59.『修羅場?』

 ココロに抱きしめられて高速でよしよしされているわたしを見て、レオネは小首を傾げる。


「その方は……?」


「ああ、そういえば言ってなかったな。この子はココロ。まぁ……仕事の同僚みたいな、そんな感じ」


 ルナニア帝国の人だよ、聖女だよ。

 とか言ってしまえばレオネは逃げ出してしまうに違いない。だからやんわりと『仕事の同僚』ということを伝えれば──


「こんにちは、レオネッサ王女殿下。お噂はかねがね聞いています。私はココロ・ローゼマリー、ルナニア帝国の見習い聖女でこちらのリリアス・ブラックデッド准三大将軍閣下の秘書官を務めています」


「ちょっと!」


 一瞬でバラされたんだけど!?


「後、私たちの関係は魂のパートナーです。もう深いところまで繋がっている仲ですので、どうかよろしくお願いいたしますね?」


「……っ!?」


 レオネが信じられないような顔をこちらに向けている。ココロは普段と変わらず微笑んでいるように見えるけど、笑顔に凄みを感じる。なんでだろ。

 まぁ、親友とかを魂のパートナーって表現するのはちょっぴり気恥ずかしい。ココロって今まで友だち少なかったのかな?


「……」


 でも、これでレオネにはわたしの正体がバレてしまった。……どうしよう。怒ったりして殴りかかってこないだろうか。

 自分が騙していたんだから悪いとは感じてる。だから一発ぐらい顔面パンチを食らってもいいと思ってる。


 恐る恐るレオネの顔を見ると、とてもショックを受けたような表情をしていた。


「えっと、レオネ? 騙してたことは悪かったよ。わたしの本当の名前はリリアス・ブラックデッドっていうんだ。一発ぐらい殴られても受け止めるから……今は仲良くしないか?」


「いえ、今はそれよりも……ココロさんとどのような関係でしょうか……?」


「ん?」


 騙されてたことについてはノータッチなのか? レオネって優しいな……!


「もしかして、もう大人の階段を登ったりして……?」


「大人の階段?」


 なんだそれ。タバコとかお酒とか? 悪いけれど、そういうのはやってないんだよね。


「もう一緒のベッドで寝たり、互いの身体を抱いたり、弄ったり……」


 ここまで言うとレオネは顔を真っ赤に染めて黙ってしまった。なんだなんだ、今までクール系キャラだと思ってたのにこんな表情もするんだな。

 新たな一面を見れてちょっぴり嬉しかったりする。


 でも、レオネの言う大人の階段の定義が良く分からない。

 ココロとは出会った初日の夜に一緒のベッドで寝た。その時にペンギンの寝袋に包まれたココロをぎゅむっと抱きしめたし(死ぬかと思ったとココロは言う)、互いの身体を大浴場で洗いっこもした。


 つまり、


「うん、もうココロとはそういうの全部やったぞ」


「……な」


「……ふっ。何を当たり前のことを。私たちは『大人』なんですから、当然のことですよ。レオネッサ王女殿下」


「いや、まだお酒とタバコはダメだからな?」


 ココロのキャラがなんか変な気がする。まるでオセロで十連勝した後のような爽やかな笑顔を浮かべている。

 レオネは愕然と目をかっぴらいている。

 ココロはますます光のオーラを振りまいて、辺りを照らしていた。殺菌できそうだ。


「なんか知らないけど、今度一緒に、わたしたち三人で大浴場に入るか? たぶん、皇帝とかに頼んだらレオネだったら入れてくれそうだし……」


「さ、さんぴー!?」


 何だよそれ。


「リアちゃん……? 嘘だよね……? アズサちゃんに続いて隣国の王女にまで手を出すの……?」


 今度はココロがふらふらと崩れ落ちた。光のオーラは消え失せて、闇のオーラが漂い始めた。ジメジメしてる。カビが生えそう。

 なんだか良く分かんないけど、二人仲良く座ってるし。喧嘩とか始めなくてよかったよ。


 ──ふと、花のような香りが漂った気がした。


「なに……?」


 視界の端でゆっくりとメルキアデスが立ち上がる。まるで関節の可動域を無視したような動き方だ。素直に気持ちが悪い。


「っ、そうです! ラーンダルク王国の神殿には『簡易復活』があって……!」


 レオネが叫ぶと同時に、メルキアデスの身体から魔力が爆発するように膨れ上がった。


「油断するなよ、帝国の者ども!」


「──【代行者たるゴストウィンが命じる】」


 ルナニア帝国の聖女たちに出番を取られて、しょんぼりしていたアスターリーテが大量の機械人形を並べて、メルキアデスの近くにいた聖女たちを庇う──


「【光の精霊よ 彼の者たちを分解せよ】」


「伏せろッ──」


 それは、真っ青な光の渦だった。

 青白い光は全てを焼き尽くして、融解させて、揮発させる。アスターリーテの機械人形が次々と壊れていく。それをさらなる物量とラボの隔壁が塞いでいく。


 壊れて、溶けて、また塞いで。

 地獄のような消耗戦は、唐突に終わった。


 やがて、爆炎が収まると、ぽっかり大口をあけたクレーターが形成されていた。ラボの半分以上が消し飛ばされており、何も残っていない。


「一緒に、来てもらおう……ッ!」


「きゃっ!?」


 粉塵の中から手が伸ばされ、レオネの手首を握った。そのまま引きずり込まれてしまう!


「レオネっ!?」


「リリアスさん……助け──」


 レオネが最後に伸ばした手を、わたしは取れなかった。メルキアデスの拳が、わたしの頬を強かに打ちつける。

 声もあげられず壁に叩きつけられた。


 肺が圧搾され、空気が強制的に絞り出される。


「ッ、あ──」


 意識が否応もなく刈り取られる。


 暗闇に沈む視界に一斉に飛びかかる聖女たちと、彼女たちを薙ぎ払ってこちらを睨みつけるメルキアデスの姿が映った。


「これまでだ──全てを持って、お前を殺してやる」


 粉塵が晴れる。


 ──メルキアデスとレオネ、二人の姿は、どこにもなかった。

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