65.『魂の場所』

 あの夜空を象った異界が『千年甲冑』とかいう殺戮兵器に引き裂かれ、わたしはその余波を受けてくるくると吹き飛ばされた。


「わぁあああああああああああ!?!?」


 ぐるんぐるんと左右上下めちゃくちゃに振り回されて、これは死んだな間違いない、と辞世の句を読みかけた頃にようやく重力に引かれてぼふんっと落ちた。


 しかし、鋭い瓦礫の山や冷たい石畳の上、燃え盛る業火によってわたしの貧弱な身体は粉々になるかと思ったら──


 柔らかい芝生──いや、草原がわたしを受け止めてくれた。


 空には太陽がきらきらと輝いている。爽やかな風が草原を吹き抜けた。

 むくりと起き上がる。一面の草原が広がっている。


 どこだ、ここ?


「っ、ココロ!? アスターリーテ!? 三分の一アルトラスラムス君!?」


 周囲を見渡してみても、誰もいない。瓦礫の山も、街を焼き尽くす業火も、世界を終わらせる殺戮兵器も。

 信じられないほど穏やかな空間だった。


 もしかして、これが例の異世界転移というやつなのか?

 わたしは『千年甲冑』の必殺魔法に粉々にやられて、天国にいるとか?

 アズサのように女神からスキルを貰って新しい世界に旅立つのだろうか。

 ……アズサと同じなんで冗談じゃない。


 それに──


「……まだ、わたしは死ぬわけにはいかない」


 目を閉じるとレオネの笑顔がまぶたの裏に浮かんでくる。

 この世界では貴重な常識人枠。めちゃくちゃ可愛い美少女で、わたしの二番目に出来たお友だち。……ココロと同じくちょっぴり変なところはあるけど、それはそれで個性として受け入れた。

 とにかく、レオネを助け出さねばならない。


 あのロリコン変質者メルキアデスに変なことをされる前に。


 そうしてレオネとココロで一緒にお風呂に入るんだ。洗いっこして、お風呂上がりにプリンを食べよう。

 そうすればレオネの瞳に浮かんでいる『諦め』もきっとなくなって、心の底から笑ってくれるに違いない。


 ここが天国だとして、女神とやらがいるならば胸ぐらを掴んで引っ叩いてでも生き返らせてくれるように頼むのだ。


「なるほど。随分と短絡的で愚か。──そして、優しいのね」


「誰だっ!?」


 振り返ると、そこには全裸の女が立っていた。


「はえ……?」


 思考がストップする。

 慌てて目を隠した。……ちょっとだけ指の間から見てみる。うわ、胸でか。お尻やば。


「へ、変態だ! 服を着ろ服を!!」


「あなた、自分を顧みたほうが良いわ」


 自分の身体を見下ろす。なんと全裸だった。


「な、なっ……!」


 手で身体を隠そうとするが、そんなことで全てを隠せるはずがなく。パンツの偉大さを思い知るとともにしゃがみ込んで草原で隠す。

 原始人にでもなった気分だ。


「ここには異物は持ち込めないの。服も肉体も」


 その女はこちらに歩いてくる。せめて身体を隠す素振りはしてくれよ。完全に痴女じゃねぇか。


「心外ね。私は痴女ではないわ」


「なんで」


「精神と外界の境界が曖昧なのよ。あなたの考えていることなんて丸分かりなんだから」


 なんだこいつ! エロいぞ!


「ここはどこなんだよっ! あんな殺戮兵器と戦って、今度は知らない場所に飛ばされて! もう散々なんだよ!」


「ここはラーンダルク王国の神殿の中よ。一種の異界のようなもの」


「……神殿の中?」


 ルナニア帝国の神殿の中とは随分と違っている。星空のような光の球も無ければ、水が張っていたりもしない。

 ただ一面の草原、青空に太陽と風まである。

 ここがラーンダルク王国の神殿……。


「へぇ。ルナニア帝国の神殿ってそんな風になっているのね」


 目の前の女にもわたしの心を通じてルナニア帝国の神殿が伝わってしまったらしい。まっずい。皇帝に首チョンパされる……!


「あっ、ちょっと! 心を読むのはずるいぞ! ルナニア帝国の神殿の色々がバレたら皇帝にめちゃくちゃ怒られるんだからな……」


「別に、私にとって他国の神殿なんてどうでもいいわ」


 女は手を伸ばせば届くような距離まで近づいて、止まった。

 遠くからでは見えなかった顔が見える。亜麻色の髪がセミロングに伸びていて、顔立ちは──レオネにそっくりだ。透明色の瞳までもが、レオネと同じだった。


「おまえは……」


 女が微笑む。


「はじめまして。娘がお世話になっています。私の名前はカラミア・テレス・ラーンダルク。三代目ラーンダルク王国の王アンガスの妻──ラーンダルク王国の王妃です」


 ……つまりなんだ。

 この全裸女が、ラーンダルク王国の王妃であり?


「レオネのお母さん?」


「ええ。レオネッサの母をやっているわ」


 全裸女──カラミアはちょこんとドレスを摘むような姿勢をして優雅に一礼した。

 いや、全裸だから優雅でもなんでもないんだけど。


 確かレオネのお父さんお母さんは、アリスに首をチョンパされて死んでいたはず。


「なんで神殿の中にわたしがいるんだよ。わたしも死んだのか?」


 そもそも首をチョンパされた人とこうしてお話をしていること自体意味分かんない。


「それは私があなたとお話をするために呼び込んだから。多少の反則技のようなものよ。……本当は、あの人が呼びたかったようなのだけれども、あなたも私もこの格好だしねぇ」


「あの人……?」


「アンガスのことよ。王様。レオネッサのお父さん」


 やれやれ、とカラミアはため息をつく。

 全裸のおっさんが全裸のわたしの前に現れるのはそれはそれで怖いから止めて欲しい。まあ、だからといって友だちのお母さんとの初対面が二人とも全裸というのは流石にいかがなものか。


 今度レオネに会ったとき気まずいぞ。


「で? 何だよ話って。今、外でクソヤバな殺戮兵器が暴れまわってるんだ。あんたの娘のレオネだって、メルキアデスに捕まって酷い目に合わされてるかもしれない」


「メルキアデス……ね。あの騎士は、真面目過ぎるのよ。それが欠点でもあって美徳でもある」


 カラミアはわたしの手を取って、引いた。


「わっ……」


「来てみなさい。これが我がラーンダルクよ」


 手を引かれるままついていくと、草原の丘にさしかかった。カラミアに促されるまま、頂上まで登って、そして見下ろす。


「……きれい」


 一面を埋め尽くす花畑があった。色とりどりで鮮やかな花が地平線まで広がっている。


「綺麗? ええ、そうね……」


 思わず漏らした言葉に、カラミアは陰りを帯びた顔で笑った。


「ラーンダルク王国の神殿復活の条件は知っているかしら?」


「えっと……ごめん……」


 レオネが教えてくれたような気がするけれど、覚えていない。わたしの記憶容量を過剰評価してもらっちゃあ困る。更に散々な命の危機にわたしの記憶は埋め尽くされているのだ。……くそう。


「我が国での神殿復活の条件は、神殿周辺の花畑が生命に満ち溢れること。──つまり、季節限定。そして、花畑に咲いている花の数しか復活できない。──人数限定」


「そんなこともいってたな」


 その代わりとしてラーンダルクにはルナニア帝国にはない簡易復活というものがあるんだっけか。

 ……うう、死んだメルキアデスがいきなり殴りかかってきたのには、びっくりしたぞ。


「ここに広がる花たちが、ラーンダルク国民の魂よ。ラーンダルクの神殿では、魂は花の形として現れるの」


 広がる花畑の一つ一つが、人の魂だということが。なんていうか、神殿とか神の奇跡ってすごすぎて理解不能だ。


「魂の花……ラーンダルクの本質……アンガスはこの光景に、いつしか魅入られるようになったわ」


 カラミアは振り返る。


「アンガスと私はね、六年前からここにいるの。この青空と太陽の下で、ラーンダルクの花たちを愛でながら暮らしてる」


「え……?」


 おいおい、冗談だろ?


「嘘じゃない。全部本当のこと。……レオネッサに全ての責を被せて、六年間逃げてきた」


 ここは神殿の中だぞ?

 空も太陽も草原もあるから本物っぽく見えているだけだ。この世界は仮初めのもの。魂の一時休憩場的な場所なのだ。


 そんな場所で六年間?

 正気の沙汰ではない。


「ええ、そうでしょうね……あなたからすれば、そう思うでしょう。ルナニア帝国で三大将軍をやっているあなたからすれば」


「っ」


「私たちからしてみれば、いついかなるときも死の恐怖と痛みに怯えなくてはならない世界。そんな世界より、ここの花々を愛でるほうがよほど良い──そうは思わないかしら?」


 ……それは。

 カラミアの手が、そっとわたしの肩に乗る。


「──私たちは、もう正気を保つことに疲れたの」


 ぞっとするような冷たい声だった。

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