69.『音を飛び越えて』

「じゃあ、ロケットパンチを撃つついでに、わたしをあそこまで連れてってくれ! 背中のロケットブースターがあればできるだろ?」


 上空でカチカチと不気味な音を鳴らし続ける『千年甲冑』。そこに狙いを定めてロケットパンチを放とうとするアスターリーテに向かって、わたしは叫んだ。


「何……? 行ってどうする!?」


「レオネを助ける! メルキアデスがレオネをあそこに乗り込ませているとしたら、メルキアデスを殴ってレオネを助け出す!」


「お前に何ができるというのだ? あの機体は今、照準補正を続けている……狙いはルナニア帝国の帝都だろう! 今落とさなければ、お前の国は火の海になるぞ!?」


「知ったことかっ! ルナニア帝国なんて滅んでもいいんだよ! 今はレオネが大切なんだっ!! レオネの両親を、レオネに殴らせなきゃならないんだ!!」


「ええい、意味が分からんぞ、貴様!!」


 服に縋りつく。

 必死に振り払おうとしているが、そうはいくものか!

 それに、


「アスターリーテ! お前はレオネを殺してもいいのかよ!」


「……っ、それは」


 アスターリーテはレオネの育ての親なんだ。そんな人にレオネを殺したなんて罪を背負わせるもんか!


 わたしの必死の説得に、全員がこちらを注視している。魔法を放っていた軍人も、師団長も(一人はまだ埋められたまま)唖然として、わたしたちを見つめていた。


 そうだ。

 ルナニア帝国の聖女なんて、今は関係ない。友だちの命がかかってるんだから。


 ルナニア帝国が火の海になる?

 知ったことか。

 火の海になるなら火の海になっちまえ。今まで散々やってきた自業自得だ!

 一緒にご飯を食べた友だちの方が、わたしは大切なんだよっ!


「……ふはっ」


 笑われた。


「ふふっ、はははっ! なんだお前は! お前はルナニア帝国の三大将軍だぞ?」


「違うっ、『准』三大将軍だ! 後、それは副業のようなものなんだよ……わたしは、聖女なんだから」


「だからといって、ルナニア帝国がどうでもいいというのはないだろう? お前の生まれた国に対して……」


「知るか! あんな国滅びちまえ……って言いたいところだけど、限定スイーツはまだ食べてないし、お家にある抱き枕もまだ回収してないし……だから、滅びるのはちょっと困る……まあ、皇帝がなんとかしてくれるだろ。たぶん」


 あの皇帝はクソだが、ルナニア帝国を守ることに関しては自信を持って任せられる。


「……今まで皇帝が選んだ三大将軍、そしてブラックデッド家に何度も会ってきたが……こんなバカで知性の欠片も感じない奴は初めてだ……」


 んだと? 殴ってやろうか?


「だが、それにかけるアンネリースの気持ちも、分かるような気がするよ。──いいだろう、来いよ。根絶やし聖女リリアス・ブラックデッド。お前の力を見せてみろ」


 そう言って、猛然と走り出したアスターリーテはわたしの手を取った。


「え──」


 アスターリーテの脚部から発せられる機械音が限界まで高まる。


「【Fly】っ!」


 アスターリーテは、わたしの手を引っ掴んだまま、猛烈な速度で空へと飛び上がった!


「リリアス閣下!?」


 グラサンおじいちゃんが悲鳴をあげる。それにわたしはサムズアップで答えた。


 ぐんぐんと地上が遠くなっていく。

 暴風が身体をねじ回して、めちゃくちゃに痛い。そして、入った風で目が乾燥して涙がポロポロと出てくる。


 速い、速い、速い──っ!

 満月に背を預けた『千年甲冑』の威容が近づいてくる──


「来るぞッ!」


 アスターリーテの舌打ち。暴風が荒れ狂う中、確かに聞こえた。


『【羽虫を叩き落とせ】』


 数百もの閃光が鋼鉄巨人の翼から放たれた。

 一つ一つがまるで大蛇のように蛇行しながらこちらを正確に狙ってくる。青白い熱線。あれに当たってしまえば、言葉通り羽虫のように叩き落されるだろう。

 何十もの方向から襲い来る熱線の嵐に、アスターリーテは獰猛に笑う──


「──誰が『それ』を設計したと思っている?」


 まるで木っ端が舞うように避け始める。右斜め方向から刳りこむような熱線を紙一重で躱し、そのまま速度を緩めずに突貫する。


「ちょ、っと……待って──」


「自分で躱してくれ! そっちを気にしている余裕なんてないからなァ!」


 肝心のわたしは散々な目にあっていた。

 鋭く旋回し、上下が何度も入れ替わる光景に何度胃の中身が逆流しそうになったか。いや、とっくに限界を迎えている。吐いていないのは、単に胃の中が空っぽだから──


「もう少し、身体に、優しい、飛び方してくれよ!」


「それは無理な相談だ──」


 躱した熱線が背後でくるりと方向を変えて、再びこちらを目掛けて突き進んでくる。ぞっとした。


「ゲームとかで良くあるだろう──誘導弾」


「ここまでの精度で誘導するとかクソゲーだよ!」


「褒めるなよ、投げ飛ばしたくなる」


 背後から迫ってきた光に、わたしの心臓がすくみあがったところで、アスターリーテは右斜めに垂直回転しながら減速──目標を失った誘導弾はわたしの直ぐ上で爆裂した。


「ひゃああああああああああああ!?!?」


 閃光と熱。そして、衝撃。わたしの目から涙がこぼれ落ちて、暴風に吹き流される。


「あっはっ! 見たかァ! ルナニア帝国のデタラメな地上戦力『三大将軍』に対抗するため、制空権を取ろうと足掻いた証! 過酷な空中での戦闘を想定した空戦機動を私がどれだけ研究したと思っているッ!!」


 高笑いしながら、速度を上げるアスターリーテ。その頭がいきなりポコポコと叩かれた。


「死ねよてめぇ!! 頭が吹っ飛ぶところだったぞ!?」


 無論、わたしである。

 死ぬかと思った。本当に、最近死ぬかと思った頻度が急上昇している気がする。


 熱線が無数に迫る。


「回るぞ!」


「回るってなにぃいいいいいいい!?」


 それを踊るように回りながら避け続けて、熱線と熱線を誘爆させて、その衝撃で更に加速する。

 ──もはや、ロケットブースターの出力だけではない。その二倍、三倍もの火力が速度に上乗せして、アスターリーテとその手に掴まれている死にかけのわたしが音速に肉薄するように突き進む。


「抜ける! 音の壁を、抜けるぞォ!!」


「こちとら人間なんだよぉおおおおおお!!」


 前と後ろから挟み打ちにしてくる熱線を減速と急旋回で正面衝突させ、大気を蹴り上げるようにして、加速、加速、加速──


「────ッッ」


 わたしの耳にはキーン、という音しか届かない。時折爆裂の衝撃が身体をぐらぐらと揺らすが、それすらも意識からシャットアウトし、奥を目指す。


「……っ!」


 ポケットに突っ込んだ手を、ぎゅっと握りしめる。

 弾幕を抜けた先には、『千年甲冑』の巨体がある。


「──なぁ、リリアス・ブラックデッド」


 アスターリーテの声が聞こえた。


「お前は、この世界をどんな風にしたいんだ?」


 それに、わたしは舌を噛むのも厭わずに、ただ叫んだ。


「意味分かんないよ! 世界なんて知るかッ!! わたしの敵はみんな死ねッ!! そしたら一緒に話し合えばいい! スイーツを食べる! お風呂に入る! その先にあるのが世界平和だ!!」


 アスターリーテは一瞬きょとんとして、天に向かって大声を上げて笑い始めた。


「やはりお前らしい答えだ。野蛮で、どうしようもない。知性の欠片もない答えだな!」


 握った手を振りかぶる。

 瞬間、無数の熱線が翼から放たれる。


 わたしの身体がアスターリーテから射出されるように鋭く投げ飛ばされた!


「純粋なお前にこそ、その答えは相応しいのかもな」


 背後からそんな声が聞こえた瞬間、


 背後で熱線が炸裂した。

 バラバラに砕け散ったアスターリーテの機械人形──落ちていく残骸が目に入る。


「アスターリーテ……!」


 わたしを追い越すようにして、爆音と光──その先にはロケットパンチが。


 そして。

 無音の衝撃が、中空に轟いた。


 直後に届く炸裂音。

 アスターリーテ渾身のロケットパンチを受けた『千年甲冑』は、覆う銀色のオーラを粉々に吹き飛ばされて、大きく体勢を崩していた。


 射出された勢いのまま、わたしはポケットから、道端で拾った拳大の石を取り出す。


「メルキアデス! その面ぁ一発ぶん殴らせろッ!!」


 それを振りかぶって、『千年甲冑』の単眼に相当する大魔石に──思いっきり叩き込んだ。

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