66.『野蛮人』
カラミアは笑いながら言う。
「死ぬのは嫌でしょう? 辛いでしょう? 首を斬り落とされ、身体を潰されて、光で焼かれて、魔法でバラバラにされる……そんなのは、もう嫌だから」
これは、私たち──ブラックデッド家が、殺戮を振り撒いたせいで起きたこと。わたしは押し黙ることしか出来ない。
「あなたの心の中にも、同じような気持ちがある。死ぬのは嫌だ。友だちが死ぬのは嫌だ……引きこもりたい。安全なところに行きたい……」
「わ、わたしの心を勝手に読むな!」
そんなの当たり前だろ! 帝国軍のバーサーカーと同じような思考をわたしがしてるとでも思ってんのか!?
「ふふっ、失礼したわ……でも、同じようね。あなたと私たちは。責任から逃れたくて、死を恐れている。──そんなあなたに、取引があるの」
「取引……?」
「そう、取引。あなたと私たち──いわば引きこもり同士による引きこもり同盟とでも言おうかしら」
……別に、わたしは引きこもりじゃないし。
「でも、引きこもっていいと言われたら引きこもるでしょう?」
当たり前じゃないか。衣食住が保証されていて引きこもらないなんて人間じゃない。そういうのから解放された人たちが引きこもりという上位職に転職するのだ。
ああ、早くわたしも『次のステージ』へ登りたいや……。
「……」
カラミアの視線がなんだかゴミを見るようなものに変わった気がする。
「……引きこもり同盟。で? 取引って何をわたしに何してほしいんだ?」
「メルキアデスを殺してほしいの」
……。
ぶっちゃけ予想はできてた。だってあいつはロリコン変質者で、レオネに付き纏う変態なのだ。親としては心配だろう。
でも、殺してほしいなんて……。
「いいえ、そういう理由ではないの。メルキアデスの目的は私とアンガスを目覚めさせることだから。私たちは一生この草原に引きこもっていたいのよ。だからとっても困るの」
予想の斜め下だった。
「……なんか、自分のことしか考えないんだな」
カラミアは笑った。
そして。
「王様って、そういうものでしょう?」
……そうだっけ?
他の国の王様たちは知らないけれど、皇帝は少なくとも国のために(本当に国のためになっているかどうかは不明)行動していたぞ? 国益と結婚しそうな勢いだったし。
「まあ良いよ。別に。メルキアデスはちょうどボコボコにするところだったし」
「なら──」
「代わりにさ。メルキアデスをぼこして、殺戮兵器も止めて国が平和になったらでいいからさ。レオネに会いに行ってくれないか?」
「……」
「いやあ、なんかレオネって時々めちゃくちゃ寂しそうな顔するし、カラミアさんたち両親に会ったら少しは寂しくなくなるだろうから」
「……」
「じゃ、そういうことでよろしくな! わたしはとりあえずメルキアデスをぼこってくるから──」
「──待ちなさい」
「ぐえっ」
カラミアに背を向けて、神殿の出口を探すために歩き出そうとした瞬間、足をかけられて見事に転んでしまった。
「なにすんだよ! 喧嘩でも売ってんのか!?」
「一国の王妃があなたのような野蛮人に喧嘩を売るわけないでしょう? そうではなくて、先ほど、何と言ったの?」
「ん? メルキアデスをぼこす?」
流石のカラミアも罪悪感が出てきたか?
「その前よ」
メルキアデス、どんまい。
「レオネに会いに行ってほしい?」
「それよ。……どういうつもり?」
草原に仰向けに倒れこんだわたしの首横にざんっ、と手が叩きつけられた。ぐいっと顔を寄せられる。
「な、なんだよ……なんかエロいぞ」
「今は真面目な話をしているのよ、リリアス・ブラックデッドさん」
レオネのお母さんという気がしてくる。少し前にもレオネに押し倒されてこういう体勢になったっけ。あのとき、レオネの目は優しかったけれど、カラミアの目は違っていた。
この目は見たことがある。
わたしに向かって暴力を振るっていたイザベラの目だ。
本物の害意と殺意。
「あなたは、私を再びあの世界へ引きずり出すつもりなのかしら?」
「レオネに会うだけだろ……何をそんなに怖がっているんだよ」
「レオネッサが何? 今は関係ないでしょう?」
「え……?」
「あんな子、ただの身代わりに過ぎないもの」
「…………」
……今、何を言ったんだ? この人は。
「ええ、そうだった。あなたは三大将軍だったわね。殺す側が殺される側の気持ちを理解しろという方が難しいもの」
「っ、──」
「所詮、あなたも同じなのね」
レオネの顔が浮かんた。
全てを諦めたような目。そんな目をしながら浮かべた笑顔。──なんで、自分の子供にそんな顔をさせたままにできるんだ?
心に火が灯る。
「──レオネの気持ちを、おまえは考えたことがあんのかよッ!!」
拳を握って、思いっきり目の前のカラミアの顔面に叩き込む。
──が、その拳はカラミアをすり抜けてしまった。
ここは神殿の中。カラミアはとっくにアリスに殺されて、神殿によって意識だけをこの世界に留められている。
「……野蛮人」
カラミアはわたしを見下ろして軽蔑したように呟いた。
「わたしは聖女だ!」
跳ね上がるように起き上がって、カラミアを睨みつける。
「わたしに詳しいことは分からないけど、おまえが間違っているってことだけは分かる。……殺されるから死んだままにした? レオネに全部押し付けた? そんなのおかしいだろ!」
「ならばどうしろというの? 私も、あの人も、もう十分殺されたわ。これ以上殺されるのはごめんよ」
「この世界はそういう風にできてんだよ! 恨むならこんな世界にした神様を恨め! みんな、こんなクソみたいな世界で一歩一歩生きてんだよ! 嫌なら世界を変えてみせろよ、この卑怯者!」
「それは強者の理論よ。私たちのような弱者が、殺されるしかない弱者がこんな世界を生きろって言われても無理があるわ。世界を変える? それこそ無理よ。……あなたのような強者に殺されるのが私たち弱者なのよ」
わたしが強者?
なにをバカなことを。
「……おまえは『殺されるしかない弱者』をどれくらい知ってるんだよ」
「なにを」
「わたしが知ってる人は、ルナニア帝国を変えようとしていたぞ」
思い浮かべるのはイザベラだ。
ブラックデッド家に比べたら天と地ほど力の差があるにも関わらず、反抗した人。
「魔王軍と協力して、ルナニア帝国の神殿を壊そうとしてたんだ」
大聖女の座に付きながらも、ブラックデッド家に嫉妬して、魔王軍と共謀し、ルナニア帝国の神殿を壊そうとした人。
心が読めるんだろう? なら、はっきりと思い浮かべてやる。
「イザベラさんは……強かったよ。おまえが強者だって言ったわたしを、完膚なきにボコボコにしたんだ」
カラミアの身体が強張った。当たり前だろ。今思い返しても、あのときのイザベラはめちゃくちゃ怖かったし、ブラックデッド家に負けないほど暴力的だった。
ならさ、
「おまえも、これくらいやってみせろよ。──レオネに全部押し付けるぐらいなら、これくらいやって、少しはおまえの考えるマシな世界にしてみせろよ!!」
「……」
「逃げるならそれでも良かったんだよ……だけどさ、逃げる前にレオネのことを考えろよ。おまえは自分のことを王妃だって言ってたけどさ! 逃げたやつが王と王妃なんて、認められない!!」
そうだ。それが一番わたしがカラミアに腹が立っている理由かもしれない。
「なんで、まだ王妃だって名乗ってるんだ? レオネが頑張って作った世界を、後から横取りする気が透けて見えるんだよ。……違うのか? 違うなら違うって言えッ!!」
「…………」
ひとしきり叫んだ後、わたしはぴしりとカラミアに指を突きつける。
「メルキアデスはぼこす。その後にぼこすのはおまえとアンガスだ! レオネの前におまえたちを引きずり出してやる……レオネに殴られる準備をしておけよ。レオネが殴らなければわたしが代わりに殴る!! ひっ叩く!! 殺してやる!!」
カラミアは黙っている。
「覚悟しておけ! レオネはおまえたちが思うより、ずっと強くなってるからな!!」
一瞥を向けた後、わたしは肩を怒らせてずんずんとカラミアに背を向けて歩いていく。
青空と太陽が揺らめいていく。
草原の風が消えていく。
全てが揺らめいて、消えて──
やがて、白に染まった。
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