59.5『かつて憧れた白銀の騎士』
『いいかい、レオネッサ。君はこれからこのラーンダルク王国を背負う立場になるんだ』
父はにこりともしなかった。
『私はこれからルナニア帝国との会談がある。きっと私はそこで殺されるだろう。だが、そこからだ。そこから君は、『王女』になる。そのための手段ならば、彼女が──アスターリーテが用意してくれる』
暗い部屋。消毒液の匂いと鉄と油の匂いが鼻についた。
父の隣には大人びた少女がいた。しかし、立ったまま目も開けない。ましてや呼吸すらしていない。
レオネッサは気づいた。これは、機械人形だ。
『返事は?』
『はい。おとうさま』
レオネッサはまるで録音機のように言葉を紡ぐ。
父は、レオネッサが感情を見せることを嫌う。だから淡々と機械のように答えなければならない。それが昔からの習慣だった。
『私が安心できるような世にしなさい』
『わかりました』
それに満足したように頷くと早足で私の寝室から出て行った。
一刻も早く、この場から立ち去りたいのだと示すように。
ずきりと胸が痛む。
こうして、レオネッサは、父の身代わりとして立てられた。
王と王妃は、ルナニア帝国の三大将軍によって殺された。それは間違いではない。
だが、二人は復活しないという道を選んだのだ。
神殿復活は王や貴族が優先してあてがわれる。それは復活できる時期が限られており、なおかつ人数制限があるラーンダルク王国の『花神』の神殿では当然のこと。
だが、王族ならば真っ先に優先される権利を、父と母は投げ捨てた。
そうして、後の責任は全て未だ幼いレオネッサの元へのしかかった。
何故か?
きっと、両親はこの世界に疲れてしまったのだろうとレオネッサは考えた。
死んでも蘇る世界。権力者は国の力を削ぐためにいかなるときも狙われている。そうして、死んで生き返って死んで生き返って──繰り返す内に、諦めが浮かんだのではないか。
かつては、賢王とも呼ばれていたアンガス・タリス・ラーンダルク。レオネッサの実の父は、年齢を重ねるごとに堕落し、ほとんど政治に関わらなくなってしまった。
今では国の財政や政治は貴族、宰相に投げている。王妃も王に従うばかり。
いくら不祥事が起こったとしても見て見ぬふり。かつてはルナニア帝国と並び立つほどに隆盛を誇っていたラーンダルクは、急速に腐り落ちていた。
そして今回の事件だ。戯れに作った自らの娘に全てを投げ出して、そのまま王は王妃とともに死の眠りから目覚めなくなった。
『私が安心できるような世にしなさい』
その言葉が、うろのような空っぽの思考に反響している。
両親のために、世界を整えなければならない。
そうしなければ、いつまで経っても両親は死から目覚めない。
レオネッサは決意を固め、前を向く。
アスターリーテの機械人形を起動させ、指示を仰いだ。
『わたしは、これからどうすればいいの?』
『……もう我慢できん。あやつらは、このような幼子に国を託したというのか……!? 狂っている……狂っているわ!』
『おしえて、ください』
『っ、殿下……』
『どうすれば、おとうさま、おかあさまはかえってきますか?』
『…………』
亡国の賢人は、そんな彼女に従った。
◇
自分を抱きかかえて暗闇の中を歩いているメルキアデスがいた。
彼の目標は、世界平和だという。
『千年甲冑』という、大戦の残り火を復活させてルナニア帝国に戦いを挑もうとしている。
そして、その戦いの後に平和が訪れると彼は、本気で信じているのだ。
「……メルキアデス、貴方は」
細く弱い声で呼びかける。
やがて、声が返った。
「レオネッサ殿下。失礼を承知でお伝えします。貴方の父上母上──王と王妃を、私は認められません。死の安息の向こうに隠れて、貴女をこのような立場に追いやったこと……その全てが許せない」
静かな声だった。しかし、その奥にあるものをレオネッサは知っている。
「世界を戦火で焼き尽くすつもりですか?」
「必要とあらば」
レオネッサは身辺に付き従う騎士としてラディストールを選んだ。武芸に長けておらず、勉学にも長けていない。だが、兄よりも優しい騎士を。
だが、元々双子騎士は、その両方とも王族直下の騎士である。レオネッサが選ばなかったとしても、メルキアデスはずっと王女の騎士だった。
答えなさい、私の騎士。
「貴方は、何のためにそこまでするのですか……」
そこで、言葉は止まった。
レオネッサが再び意識を失ったためだ。
眠った王女を連れて、騎士は王城の廊下を歩く。
「救国のために。なによりも、貴方のために」
「この国は腐っている。全責任を貴方のような子どもに押しつけて逃げた王も、世界中に混乱をばら撒く烈日帝も」
「だから、私が騎士になります。この世の邪悪を打ち倒す白銀の騎士に。──レオネッサ殿下には、ぜひ特等席でご覧に入れたい」
「私が、巨竜を倒す騎士になるところを」
見上げる。
目の前には、巨大な銀色の甲冑があった。
否、もはやそれは甲冑の領域を超えている。
『その』体躯はまるで小山の如き大きさ。腕はまるで尖塔のように、指先一つをとっても街の建物の何倍もある。
両肩からは翼が──翼だと呼称すべきそれは無数の歯車と機械兵器群で構成されたものだ。それが三対、まるで経典に登場する上位天使の姿のように伸びている。
異世界からやってきた勇者──アズサなら、これを見て言うだろう。
巨大人形ロボット、だと。
賢人アスターリーテの傑作にして、古代の大戦兵器。
──『千年甲冑』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます