73.5-2.『裏エピローグ・270°』
「ほら、ちゃんと上手く解決できたでしょう?」
「……ふざけないで」
皇帝は細い脚を組んで、飲み終わったティーカップを行儀悪く回していた。
食い入るように魔石の映像を見ていたドーラは、立ち上がると皇帝の胸元を掴み上げる。
「何この茶番?」
「あら」
ドーラの叩きつけるような口調に皇帝の口はゆっくりと笑みを浮かべていく。
輝かしい美しさを持つ少女の笑顔。それがドーラには闇の中に浮かぶ、人の理解など一切届かない結晶の花のように見えた。
その笑顔に意味なんてない。温度なんて、ない。
「ラーンダルク王国の双子騎士の片割れ──メルキアデスを扇動したのは、あなたでしょう? アンネリース皇帝」
「ふふっ、何のことかしら?」
「動かしたのは……第一師団長リリーシャーロット? 彼女だけ最近の動きが見えなかった」
「邪推はあらぬ誤解を招くわよ、ドーラ・ブラックデッド」
「いいから答えて……! あんないつ裏切るかも知らない化け物を第一師団長として動かすなんて……!」
皇帝が指を鳴らす。
次の瞬間、皇帝の胸ぐらを掴んでいたドーラは鈍い音とともに宙を舞って壁に叩きつけられた。
「グッ──!?」
凄まじい力に背後の壁が圧壊を起こして、バラバラに砕け散る。
ドーラは、ぐしゃりと捻り潰された布人形のような格好になりながらもふらふらと立ち上がった。
「頭を冷やしなさい」
「皇帝……っ、あなたは……」
「無論、少しばかりの調節と手出しはしたわ。だけど、この結末に導いたのはリアと彼女の身の回りにいた人たち。余の計画とは合致しないところも出てきているわね……」
「ラーンダルク王国を……どうするつもり……?」
「どうもしないわよ。枢緋境の宣戦布告を受けた国だもの。こちらからは手出ししないわ」
ここで一旦言葉を止めて、
「向こうからどうしても、と懇願してきたら互いにとって楽しい条約を結んでしまえばいい。そのための種は……ふふ、もう撒いてあるから」
皇帝は、全てを掌握していた。メルキアデスに『千年甲冑』を起動するよう仕向けたのも皇帝から命令を受けた第一師団長だ。
つまるところ、全て皇帝の手のひらの上であり、今回の騒動は壮大な茶番だったというわけだ。
悪趣味この上ない。
一体何人の心と人生を弄んだのか。
「最近の世界は少しばかり凝り固まっていたから、マッサージをしてあげたのよ。『千年甲冑』の一機を起動させるだけでも面白いように皆すくみあがっちゃって」
「この悪魔」
「あら? 当初の予定では、ラーンダルク王国の権力者は全員死んでいて、首都はルナニア帝国軍と『千年甲冑』の激突により壊滅。うちの工作員主導で臨時政府が立てられてルナニア帝国に協力を求めさせてからの、サクッと傀儡国家の出来上がり。ルナニア帝国に吸収できていた。でも、リアが関わるとどうにも計画が狂うの。それが本当に面白くてね」
「……そんなことまで」
クスクスと笑う。
皇帝はいつも笑っている。まるでこの世界全体が遊び場のような、そんな笑みだった。
「レオネッサ・ハイネ・ラーンダルク……彼女が生き残ったのは予想外なの?」
「あの身代わりちゃんね。重圧に耐えかねて両親と同じように自殺を選ぶかと思ったのだけれど、少しばかり評価を改めないとねぇ。……余は可愛い子の味方なのよ」
ドーラは確信する。
この女とは永久に分かり合うことなど出来ない。ドーラも自身の価値観が人と少し違うことを自覚していた。しかし、皇帝の見ている未来は……遠過ぎる。
百年生きる人間に一万年先の未来を語ったとして理解されるだろうか。
まさに、皇帝はそんな先の未来を見据えて、駒を動かしている。
「実質トップのレオネッサにはリアの首輪がつけられた。枢緋境はラーンダルクに宣戦布告……あの双子の神子なら納得ね。あの臆病者たちの楽園は、使者を同盟国に送ってる……ルナニア帝国が関わっているとバレているわね。どうでもいいけど、少し面倒。後は『久遠に燃える炎』のサンプルを回収──」
皇帝の瞳はこちらを映しているようで違う、微かにズレたところを見ている。皇帝は何を見ているのだろうか。
史上最強と謳われる三大将軍でさえ、皇帝の心の内に秘めたものを考えると身震いがするのだ。
皇帝は……一体何と盤面を向かい合わせている?
対戦相手は、誰だ?
「ドーラ」
「……何?」
「動いてもらうわよ」
またこれだ。
自分が動かなくてはならない理由を、皇帝は説明してくれない。そのくせ、動けば必ず皇帝の思惑通りに事が運んで、ルナニア帝国の国益が返ってくる。
……いつか、思考停止しそうで怖い。
この皇帝に全てを任せれば、全てが上手くいくと信じてしまいそうで。
「……分かった」
だが、ドーラはやらなければならない。
一つでも皇帝の命令を多く遂行すること、一人でも敵を殺すことで、リリアスとアリスの負担は軽減される。
だから、ブラックデッド家の長女であるドーラがやるしかない。やらなければならない。
「良い子ね。余は、聞き分けの良い子が大好きよ」
「馬鹿にしないで」
荒々しく扉を閉める音が響いた。
皇帝は、誰もいなくなった室内でティーカップを覗き込む。
黒ずんた茶葉が溜まっていた。
それをすくって、舐める。
「なんて苦い」
呟いて、目を閉じた。
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