68.『最良の手段』

「だあーっはっはっはっ! 燃えろ燃えろ! 皆燃えちまえ! おらおら、火が足りねぇぞ!」


 そう叫びながら火魔法を連射するのは、筋骨隆々のおっさんである。歳は四十後半。

 赤銅色の髪の毛をライオンのたてがみのように翻して、今この瞬間が人生絶頂期のように笑っていた。十中八九頭があったかい部類のお人である。


 ルナニア帝国軍、第四師団長ハンマー・ドラリゲル。『放火魔』の二つ名を持つルナニア帝国産のバーサーカーだ。

 彼の部下は豪快な笑い声に触発されるように、皆笑顔で爆破魔法や火魔法を連射していた。


「クックックッ……皆さん、あのようなバーバリアンに負けては我々第五師団の立つ瀬がありません! さあ、もっと冷たく、凍えるように! 離婚した時に親権を取られた気持ちを思い出すのです!」


「それあんただろだろ」「同じにすんな」「俺独身なんだけど……」「まだ言ってんのかよ」


 笑顔あふれるおっさんに並び立つのは、枯れ木のような体躯の老爺だった。歳は七十前後。

 白髪をオールバックに流して、サングラスを掛けている。陰気な笑い声を漏らして謎のダンスを踊りながら氷魔法で氷柱を連射していた。パリピというやつだろうか。わたしには分からない。


 ルナニア帝国軍、第五師団長モーメント・ハスター。『氷鬼』の二つ名を持つルナニア帝国産のヤバイおじいちゃんである。

 彼の部下はやれやれと仕方無しに、けれども正確無比に氷結魔法や氷魔法を連射していた。


 外れた魔法や水蒸気爆発でラーンダルクの王城がどんどんと壊されていく。

 ルナニア帝国のバーサーカーに周囲の被害を軽減するといった考え方はない。ただ敵を殲滅するのみ──


「ちょーっと待ったぁあああ!!」


 笑顔あふれる雰囲気で殺人魔法を連射していた集団の前に、一つの影が滑り込む。


 ──無論、わたしだ。


「おや、あなたは──」「なんだぁ、小娘?」


 二人が訝しげにわたしを見る。じろじろと見つめてくる。


「……うぅ」


 思わず飛び出してしまったけれど、改めて冷静になるとこいつらってめちゃくちゃ怖い。戦時中、ルナニア帝国の最前線に立つ人たちなのだ。めちゃくちゃ人を殺しまくっている人なのだ。


 でも、勇気を出す。

 服の裾を指でぎゅっと握って──


「っ、魔法を撃つのは禁止! あそこにはレオネが──ラーンダルク王国の王女様が乗ってるんだよ!」


 すると、なんか髪型のすごいおっさんが前に進み出てきた。


「だからどうしたんだよ。王女ごと焼いて王女の丸焼きにしちまえばいい! 今まで誰もやったことないから特許取れるぞ! 俺って天才か!?」


「国際問題が起きるよ、考えろよ!」


「もっと戦争ができるってもんだ! だあーっはっはっはっ!」


 話が通じねぇな!

 なんでこんな奴がルナニア帝国の割と偉い人やってんだよ!

 次の瞬間、おっさんが横薙ぎに吹き飛ばされて地面に顔を突っ込んでいた。


 今度は白髪のグラサンおじいちゃんが進み出てくる。手には鈍器──血のついたバールのようなものを握って、にっかりと笑っていた。


 ひえっ。


「すいません、リリアス閣下。あのゴリラは戦争をやってなければ死んでしまうのです。ご用向きはこのわし──モーメントにどうぞ……」


 イケてる格好のおじいちゃんがわたしの耳元で囁いてきた。あのおっさんを見た後だとこのおじいちゃんは聖人に見えてくる。

 けれどもわたしは見ていたからな。このご老人は謎のダンスを踊りながらぶっとい氷柱を連射しまくってた。


 てか、あれ?


「わたしのこと知ってるの?」


「もちろんです。皇帝陛下が新しく任命なさった准三大将軍、リリアス・ブラックデッド閣下は帝国軍の間で有名でございます」


「……そんなんで有名になりたくなかった」


 殺人鬼たちの間で有名になっても何も嬉しくなんてない。せめて聖女として有名になろうよ、わたし。


「神殿事件の解決、お見事でした。逆賊を一片の慈悲なく捻り潰す姿は、我々の上に立つ大将軍に相応しい」


「慈悲なく……? 捻り潰す……?」


「普段は聖女の皮を被り、帝国に危機が訪れたときには容赦なく三大将軍としての真価を発揮する……まさにエージェント!!」


「エージェントって何だよ!? わたしの本職は聖女だ!」


 好き勝手なことを言いやがって!


 息を荒げて心を落ち着かせる。

 つまり、彼ら帝国軍はわたしの指示に従ってくれるというわけか。……地面に顔を突っ込んでいるおっさんはどうか知らないけど。


「っていうか、そもそもあの『千年甲冑』に魔法は効かないぞ」


「存じております」


 え? なのに魔法撃ってたの?


「最初にわしらの魔法が命中した瞬間、魔力壁を感じました。つまるところ、魔力壁が存在する限りいくら撃っても効果はない」


「ならなんで──」


「あの魔力壁は、魔法を相殺するのです。魔力壁に含まれる魔力を反属性として瞬時に返すことで相殺しているものと推察しました」


 謎の決めポーズをわたしに向けてくる。そういうの恥ずかしいから表であんまりやらないほうがいいよ。


「つまるところ、魔力壁の魔力がなくなれば、魔法は通用するのですよ!」


「へぇ……!」


 すぐに魔力壁の特性に気づくなんて、やはりこのおじいちゃん、只者ではない。帝国軍の師団長をやっているだけのことはある。

 しっかりと相手の特性を見極めて、それに合わせた作戦を──


「なので後は物量です」


 ん?


「ありったけの魔法をぶち込めば、勝手に落ちてくれるでしょうっ!!」


「やっぱり脳筋じゃねぇか!」


 一瞬でも見直したのを返してほしい。


「アスターリーテッ!!」


 思いっきり大きな声で叫ぶ。


「聞こえている」


 声とともに城の方からアスターリーテがジェットブースターを背中から噴いてやってきた。どうすれば自分の身体にジェットブースターを取り付けようと思うのだろうか。


「アルトラスラムス君を壊しやがって……ぶち殺すぞ」


「そういうのいいから! 『千年甲冑』の魔力壁を突破する方法をゴリ押し以外で教えてくれ!」


「……」


 すごく嫌そうな顔をする。

 後で皇帝にいくらでも金を積んでもらうから!


 ため息をついて、一転。アスターリーテは胸を張った。


「私のロケットパンチを忘れていないか?」


「はあ? あんなの何の役に立つんだよ」


「私のロケットパンチは、当たった生物の魔力をかき乱して、絶命させる。必殺の一撃」


 そして、


「魔力壁を一時的に無力化することだって、できるんだよ」

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