73.5.『表エピローグ・180°』

 鉄の塊がごろりといった感じで落ちている。


 一つ一つが身長の十倍もある。

 砂漠の真ん中にいくつもの鉄塊がごろごろしていた。例えるならばシチューのなかに入っている野菜。それを人間サイズに拡大したみたいな感じ。

 一面の砂漠でのことだった。


「これ、なんですか?」


 異世界勇者アズサは、そんな自分の形容が相手に伝わらないことを理解して、疑問だけを投げかける。

 つんつんと鉄塊に触ってみる。


「あっつ!」


 じりじりと日に炙られた鋼鉄はバーベキューの網のように熱を帯びている。

 疑問を投げかけられた先には、一人の女がいた。


「んー、大体こういうところにあるのって古代の遺物的なものじゃないかしら」


「古代の遺物的なもの」


「アズサ様の世界とは違って、こっちの世界は色々と物騒だから。ぶっちゃけ昔に放棄された兵器とかそこら辺に転がってるわよ」


「はえ……刺激的ですねぇ、この世界って」


 綺麗な青髪をサイドアップにまとめたお姉さんだ。歳は二十代前半くらい。

 通常よりも発達が良いと密かに自分の身体に自信を持っているアズサを、絶望させるほどスタイルが良かった。簡単に言えばグラマラスでエッチなお姉さんである。

 名をマルガレーテ・サングクエイラという。

 魔王討伐の仲間で、聖女枠にココロ・ローゼマリーの代わりに入れられた聖女だった。


「アズサアズサっ! アズサってこういうのに興味あるのっ?」


 人の名前を三連射し、子犬のように駆け寄ってきたのは小柄な少女だ。


「まー、あるわね。ロマンっていうか、異世界ってどんなのか興味ある的な……。てか、ミア。今までどこ行ってたの?」


「ちょっと先の方まで偵察って感じ? アズサが喜びそうなものなら見つけてきたよ!」


 赤髪短髪のロリ。特筆すべきは頭の上で揺れている猫耳だろう。今は楽しげな気持ちを示すように、ぴんっと伸びている。


 どういう仕組みなんだろうか。

 本人によれば、神殿復活の副作用らしいが。

 考えても意味が分からないので、もうそういうものだとして興味を外している。後、単純にかわいいし。


 名をミア・オリビア。

 こう見えて学園から推薦されて魔王討伐に合流した凄腕の魔法使いだ。

 得意魔法は光魔法。灯りを浮かべるとか、そういうちゃちなものではなく、ビームをぶっ放す系の殺人魔法が得意だという。勘弁してほしい。


 えっちらおっちら砂漠の丘を上る。周りの仲間たちは汗一つかかずに余裕だが、アズサは異世界でこの前まで平和に学生をしていたのだ。

 こんな灼熱の砂漠を横断するなんて、経験がない。

 脚を砂に取られる。その砂が段々白っぽい色に変わってきた。


 丘の頂上に着く頃には前方の砂漠は一面真っ白だった。まるでテレビで見た南極だ。太陽の光が直に反射してめちゃくちゃ眩しい。


「ほらほらっ! でっかいのいっぱい!」


 袖を引かれて、日差しを遮る手の間からそれが見えてきた。


「……え?」


 アズサは思わず声を漏らした。


 鉄色の山がそこにあった。単純な山ではない。今まで道端に転がっていた鉄の塊。それが寄り集まって、巨大なガラクタの山を形成していた。それがずっと、地平線まで続いている。

 よく見ると、鉄の塊だと思ったものは巨大な人形ロボットだ。一つが高層ビルほどの身長がある、めちゃくちゃでっかなロボットだった。


「身体は闘争を求める……」


「ん?」


 ミアが首を傾げる。猫耳も同じ方向に傾いている。


「い、いや……何でもない……」


 それが腕が取れたり、胸を貫かれていたり、首が無くなっていたりして、ずっと昔に死んだ名残りがこのまま残っているのだろう。


 ──胸を貫いているのは、周囲の砂漠と同じ色をした巨大な杭だ。


「確か、ラーンダルク王国の『千年甲冑』……だったっけ? 『永世懲罰軍ワーム・クラスタ』とかいう軍隊よ。古代の大戦の時のものね」


 軽く一万はいるであろう、地平を埋め尽くす鋼鉄の巨人を前にしてアズサはへなへなと腰を抜かした。


「……こんな巨大ロボットの大群を、何がここまでめちゃくちゃにできるのよ……」


「大戦での『千年甲冑』って、所詮量産品だったからね。この砂漠の様子からするに……枢緋境の大戦兵器──『塩の太陽』とぶつかったんでしょう。ほら、ここらへん、周りの砂漠が全部塩になってるし、あの杭だってでっかい塩の柱よ」



「──こんなのが? あなたたちの世界の戦争?」



 環境ごと塗り潰す、白一色の世界。

 地平を埋め尽くす、鋼鉄の残骸。

 これらは戦争とやらで生まれたものらしい。


 目の前の光景は、アズサの理解を超えていた。


「おーう! お客さんだわねっ!」


 ピガッ、と後ろで閃光が瞬いた。

 アズサが振り返ると、ミアがお手製のマジカルステッキ(警棒のような構造の一切ファンタジーを削ぎ落としたやつ)を向けて、光魔法ビームを放っていた。

 光魔法が真っ赤な穴をぶち空けて貫いたのは、鋼鉄の残骸だった。


「ちょっと! その魔法怖いんだからいきなり撃つのはなしって決めたでしょ──」


「えーいいじゃんいいじゃん!」


 そんなアズサの文句をよそに、ミアはにこにこと、しかし、正確無比にマジカルステッキを三方向に向けて一切の躊躇もなくビームをぶっ放す。

 光魔法は鋼鉄の残骸を呆気なく貫く。

 その影から、生焼けの肉がこぼれた。


「うえ……。なにこれ……?」


 マルガレーテは警戒して、その死骸(?)に近づいていく。

 そして、


「鉄喰い虫よ……やばい、連中の狩り場に入っちゃってる」


「鉄喰い虫?」


「鉄を被って鉄を食べて生きる虫」


 そこら中の残骸の山から、鋼鉄の装甲をカタツムリみたいに被った謎生物が這い寄ってくる。

 その下を覗き込んで、アズサは即座に後悔した。


 ヌタウナギのような円状の口がいっぱいに広げられている。その口には無数の牙。

 カチカチカチカチカチカチッ────! と、盛大なラブコールを送ってきた。

 ぞくぞくしてしまう。


「ちなみに人間のお肉も大好物」


「先に言ってくださいっ!!」


 謎生物ではない。完全に魔物だ!


 人里を少し離れれば、こんな魔物なんてそこら中にいる。ちなみにこの世界の動物と魔物の区別は曖昧らしい。人間の都合で変わる益獣と害獣みたいなものだろうか。

 現実逃避気味にそんなことを考えつつ、アズサは仲間を頼ることにした。


「ミアっ!!」


「ミアにおまかせあれっ!」


 マジカルステッキが縦横無尽に振るわれる。その度に閃光が瞬き、灼熱した穴が鉄喰い虫に空けられる。

 ミアの光魔法は詠唱を必要としない。そういう才能を持っているからこそ、魔王討伐に推薦されたのだ。


 三分きっかりだった。


「終わったーっ! お腹すいたーっ!」


「……死ぬかと思った」


「焼けた肉の匂いがする……焼き肉を思い浮かべてしまうのが辛い」


 ミアが足でつんつんと自分が黒焦げにした虫たちをつつく。


「これ、食べられるかな?」


「……お腹壊すわよ。食べなくても使い道はあるからね、こういう種類の生き物には。ガラクタの山に住んでるんだから、色々と構造が特殊なのよ」


 マルガレーテが素手で虫をちぎり始めた。ドン引きである。


「頭良き良きマルガレーテの時間だっ!」


「それ止めない?」


 アズサたちは鉄喰い虫の死骸をひっくり返したりして、生きているかどうか確認して腸を取り出していた。

 鉄喰い虫は、鉄やお肉が大好物だが、身体の中に希少な金属を溜め込む性質があるという。それを取り出して売るというのが目的だ。

 正直アズサはこんなキモい虫からさっさと離れたかったが、しかし、離れられない理由があった。

 お金がないという切実な理由だ。


「ねぇ、どこをほじくればいいの? ミアのせいで殆ど黒焦げなんだけど」


「この種類は尻尾の先の方に重い鉱石管が──」


 と、そんな時──


「アズサーせーんぱーいっ!」


「……げぇ」


 丘の向こうから爆速でアズサに走り寄る金髪の影があった。

 金髪ふわふわの殺人鬼、シロだった。アズサを探し回り、女湯にまで突撃してきた正真正銘のヤバいヤツ。


「あれ? この魔物たち……」


 キョロキョロと黒焦げになった鉄喰い虫たちを見渡す。


「あ、シロだ! 魔物はミアが全部やっておいたよ」


「えー、ずるいですよ! ボクも斬りたかったのに!」


「むふふ、早い者勝ちってねっ!」


 細い両腕を脇に当てて、笑っているミアにシロは頬を膨らませる。外面は微笑ましい子供同士だが、中身は殺伐としたルナニア帝国産のバーサーカーの会話だった。


 マルガレーテは鉄喰い虫の腸に手を突っ込みながら、


「シロくん、トロンレーゼ共和国への入国許可証は貰ってきた?」


 シロがアズサたちと離れていたのは、この砂漠を抜けた先にある国──トロンレーゼへの入国許可証を発行してもらうためだ。そのためにシロは二日前から先行していた。今戻ってきたところだった。

 シロは輝かしい笑顔と一緒にサムズアップ。


「もちろんダメでした!」


「なんで!?」


 ガクリと崩れ落ちる。


「そりゃあ……ルナニア帝国って全世界に魔王軍以上に喧嘩を売りまくってますからね。ルナニア帝国の勇者一行を歓迎しないのは当然じゃないですか」


 当然だった。その事実に気づかなかったアズサは自分に愕然とする。


「……じゃあその親指はなんで上を向いてるのよ」


 半目で訊ねたアズサにシロは笑顔で、


「入国許可証を手に入れたからに決まっているじゃないですか。やだなー、アズサ先輩」


 ……。


「…………今すぐ刀を抜いてみて」


「え?」


 シロは腰に佩いた長い刀を抜く。


 ……赤い液体でベッタベタだった。


「何・を・し・て・き・た?」


「とりあえず、入国ダメって言ってきた外交官を斬り殺して、駆けつけてきた警察と兵士を皆殺しにして、入国許可証を管理してる管理局のおじさんを脅して入国許可証を手に入れた後にそのおじさんの首を飛ばして、ここまで逃げてきました! 後、追手もそこそこ殺しました!」


「「「……」」」


 遠くから何やら騒がしい音が聞こえてきた。

 鎧や剣がガチャガチャとなっている。


「探せ! あの殺人鬼はまだここら辺にいるぞ!」「トロンレーゼを舐めやがって、ぶっ殺してやる!」「ルナニア帝国に制裁を! 鉄の審判を!」


 大勢の追手の影が見えた瞬間、


「……♪」


 ミアが無言でマジカルステッキを振る。

 光魔法が次々と追手たちに突き刺さって爆発四散。内臓やら首やら手足やらがバラバラに吹き散らされる。


「あ、ここまで来ましたか! 仕事熱心ですごいですね!」


 血まみれの刀を振り回して、追手に突っ込んでいくシロ。


「「……」」


 アズサとマルガレーテは、無言で顔を見合わせて頷く。

 光魔法の爆発とシロの高笑いが聞こえる中、アズサとマルガレーテは全力でその場から逃げ出した。


 勇者一行の旅路は、まだまだ遠い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る