと言えば……


「……なあ、皇帝。ラーンダルク王国ってこれからどうなるんだ?」


「さあ? 余は神ではないの。未来なんて誰にも分からないわ」


「……」


「ただ……事実から言えば、世界からラーンダルク王国に向けられる眼差しは厳しいでしょうね。なにせ、国際法違反の大戦兵器を勝手に起動した挙げ句、我が国の軍と戦闘まで起こしたのだから」


 皇帝はおどけた調子で囁く。

 ならは、もう、決まったようなものだ。


「じゃあ約束してくれ。──レオネが助けを求めたら、ルナニア帝国は全力で助けてやるって」


「……ふーん?」


 皇帝の目に鋭い光が浮かんだ。


「後、ラーンダルク王国に攻めるとかそういうこと……あー、もう! つまりだな、レオネをいじめないって約束してくれ。それがわたしの願いだからっ!」


「リアちゃん……!? それは、」


 ココロが口に手を当てて驚く。


「……別に良いし。限定スイーツは来年食べればいいし、クロスワードの景品は粘り強く挑戦し続ければいいんだから……それよりも、今はレオネを助けたい」


 沈黙。

 皇帝は大きな息を吐いた。


「想定外だったと素直に認めましょう。……良いわよ。あなたがルナニア帝国を裏切らない限り、余もあなたとの約束を違えるつもりはない。ラーンダルクとの同盟を考えておくわ」


「……はぁ〜。良かったよ。皇帝のことだから、絶対わたしの見えないところでなんかやる気だっただろ」


「ふふっ、何のことかしらね」


「その笑顔だよ! なんか怖いし!」


 わたしに隠れて、軍を動かして──とかな!

 これだから皇帝は信用ならないのだ。


「あら、心外。てっきりあなたは──大聖女にしてほしい、と頼み込むのだとばかり思っていたわ」


「……?」


 ……え?


 ちょっと待って、嘘でしょ?

 そんなこともできるの!?


「ちょうど前任のイザベラがいなくなったことで大聖女の座は現在空席だし、そこに滑り込むぐらいはしてくるかと思っていたけれど」


 だったら願いが変わってくるかもしれな──


「ちょっと待っ」


「しかし、リアの友人は本当に幸せねぇ。あなたが全力で守ってくれるんだもの。自身の欲を捨ててまで、ね?」


 ウィンクまでしてくる。


「…………」


 ここで問題。

 皇帝に今さら願いを変えてくれ──と、申し出たらわたしの評価はどうなるでしょうか?


 答えは簡単。

 ブチ殺される。王城の壁にスルメイカのように天日干しされる。


 皇帝は割とロマンチストな乙女なのだ。

 感動的なお話を台無しにされたら何をしでかすのか分かったもんじゃない。その感動的なお話の本人でもな! くそめ!


 わたしが魂の抜けたように呆けていると、皇帝は空間魔法の穴から何かを取り出してココロに渡した。


「レオネッサ・ハイネ・ラーンダルクから手紙が届いているわ。後で読んでおきなさい」




「ねぇ、ココロ」


「なあに、リアちゃん」


「あの時大聖女になりたいって言ってたら、何かが変わってたのかな」


「もう遅いけどね」


 わたしは自室のベッドで転がり回った。


「にぁあああああああああああああああああ!!!!!」


 叫んだ。魂の叫びである。

 そうでもしなければやってられなかった。


 目の前に大聖女になれるチャンスが転がっていたのだ! それも皇帝からの報奨とかいう正規ルートで誰からも文句を言われないようななり方で大聖女になれたのにぃ!!


 皇帝を疑いまくって、ちょっぴり良い人風に『友情優先』で願い事を使ったら、これである。

 まるで、七夕の短冊に『世界平和』とか書くようなものじゃないか(短冊に書いた願いは本当に叶っていたとかいうおまけつき)。


 私欲マシマシ。欲望ダダモレ。

 それがわたし、リリアス・ブラックデッドの真の姿なのに!


「……はぁ」


 窓の外から見える今日の空は良く晴れていた。

 むくりと起き上がる。どうせこれ以上気にしていてもしょうがない。


「そう言えば、レオネから手紙をもらったんだっけか」


 ココロから手紙を受け取る。一国の王族からの手紙なのに、蝋で封もしていなければ、普通に郵便局経由で送られたように見える。

 ベッドの上でいそいそと開いてみる。


『拝啓 リリアス・ブラックデッド様


 お元気でしょうか。


 私、レオネッサは元気です。無責任ネグレクト先王から王権の引き継ぎとルナニア帝国に属するあらゆる者から受けた被害、その復興作業に押し潰されそうですが、あなたのレオネッサは元気です。


 ラディストールは良く働いてくれました。メルキアデス……彼のことは、良く話し合ってみないと分かりません。二人とも神殿復活を待つばかりです。


 さて、今のラーンダルクの状況をお話せねばなりませんね。

 王城が全壊し、軍部も未だ被害多数な我が国ですが、私はこれを機に『女王』としての権利を放棄するつもりです。もちろん先王のような無責任な押しつけではなく、正式に国民議会を作り、民意を反映させるつもりです。


 先王は痛いのは嫌だと言っていました。もちろん、私も嫌です。ですが、先王と同じ道をゆくつもりはありません。

 国民議会ができるまで、私はレオネッサ・ハイネ・ラーンダルクとしての務めを果たします。

 先王たちは現在、強制的に神殿復活させる準備中です。復活次第、王冠を剥奪して追放してあげるつもりです。きっと、それが私のささやかなる復讐になるのでしょう。


 ラーンダルク王国改めラーンダルク共和国になったら、私は『女王』としてではなく、ただの『レオネ』としてあなたのそばに遊びに行ってもいいでしょうか。


 お返事いただけると嬉しいです。


 敬具 レオネッサ・ハイネ・ラーンダルク』


「……」


 手紙を読み終えたわたしは、ベッドに寝っ転がったまま天井を見上げた。


 相変わらず毒気の強過ぎるお姫様だった。……いや、今は女王様だったか。お姫様からのランクアップだ。

 元々ネグレクト先王から責任を全部おっ被せられていたので、仕事内容自体はそこまで変わらないと思うんだけれども。頑張って国家運営してほしい。


「なあ、ココロ。ペンとインクを一緒に買いに行かないか?」


「なんで?」


 ……なんか圧強くない?

 頬をかきかき。


「……わたし、文通友だちとかいなかったからさ……はがきとか持ってないんだよ……」


 言わせんなよ、恥ずかしいな……。

 そんなわたしを見て、ココロは頬を膨らませて、顔をぷいっと背けてしまう。


「一人で行けばいいでしょ、この浮気者」


 ……あれ? ココロってこんな性格だっけ?


「浮気者って……一人で買い物するの怖くてさ。一緒に選ぼうよ」


 八年間も引きこもってた美少女に一人で行かせる気なの? え、嘘だよね? そんな事ないよね?


「……ふんっ」


 やがて、小さく頷いたのを見て、「やったぁー!」と、わたしはココロに飛びついたのだった。



 こうして、大聖女になる機会を逃したわたしはまだまだ悲鳴をあげることになる。


 夏真っ盛り。

 次代の大聖女を決める祭典、聖覧大祭の開催が刻々と迫ってきていた。

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