67.『久遠に燃える炎』

 ふわりという感覚とともに誰かに抱きかかえられて、着地した。


 場所はラーンダルク王国の王城の最上階だった。

 あの神殿の中でのカラミアとの問答は、ほんの僅かな瞬間に起こったことだったらしい。


 見上げれば星空に満月。そして、満月を背にして、『千年甲冑』が浮かんでいた。銀色のオーラを全身にまとって、天使のような翼をカチカチと鳴らしている。

 魔法で吹き飛ばされたと思ったが、どうやらわたしを抱きかかえている人が助けてくれたみたいだ。

 誰だか知らないけれど、感謝しなくちゃならないな。


「その、助けてくれてありが──」


 瞬間、その人はわたしを放り投げて、床に叩きつけた。


「ぶへっ!?」


 ごろごろと転がって壁にぶつかって止まる。


 なんだこいつ!? わたしを助けたんじゃなかったのかよ!?


 瞬時に跳び上がって立ち上がり、睨みつける。

 ガスマスク姿の細身の人がそこにいた。

 シュコー……シュコー、と息を吐いている。


「へ?」


 誰だこの人。わたし、こんな特徴的な格好の人とお友だちになった覚えないんだけど。

 というか、完全に味方側のビジュアルじゃないでしょ。どう見てもテロリストじゃねぇか。


「……これは、脱獄するために必要だったの」


 マスクで掠れた声がその人から発せられた。

 ゆっくりとガスマスクを外すと出てきたのは──


「メルキアデス……?」


「失礼ね」


 ──ではない。似ているが、もっとバカっぽい背格好と顔の造形をしている。つまり、ラディストールだった。

 横に放り捨てたガスマスクを見やって、


「……毒ガスを使ったんだって? どこで手に入れたんだよ」


「私物よ」


「嘘だろ」


「もちろん嘘よ。わざわざルナニア帝国の嘘つきに答える義理はないもの。准三大将軍のリリアス・ブラックデッドさん?」


 バレてるし。


「……なんで知ってるんだよ」


「あれだけ聖女を皮を被った犯罪者を我が国の王城に放っておいて、隠せると思う?」


 思いません。


「まあいい。私がいない間はギリギリまでレオネッサ殿下を守ってくれたみたいだし、そこは感謝しておくわ。……今は兄さんに捕まっているみたいだけど。騎士が聞いて呆れるわ」


「褒めてるのか貶してるのか、どっちなんだよ!?」


「馬鹿のあんたにしては良くやった方だと褒めてるのよ」


「バカってなんだよバカって! そういうのは言ったほうがバカなんだぞ、バァーカ!」


「子供か、あんたはっ!」


 頭をぺしりと叩かれた。ふんだ。そんなことをされても蚊に刺されるほどにも感じない。わたしの石頭を舐めんなよ!


「──で、あそこのデカブツに乗ってるのが、兄さんってわけね」


 一緒に見上げる。

 相変わらずデカかった。カッコイイという感情は、何回も殺されかけるうちに消えてなくなった。あんなのさっさと壊れてしまえば良いのだ。


「……兄さんはあんな骨董品でルナニア帝国に喧嘩を挑もうって、バカじゃないの?」


「『千年甲冑』を詳しく知ってるのか!? 教えてくれ!」


 アスターリーテはダメだ。あいつは肝心なときにを肝心な情報を忘れるような人だからな。


「図書館にある資料程度の知識よ。──『久遠に燃える炎Rutherford radiation』を使った鋼鉄の機械巨人。その力は山を砕いて街を更地に変えるほど」


「『久遠に燃える炎Rutherford radiation』……?」


 初めて聞いたぞ。そんな重要そうな単語。


「『千年甲冑』を設計したアスターリーテ様が最高の設計士と呼ばれる所以よ。アスターリーテ様は実のところ『千年甲冑』の機体の設計には一部しか関わっていない」


「それであのデカブツを造ったとか言ってるわけ?」


 がっかりである。


「そんなのただの他力本願じゃんか。そういうのを防ぐために、うちの家では『他人のナイフで殺すな、殺すなら自分のナイフで殺せ』っていう家訓が──」


「頭がおかしくなりそうだから止めて」


 ラディストールはコホンと咳払いをして、


「アスターリーテ様が真に認められているのは、『久遠に燃える炎』を造ったから。そのお陰で、あんなデカブツが悠々と動くことができる」


「結局、『久遠に燃える炎』って何なんだよ」


「知らないわ」


 は? ちょっと待て、まさかラディストールもアスターリーテと同じ人種の人間だったっていうオチか?


「原理が知らなくとも使える、それが道具よ。あんたも魔力車に乗ったことはあっても、魔力車を組み立てろなんて言われたら困るわよね?」


「妙に分かりやすい例えだな……」


 確かにその通りだ。わたしは、魔力車の仕組み、通信魔石の仕組み、神殿復活の仕組みも良く分かってない。

 でも何とかここまで生きている。


「アスターリーテ様によると……atomismが何とかって、強い核力が静電気力による反発に打ち勝つのに必要な運動エネルギーを供給して、燃料原子が互いに接近することになるため、それに耐えられる閉じた容器を──って……とにかく、すごいエンジンってことだけ覚えておけばいい」


「説明するならちゃんと最後までしろ! 途中でこっちに投げるなよ! ──じゃあさ、そのすごいエンジンをぶっ壊せば『千年甲冑』は止まるんじゃないの?」


 単純明快な答えだ。時には脳筋解法が一番の正解を引き当てることもある。大抵の場合はろくでもないことが多いけれども。


「そう簡単にはいかないのよ。なにせ、『久遠に燃える炎』は、『王家の血を受け継ぐ者にしか点火は出来ない』とされているんだから」


「……どういうこと?」


「あんたにも分かるように言わせてもらえば、あのデカブツ──」


 ラディストールが満月に浮かぶ『千年甲冑』を指さした。


「──あの中に、姫様がいるかもしれないってこと。例えエンジンを壊して『千年甲冑』を落としても、中にいる姫様ごとぐしゃぐしゃよ」


 沈黙。


「……実はレオネって物理攻撃の効かないスライムの血を受け継いでいたりとか」


「ふーん」


「言ってみただけだから剣を抜くなよっ!?」


 ……でも、案外そういうのってアリな気がする。

 うちのブラックデッド家、家系図になんか知らないトカゲいるし。てか、どうやってドラゴンと子供作ったんだよ。


 つくづく謎なお家である。


「……あの中にレオネがいるのか……?」


 どうしろって言うんだ。乗っているのがメルキアデスだけだったら容赦なく落としてやった(落とす方法分かんないけど、気合は十分)というのに。


 わたしの視界のはしで何かが赤く光った。通信用魔石だ。異界から脱出できたことで、どうやらまた使えるようになったらしい。


 コンコン、と爪で弾く。

 聞こえてきたのは、あの聖女の声。


『聞こえてますか? こちらクロエです……! 何かいきなり王城の地下から巨大な機械人形が現れて……』


「聖女たちの避難はどうなった?」


『あ、はいっ! 無事完了しましたっ! 後、こちらにココロ・ローゼマリー秘書官も合流していて……』


「そっか……良かったぁ……」


 ココロはどうやら無事みたいだ。本当に、ココロに何かあればどうしようかとずっと考えていた。


『じゃあ、これで最終攻撃が始められますね……!』


「……え? 最終攻撃?」


『聞いていませんか? 今、ラーンダルク王国にはルナニア帝国の第四と第五師団が向かっています。ドーラ・ブラックデッド閣下が指示を出してくれたみたいで……』


「……は?」


 何やってんの、姉さん?


 次の瞬間、地上から波状の如く幾重にも折り重なった炎の刃が、『千年甲冑』に向かって叩きつけられた。


 轟音と衝撃。

 泡を食ったように乗り出して下を見る。


 いつの間にか、王城はルナニア帝国軍で包囲されていた。今の魔法は、ルナニア帝国の帝国軍の魔法使いたちが放ったものだ。つまり──


 首根っこを捕まえられて、ぐいっと顔を寄せられる。目の前にはラディストールの端正な顔があった。


「は、え……?」


「どういうつもり!? ルナニア帝国は最初からラーンダルク王国を滅ぼすつもりだったんでしょ!?」


「そんなわけ──」


 地上から大木のような鋭く太い氷柱が何本も発射されて『千年甲冑』にぶち当たる。


 火魔法と氷魔法が続けざまに放たれたことで大規模な水蒸気爆発が起こり、真下にいたわたしとラディスは吹き飛ばされないように城壁に掴まって耐えるのが精一杯だった。


「早く行ってきなさいよ! あんたなら止められるんでしょ!? そもそも、なんでこんなに軍がいるのよ!!」


 知らねぇよ! こっちが知りたいわ!!

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