63.『残り火』

 既に起動していた【転移門】はメルキアデスが開けたものらしい。レオネの身体と『銀のペンダント』を使って勝手に開いたというのだ。

 わたしとココロ、そして変態機械を連れたアスターリーテが【転移門】をくぐると──


 ──そこは、夕焼けの街だった。


 地下のはずなのに空が見える。一面夕焼け色に染まっていた。

 街の往来に転移してきたのか、魔力車にぶつかりそうになって、慌ててココロの手を引いて避難する。

 わたしたちが道を塞いだことによる怒号が飛んだ。慌てて謝る。


「……?」


 ん? 魔力車? 怒号?


 街には人がいる。市場も、露店も、お土産屋だってある。

 串焼き肉を売っているおじさんが声を張り上げている。親子が買い物袋を持って手を繋ぎながら歩いている。煙突屋根からは夕飯の支度をするためか、煙が流れている。

 人が生活を営んでいる。みんな笑顔で、キラキラとして──


「え、え……どういうこと?」


「着いたな。相変わらずここの設計士の趣味の悪さには反吐が出そうだ。ルシウス旧王都──ここが、ラーンダルク王国の地下に封印されている亡国の跡地だ」


 信じられない。亡国の跡地ってなんだ?

 綺麗なお城があるぞ? 人が住んでるんだぞ?

 封印されてるのって、嘘だったのか?


「……ですが、どういうことですかアスターリーテ様。ここは、まるで普通の街に見えます……」


 ココロも困惑して辺りを見渡している。

 アスターリーテは鼻を鳴らした。機械人形なのにそんな機能もついてるなんて驚きである。


「空が見えるのは、そうやって異界化したからだ。建物が綺麗なのは、封印する際に復元したから──そして、人は」


 アスターリーテは近くを歩いていた男の子を抱きかかえて無理やり連れてくる。絵面が完全に誘拐犯のそれだ。

 しかし、男の子は抵抗しない。まるで、そう決められているかのようにニコニコと笑顔を誰もいないところに振りまいている。


 ぞっとした。


「ここにいる人は全て機械人形だ。城にある低位の統合機によって虚しい営みを永遠と繰り返している……ただの機械だ」


 良く見ると、確かに男の子は機械人形だった。アスターリーテの人と見分けのつかないような機械人形ではない。関節や顔に、薄い接合の跡がある。

 大量生産された、量産型。

 それが中央に接続されて、無限に人間の暮らしを再現しているという。

 まるで人形劇。ルシウス旧王都は、その劇場。

 この夕焼けに包まれた街は、そんな人形劇をずっと繰り返しているというのか。


「なんだよこれ……おかしいよ」


 アスターリーテが男の子を離すと、まるで捕まえられていたことが無かったかのように、こちらに向かってお辞儀をしてから、元の場所に戻ってニコニコし始めた。


「ああ、おかしい。おかしいとも。だが、ラーンダルク王国建国当時……ルナニア帝国に滅ぼされたルシウス王国の名残りを切望する声が国民に溢れた。だから、このようなものが生まれたんだ」


「……」


「かつての記憶、かつての隆盛……そんなものに、ラーンダルクの国民たちは囚われている。メルキアデスも、その一人だ」


 アスターリーテはわたしと複雑そうな表情を浮かべているココロを見て、笑った。

 メルキアデスとレオネは、『千年甲冑』がある中央のルシウス王城にいる。


「行こうか。メルキアデスをぼこしに。──甘い夢から醒ましてやろう」




 ルシウス城はラーンダルクの王城と似ていた。しかし、違うところもある。

 まず大きさが違う。

 ラーンダルクの王城の二倍ほどの面積に、天を突くほどの尖塔がいくつも立ち並んでいる。その大きさはルナニア帝国の王城とそう変わらない。


 ルナニア帝国とルシウス王国はかつて戦争していたというが、中々均衡したようだ。その国力がこの王城から見えるような気がした。


 二つ目に違うところは、外観だ。一定間隔ごとに大砲がこれでもかと備えつけられて、まるで要塞みたいだ。壁の素材もラーンダルク王国のものとは根本的に違う。近未来的な金属が壁に練り込まれており、小さく白い光を放っていた。

 これが復元したルシウス城。


「……なぁ、アスターリーテ」


「なんだ?」


「バカじゃないか?」


「ごもっともだな」


 いくら凄いお城を作っても、封印される前提だ。表に出るのはラーンダルクの王城である。つまり、ラーンダルク王国はいわば自分たちの満足のために誰にも見せる予定のない箱庭に技術とお金を注ぎ込んできたのか。

 レオネの苦労が分かるような気がした。


 城まで向かう道中、幸いなことに、住人たちの機械人形が一斉に敵になるだとか、急に警報が鳴り響いて落とし穴が開くとかは一切なかった。


「拍子抜けだなぁ。敵の根城に攻め込んだのに、何にもないなんて」


「当たり前だろう? ここには『千年甲冑』が封印されているが、その他の武装は一切ない。王国民の追憶なのだから。──いわば、博物館のようなものだ」


「……へぇ」


 ん? ココロの瞳が一瞬暗く輝いたような気がした。


 アスターリーテは追従させていた変態機械(アルトラスなんとか君)を先行させる。警戒しているようだけど、そんな目立つのを前にやってはこちらから相手に『自分たちを見つけてください』と言ってるも同然じゃないか?


「メルキアデスが攻めてきたら殺してやる。敵はメルキアデスだけだ。簡単だろ?」


 なんという脳筋思考。育ての親の顔が見てみたい。


「『千年甲冑』は異界に封印されたルシウス旧王都のルシウス城……その更に地下に存在する。メルキアデスはもう全てを手に入れているはずだ。努々警戒は怠るな──」


 ココロが急に立ち止まった。

 ぼふっ、とココロの細い背中にぶつかってしまう。赤くなった鼻をさすっているとココロは目を閉じて、小さく呟いた。


「なんか……音が聞こえるよ、リアちゃん」


「本当か? よし、任せろ!」


 リリアスイヤー(地獄耳)発動!

 みょーんみょーんみょーん……。


「なにか、鉄が擦り合うような組み合うような」


 近づいてくる……?


「でかい音が……っ、走れ! 今すぐ! 早く! ハリアップ!! ここから逃げろっ!!」


 ココロの手を取って、必死に城から走る。アスターリーテは怪訝そうな顔をしながらも変態機械(アルトラスラなんちゃら君)の上に跳び乗って、ついてくる。

 金属の悲鳴がどんどん大きくなって、やがて轟音に達したとき──


『──奴らを轢き潰せ、『千年甲冑』』


 ルシウス城の地下から巨大な橙の玉が広がった。それは、城の周りの堀の水すら蒸発させて、広がっていく。

 泡を食って逃げ出したわたしたちを追いかけるようにして、急速に広がった後──唐突に消えた。


「な──」


 振り返ると、何もなかった。

 文字通り、ルシウス城が、城が建っていた土地も含めて球状に抉り取られて、消滅していた。

 残されたのは、チリチリと放電する雷光と焦げ臭い匂いのみ。


「来るぞ……来るぞ、来るぞ来るぞッ!!」


 アスターリーテは普段の冷静な振る舞いはどこへやら、興奮したように目を見開いて、城が消滅した穴を見ていた。


 ──天使。


 そう、まるでそれは天使だと思った。

 巨大だ。全身がまるでルシウス城の大きさのよう。

 銀色に波打つ光が全身を覆っている。三対の翼がある。


「なに、あれ……」


「かっこいい……」


 …………。


「え?」「うん?」


 ココロが小さな声で、誰に対するものでもない疑問を投げた。わたしは素直な心の声を漏らしていた。

 あれ、めちゃくちゃかっこ良くない? ココロには分からないの? 無骨なフォルムに天使をモデルにした六枚の翼……え、好き。どうしよう。


 その鋼鉄の身体は、中に信じられないほどの機構を抱えているのだろう。背中側から蒸気を噴出しながら、天を突く巨体を振り返らせる。

 人らしく顔まで再現されているぞ。目の位置は単眼のでっかい魔石がはめ込まれていて、鼻や口も何に使うのか分からないけれど存在している。


『【世界を引き裂け】』


 三対の翼、その羽の一つ一つが、まるでからくり時計のような要領で無数の歯車を超高速に回し始めた。


 キィィィィィィィィィィ──という、金属が擦れるような音。複雑に絡み合ったそれは、まるで一つのオーケストラ。

 一つの演奏。


「ハッハッハ……まさかもう一度あれが動く様を見ることができようとは。大戦の終盤には竜すらも撃ち落としたと聞くが、現実味を帯びてきたな……」


 アスターリーテは乾いた声で笑った。


 蒼光。


 瞬間、わたしたちの背後で大爆発が起きた。──鋼鉄の巨人が、手のひらを向けて破滅を放っていた。


「うひぁあああああああああああああ!?!?」


 メルキアデスがあのデカブツを通して、魔法を何千倍にも増幅して放った結果だと感覚が理解する。


 住人の機械人形たちは、バラバラに吹き飛ばされて、それでもなお、最後の表情は変わらなかった。

 街は直線上に抉られて、赤く高熱で溶けている。川は消え失せ蒸発し、小さな異界は揺れて、メルキアデスの哄笑が耳に残った。

 夕焼けに伸びる赤い絨毯。爆炎と衝撃波は張りぼての街を打ち壊し、凄まじい熱が炎に姿を変えて街を覆っていく。


 蹂躙。蹂躙の化身。

 魔法一つであれだ。全力で暴れさせたら、どうなるのか分かったもんじゃない。


「……っ」


 カッコイイけど、あれはダメだ。

 この世にあっては、世界が終わる。

 星の形が変わってしまう。


 瞬間、空が消えた。

 まるで電源が落ちたかのように見えた。

 非常灯が次々と点灯していく。

 それは、暗闇の中で星のように閃いて、まるで天球は星空の如く、広がった。


 深呼吸して、向き直る。

 爆発した。


「うっそだろ、なんであんなの作ったんだよっ! どう考えても過剰戦力だろ! ロマン極まって、頭に佃煮でも詰めたのか!?」


「残り火だ。かつての大戦──アンネリースの女狐をぶち殺すために、私が作ったんだ……」


「……は?」


 何でここで皇帝の名前が出てくるんだよ。てか、あんなのと戦った皇帝は何なんだよ……。

 あと、薄々気づいてたけどアスターリーテさんってめっちゃ長生きだな! 何歳だよ!?


「……で、あれを使って皇帝は倒せたのか?」


「アンネリースの最近の趣味は?」


「長風呂にはまってるぞ」


「「……」」


 わたしたちは揃って絶望の呻き声をあげる。

 かつての大戦で使われた本物の殺戮兵器が、ついに目覚めた。

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