62.『戦場を駆けろ!』
王城の階段をアスターリーテの変態機械(アルなんちゃら君)はその六本脚で類稀な機動を見せて、駆け上がる。
周りに流れる景色はまさに戦場だ。
「なんて……ひどい」
口に手を当てて、呟いてみる。
「お前の国の連中が大半やったことだろうが」
「いや、なんかこのポーズって聖女っぽくない?」
「地獄に落ちろ、ブラックデッド」
王城内はルナニア帝国の聖女が放った火魔法で訓練場が全焼していたり、放った氷魔法でキッチンが永久凍土に覆われていたり、放った爆破魔法で尖塔の一つや二つが木っ端微塵になっている。
そこかしこで聖女と衛兵がぶつかり合っており、剣戟の音とメイスを振り下ろす音。モーニングスターが制御を外れて壁を叩き割る音が鳴り響いている。
地獄とはここにあったのだ。
聖女に夢を見ていたかつてのあの頃の自分を殴りたいよ。……いや、彼女たちがおかしいのであってみんなおかしいって決めつけるのは早計かもしれない。きっとそうだ。
「メルキアデスがいるのって地下なんだろ? なんでうちらは上に向かってるんだ?」
「ルシウス旧王都は地下にあるが異界化されている。地下にいくら掘り進んでも見つからない。【転移門】があるのだ。『銀のペンダント』、あるいは王族のみが通れる門が」
「それが上にあるの?」
「話が早いな。その門は玉座の間にある。ということで全速力で飛ばす。しっかり掴まっていろ。口を閉じてろよ、舌を噛むぞ」
アスターリーテは変態機械のコンソールからボタンをポチポチ押すと──
変態機械は変形し、流線型フォルムになると爆音を鳴らして階段を砕きながら上がっていく!
どんどんとスピードが上がって、まるで風のごとく、全てが後ろに流れていった。
「ハッハッハ! 見ろォ! 静音性をかなぐり捨て、登場者の安全を考慮しないフォルムゥ! 実験ではこのフォルムに三分以上乗っていられる人間は存在しなかった! 振り落とされてミンチになった!」
じゃあそんなの開発するなよ、死んじゃうよ!
っていうか、なんでそんなに喋れるんだ、こんな明らかに生物を乗せてはいけないような乗り物で、ミキサーに放り込まれたかのような振動と騒音で!
「〜〜〜っっっ!!」早すぎて口が開かない。
振り落とされないように掴まっているので精一杯だ。
そっか、アスターリーテの身体は機械だったな。羨ましい限りだ──と思ったがお風呂に入ることができない。
余りにも大きな欠点のため、リリアス・ブラックデッド機械化計画は計画から三秒で頓挫した。
アスターリーテは自分が作ったものになるとキャラが変わるのか……なるほど?
「そろそろだな──三、二、一……突破だぁっ!」
「ひゃあああああああああああ!?」
玉座の間に続く大扉を木っ端微塵に破壊して、ドリフト(多脚なのにどうやって?)しながら大旋回しつつ、何とか止まる。
たぶん玉座が二つ揃って並んでいたが、アスターリーテの変態機械は二つ揃って薙ぎ払って粉々にぶち壊してしまった。
ちょ、なにしてんの!? 弁償モンでしょ!
「気にするな。レオネッサ殿下はあまりここを使わなかった」
そうこぼすアスターリーテの瞳には、機械のレンズにも関わらず冷たい光が宿っている。
「……アスターリーテ?」
「忌々しい……お前たち、行くぞ。こんな部屋に用などないのだから」
アスターリーテは軽々と着地して歩き始める。
わたしはココロの手を借りてなんとか降りることができた。
ラーンダルク王国の玉座の間……ルナニア帝国の玉座の間とは違って、なんというか空気がとても寂しい。
豪奢ではある。シャンデリアに宝剣、赤い絨毯に騎士の甲冑……でも。
まるで誰にも必要とされていないような、そんな部屋だ。レオネが王女なら、王様や王妃様はどうしていたんだろう。
こんな寂しい部屋で、ラーンダルク王国の未来について決めていたんだろうか。
「……」
レオネと初めて出会ったときを思い出す。
彼女は、自分の寝室に監禁されていた。ラディストールの世話があったとはいえ、とても楽しそうに見えた。
メルキアデスによるクーデターが起きたというのに、国家存亡の危機なのに……まるで焦りが感じられなかった。
レオネにとって、この国はどういったものだろうか。
守るべき国? 発展させるべき国?
それとも──どうでもいい国なのか。
メルキアデスのクーデターが成功しても、失敗しても……レオネにとって、何の意味もなかったとしたら?
レオネはわたしとの逃亡を、国からの指名手配を楽しんですらいたように見えた。
まるで、もう、どうでもいいかのように。
人生が、自分のものではないかのように。
レオネはわたしと同じぐらいの歳だ。何がそこまで彼女に『諦め』を植え付けたのか。
「……レオネ、きみは」
「ブラックデッド、何をぼんやりしている」
顔を上げると玉座のあった場所の下に続く階段が見えた。その手前でアスターリーテはこちらを待っている。
「リアちゃん、早く行こ?」
「ああ……うん」
ココロが優しく手を引いてくれる。
「そういえば、復興支援の話ってどうなったの? ラーンダルク王国に入ってから復興どころか破壊活動しかしてない気もするけど」
「えっと、皇帝陛下によるとね。『悪性を排除するのも立派な復興支援よ。機会を利用し、ルナニア帝国の最大の利となるものにしなさい。国家を滅ぼしても可』……だって」
「何だよそれ」
「ルナニア帝国のやり方は『うちの国益最優先、後は知らん』だから……」
「野蛮国家め!」
つまり、皇帝は隣国の危機を利用するつもりでいるのか。どこまでも性根の腐ったお人である。
でも、そのおかげでわたしはレオネに出会うことができたし、レオネをメルキアデスの手から一度は逃がすこともできた。
レオネを笑わせることもできた。
そして、レオネを助け出す機会が生まれた。
そう思うと、皇帝も案外──
そこまで考えて、わたしは首をぶんぶん振った。いきなり首を振り出したわたしを見てアスターリーテはドン引きしている。
「いやいやいや、何考えてんだわたし! 皇帝はクソ。皇帝はクソ。皇帝はクソのはずなんだ!」
わたしを聖女と将軍の兼任にして、魔王軍に突貫させて、変態な服を着せようとして、命の危機満載の場所に送り込んだんだぞ?
皇帝はクソだ。見た目は可愛い幼女でも、やってることは疫病神だ!
「エルタニアさん辺りに聞かれたら一発で首を飛ばされそうなこと言ってるね! 向こうがリアちゃんの首を飛ばそうとするならその前に私がエルタニアさんの首を粉砕するけど」
何言ってるのココロ?
「あいつはここにいないからいいんだよ! 皇帝め……後で着替えのパンツ隠してやる」
「さっさと来い、ブラックデッド!! アルトラスラムス君の餌にするぞ!!」
アスターリーテがブチキレた。
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