64.『千年甲冑』

「逃げろ逃げろ、あんなん戦っても勝ち目ねぇ!」


 わたし、ココロ、アスターリーテの三人を乗せた変態機械が全速力で『千年甲冑』から離れるように遁走する。

 元気な六脚がシャカシャカと愉快に動き回り、火が回って地獄絵図の市街地を駆け抜ける。


『【潰せ】』


 大きな影が周囲一帯を覆う。


「チッ!」


 アスターリーテが変態機械のペダルに蹴りを入れると、大跳躍。瞬間、先ほどまでいた地区が鋼鉄の腕に叩き潰された。

 こんなの心臓がいくつあっても足りないぞ!


「なあなあ、このまま脱出できるのか!?」


「ちょ、おい、揺らすなボケブラックデッド! 脱出だぁ? むしろここで倒さなければ異界から出たあいつは大暴れするぞ」


「倒すぅ? 無理だよ無理無理! あんなの無理だって!」


「幼児退行するな、馬鹿!」


『【羽虫を叩き落とせ】』


 今度は『千年甲冑』の翼の一つが眩いほどに煌めいた。瞬間、数百本のぶっとい熱線が打ち上げられる。花火のように同心円状に広がると猛烈なスピードで光が落ちてきた。


 変態機械は身震いすると流線型に素早くフォルムチェンジし、死の流星群が降り注ぐ市街地を踊り始める。


「うぉう、おぅ! く、苦しい!」


 上に乗っているわたしからすると今すぐトイレに駆け込んでゲロを吐きたいところだが、そんなことをすれば一瞬で死ぬ。むしろさっきトイレが熱線で爆裂していた。


「……【我が名はローゼマリー 灼熱よ猛れ 敵の心の臓を燃やし尽くせ!】」


 ココロはこんなときでも冷静に呪文を唱え、無数の火球を生み出すと『千年甲冑』の方向へ飛ばしている。


 火球群は『千年甲冑』に当たると凄まじい魔力爆発を起こした。信じられない。ココロは魔法使いの才能もあったというのか。


 衝撃で身体が吹き飛びそうになったが、ココロが手を握ってくれたお陰でなんとかセーフ。あ、にぎにぎしないで、くすぐったいぞ。


「……駄目、みたいですね」


「そのようだな」


 見た目は派手だが、効果は今ひとつみたいだった。『千年甲冑』にぶつかった火球は、鋼鉄の身体を覆う銀色のオーラに触発されて直前で大爆発を起こしていた。

『千年甲冑』に傷は一つもついていない。


「ああそうだった。『千年甲冑』の表面を覆う高密度の魔力壁はどんな魔法も相殺し、機体を守る。高信頼の魔法防御システムを搭載しているのだ」


「先に言えよっ! 殴るぞ!」


「今思い出したのだ! あれを作ったのは本当に昔なんだぞ!? 記憶の一つや二つ飛んでいて何が悪い!」


「そうでしたねごめんなさいねおばあちゃん」


「煽っとんのかブラックデッドォ!!」


「……け、喧嘩はやめてください! リアちゃんもストップ! 殴っちゃ駄目!」


 取っ組み合いの喧嘩になりかけたのをココロが慌てて仲裁する。

 そんなやり取りの合間にも鋼鉄の巨人はこちらを殺そうと詠唱を開始する。


『【剣をこの手に】』


『千年甲冑』の左手、人差し指から炎が伸びて一つの剣になった。まるで光の剣だ。


「っ、マズいっ!?」


『【斬れ】』


 瞬間、『千年甲冑』はその巨体に似合わない鋭い動きで居合いを放った。


 光剣は、直線上にいた全てを薙ぎ払う。明らかに刀身の届かないところまでを、衝撃波と斬撃で撫で斬りにする。

 薙ぎ払った範囲に存在する全ての建物を輪切りにして、爆発させたのを見て、わたしの思考は停止した。


「あはは、見てよココロ。パイナップルみたい」


「そうだねリアちゃん。帰ったら一緒に食べようね」


 わたしの目の前を横薙ぎに炎が通り過ぎた。ココロの魔法がこちらに飛んでくる瓦礫の山を粉砕する。凄まじい爆音。


 もう嫌だ! 早くお家に帰りたいよ!


 アスターリーテの操縦する変態機械は、斬撃を避けたものの光剣の熱で溶けた建物の崩落に巻き込まれて、吹き飛ばされてしまう。


「チッ、姿勢制御が……!」


 アスターリーテは絶望的な声色で叫ぶ。


 わたしたちは空高く投げ出されていた。


「ふぇっ? は? はぁああああああああ!?」


 自由落下! 眼下には鋭い瓦礫の山! あの上に落ちれば身体の骨が一瞬で粉砕骨折して死ぬだろう!


 死にたくない、死にたくないっ!

 まだ限定スイーツ食べてないのに!


「【我が名はアスターリーテ 緊急信号 一◯七!!】」


 アスターリーテが叫ぶと、吹き飛ばされてスクラップと化した変態機械(アルトラスラムス君! やっと思い出したよ!)が発光し、バラバラに部品が分解された。

 分解された部品は寄り集まって、組み合わさって、三台の二輪魔力車に変わる!


「乗れ! ここからは三人バラバラに動くぞ!」


 そのうちの一台がまるでわたしの股間と磁力で引かれ合っているかのようにすっ飛んできて乗せてくれた。──着地。着地の衝撃で股間に激痛が走るが舌を噛むことでなんとか痛みをシャットアウト。


 二輪魔力車は自動運転なのか、瓦礫を避けて進んでくれる。


『聞こえるか、こちらアスターリーテ!』


 二輪魔力車から声が聞こえる。通信機の機能もあるらしい。

 変形機能に通信機能、そして修復機能に他の乗り物になる機能──このアルトラスラムス君とやらは本当にアスターリーテの自信作だったようだ。


『こちらココロ・ローゼマリー、今よりあの巨人に向かって物理攻撃してみようと思います。……魔法が効かないなら、物理で殴る!』


「え、ココロ……?」


 ココロが落ちた方向を見る。すると、ココロは二輪魔力車を乗りこなして崩れて斜めになった塔の壁面を駆け上がっていた。

 複数の火球がココロから放たれる。それは迷うことなく、『千年甲冑』に飛んで──いや、その股をくぐり抜けて向こう側の山肌にそうようにして並ぶ開発地区に大爆発をもたらした。


 次の瞬間、不安定な開発地区の地盤がココロの魔法によって木っ端微塵となり、起こった猛烈な勢いの土石流が『千年甲冑』に向けて突き進んでいく!


 凄まじい衝撃。


 魔法防御の魔力壁を持つ鋼鉄の巨人でも無事ではすまないはずだ……。


『やったの……?』


 ココロが不安げに呟く。

 辺りは粉塵が舞い、視界が悪い。


『あー、悪い』


 アスターリーテは居心地悪そうに言葉を濁らせる。


「悪いことならいいよ、言わなくて」


『言わなければ死ぬことになる』


「アスターリーテさんからの大切なお話だ。ココロも良く聞くように!」


『……』


 だってしょうがないじゃん。聞かなきゃ死ぬもん。わたし死にたくないし。


『……『千年甲冑』の機体装甲には、ダイラタント流体を応用した特殊合金──液体オリハルコンとミスリル、チタンとジルコニウムをそれぞれ組み込んでいて……物理攻撃に極めて高い耐性を持つ』


「えっと?」


『端的に言えば、あいつに物理攻撃は通用しないということだ』


 瞬間、土砂の下から勢い良く鋼鉄の巨人が這い上がってきた。まるで台所にいると悲鳴を上げたくなるアイツみたいだ。どんだけしぶといんだよ!


「防御と攻撃、どっちかにしとけよ! なんで両方特化させるんだよ!」


『……強いものを作りたかった』


「は?」


『両方特化しなければ、アンネリースに勝てないと思った。アンネリースに負ければ、ルシウス王国が滅びるから』


「……それは……なんか、ごめんなさい──」


『結局惨敗して、ルシウス王国は滅ぼされてしまったがな。向こう側にアンネリースがいる時点でこちらに勝ち目は無かったのだよ、ハッハッハ!』


「わたしの謝罪を返せっ! この狂気のマッドサイエンティスト!」


 ええい、もう詰んでいる気がするけれど──わたしにはまだ、味方がいる!


 懐を漁って魔石を取り出す。

 そうして、トントンと魔石を叩く。


 真っ赤に光って──


『あっ、や、やっと繋がりました……!』


「……? 誰?」


『こちらは、王城正面突破班……聖女です……あ、私は見習いのクロエ・マッキンジャーです……!』


 なんと繋がったのはラーンダルクの王城をぶち壊していたはずの聖女だ。聞き覚えのある声だけど、どこかで出会ったことあったかな?

 というか、今は命の危機なのでもう少し早口で喋ってもらえると嬉しいな。言わないけど。


『ラディストールさんの救出に向かったのですが、予想外の事が起こりまして……』


「あ」


 完全に忘れていた。そうだ、ラディストールだ。ロリコン変質者のメルキアデスに追われて、レオネを奪われて、『千年甲冑』とかいうモノホン殺戮兵器に追いかけ回されてるうちにすっかり頭から抜け落ちていた。

 というか、予想外の事?


『ラディストールさんの牢屋を担当していた看守ですが、……全員死んでます』


「……は?」


『というか、ラディストールさんがいません……とっくに脱獄したかと……』


「いやいや、あいつどうやって……めちゃくちゃ弱いとか自分で言ってたのに」


『看守の食堂に毒ガスを散布したみたいです……うちの聖女も突入した半分以上が意識不明の重体です……』


 ……え、そこまでするの? ラディストールってまとも寄りな人じゃなかったの?

 マジ?


「っ、とりあえず緊急脱出用の【転移門】を帝国側から開けてもらえ! 色々と外交問題がめんどくさくなる前に逃げるんだ!」


『重傷者を、み、見捨てるんですか!? やっぱりブラックデッド家の人間は残酷──』


 悲鳴のような声が聞こえてきた。


「違うから! みんな助かる方法があるんだ!」


『ふえっ!?』


 うちの家どんなイメージ持たれてんの? 流石に味方を見捨てたりはしないでしょ……? ドーラ姉さんはどうか知らないけど。


『端から二つ目、衛兵の訓練場の前にある尖塔──そこを登ると王女の寝室がある。そこに皇帝は【転移門】を開けられるはずだ。重傷者から先に運び出せ!」


『り、了解しましたっ!』


「ついでにこっちはめちゃくちゃピンチだから誰か助けてって伝えてくれ!!」


『分かりました! 伝えておき──』


 唐突に魔石が光を失った。

 声がプツリと途切れる。いくら突いても反応しない。


『異界から現世への魔石通信は不可能だ。お前は何をしていたんだ?』


「普通にできたんだけど?」


『……そんなはず……いや、お前は……少し、特異な魔力を持ってるかもしれんな』


 何のことだ?

 そんなことよりも、目の前には銀色のオーラをまとった『千年甲冑』がこちらをずっとロックオンしているんだけど!?

 わたしが魔石通信してる間に、ココロは何度も魔法を撃ち込んで囮になってくれたみたいだけど、そろそろ限界だ。


『【世界を引き裂け】』


 再び三対の翼、その羽の一つ一つが動き始める。無数の歯車を超高速に回し始めた。

 キィィィィィィィィィィ──という、金属が擦れるような音が鳴る。そこに複雑な音が絡み合って、一つの演奏に──


 異界は、再び光に飲み込まれ、そして。


 ──引き裂かれた。

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