60.『レオネ奪還作戦開始!』
頬がひりひりしている。
全身が痛い。筋肉痛とかそういう類の痛みではなく、マジモンの血が出るような痛みだ。
ぐらぐらと揺らされている。痛いから揺らすな、と言おうとしても何かが口に詰まっており、声を発せない。
目を開ける。
「むぐっ!?」
わたしの口にぶっといネギを突っ込んで呪文的な何かを唱えているココロがいた。意味分かんねぇ!
「リアちゃん!? 起きた!? ネギの効果あった!?」
「なぜネギなのだ……?」
「えっと、アスターリーテ様。ルナニア帝国の一部地域では、風邪をひいたときにネギを用いた呪術的治療法が──」
それどこの与太話だよ。
とりあえず口に詰め込まれているネギを吐き出して、起き上がろうと──
「おや、ようやく起きたか。しかし、騒ぐな。落下して脚を砕きたくはあるまい」
アスターリーテの声が聞こえる。
「え……」
周囲の景色は暗い。でも、風がある。背後に景色がどんどんと流れていく。
どこかの地下通路っぽい。そこを、わたしは高速で移動しているのだ。
台のようなものに乗せられている。それが猛スピードで地下通路を突っ走っている。
「どうなってんの」
車輪でもついているんだろうか。でも、こんなでこぼことした地下通路を走れる車輪なんて……。
自分が乗っている台の接地面を見る。
脚があった。
多脚が虫っぽい動きで、私を乗せたままカサカサと全力疾走していた。
「な、なんだよ、これ!?」
「私の開発した汎用運搬機だ。昆虫を参考にし、六本の多脚を存分に活用した新作だぞ。揺れは従来の十分の一に抑え、騒音は三分の一にした。名前はアルトラスラムス君。自信作だ!」
「そんなの聞いてねぇよ!」
「リアちゃんっ、大丈夫!?」
ココロが思いっきり抱きついてきた。
「ぐへっ!?」
弾力性のあるものがぶつかってくるが、しかし、わたしの傷は弾力たっぷりのメロンがぶつかった感触さえも痛みに感じてしまう。
「……うぅ……! いたい……」
「あっ、ご、ごめんね!? まだ傷が治ってなかったんだ……【代行者たる我が名はローゼマリー 治癒の権能よ 彼の者に祝福を】……」
キラキラとした魔力の光が傷に染み込んでいく。わたしの身に纏っているドレスがボロボロになっていた。他にも火傷や切り傷が無数にある。一番ひどいところは顔だろうか。
結構腫れているとみたけれど、ココロが治してくれたみたいだな。
「ありがとな、ココロ。助かったよ」
寝起きに見たココロ──わたしの口にネギを突っ込んでぶつぶつと一心不乱に呪文を唱えてる光景なんて、きっと何かの悪夢だろう。
「そ、そんなことないよ……私、これしかできないから……」
謙遜することなんてないんだぞ。
「ううん、ココロがいなければわたしの美貌が台無しになってたかもだし……だから、ありがとう」
「……うん。分かりました。えっと、えへへ……」
天使のような微笑みを浮かべてくれる。やっぱりココロはこの物騒な世界で数少ないわたしの癒やしだな。間違いない。
「……それで良いのか、ココロ・ローゼマリー」
アスターリーテは半目でこちらをじっとりと見てきた。
おいおい、わたしたちの友情に文句でもつける気か? 表に出てもらっても構わねぇんだぜ?
「して、状況は理解しているな?」
「……ん? この変態機械で地下通路を爆走してる、この状況?」
「アルトラスラムス君を変態と言うな。突き落とすぞ」
「ひえっ、ご、ごめんなさい……」
「リアちゃんをいじめないで! あなたを突き落としますよ!!」
「待ってココロ、落ち着いて……っ」
正直全く意味不明である。
なんでこうなってるの?
「まず、リリアス・ブラックデッド。お前はメルキアデスに殴られて昏倒した」
「……あー」
曖昧な記憶が蘇ってくる。
聖女たちに集団リンチされて殺されたメルキアデス。しかし、ラーンダルク王国の神殿には『簡易復活』という祝福が与えられているのだ。
それを用いて即座に蘇ったメルキアデスは、わたしに不意打ちを食らわせて──
「っ、そうだ! レオネはどこに!?」
フラッシュバックするのは、レオネがメルキアデスに掴まれて向こうに消えていくところ。
レオネは手を伸ばしていた。──それを取れなかったのは、わたし。わたしはレオネを助けられなかった……!
今すぐメルキアデスを殺さなければ。レオネ助けるんだ!
飛び出そうと身を乗り出した瞬間、ワンピースの裾を掴まれてズベッ、と転んでしまった。
アスターリーテが裾を掴んでいる。
「なにすんだよ!」
「落ち着け、ブラックデッド。既にレオネッサ殿下を助け出す作戦は進んでいる」
「わたしをブラックデッドって呼ぶな! リアって呼べ!」
「本名を呼んで何が悪いのか。野蛮国家の将軍を愛称で呼ぶ方がよほど気色悪いわ」
「んだとおまえ! 後わたしは聖女だ!!」
殴りかかろうとして、ふと気づく。こいつにはロケットパンチがある。当たれば死ぬ。
わたしは死ぬと普通に死ぬ。神殿復活なんてできないと元大聖女イザベラに言われた。
落ち着け落ち着け。
わたしは心穏やかな聖女なのだ。殴るだなんて野蛮なことするわけがない。しんこきゅーしんこきゅー。
「……悪かった。話を続けてくれ」
「リアちゃん……?」
ココロはいつの間にかアスターリーテの背後に回り込んでヘッドロックをかけようとしていた。ココロ……?
「……良く分からんやつだな、お前は」
アスターリーテは訝しげな顔をしたまま、話し始める。
「お前が殴られてすやすや眠っている間に、ルナニア帝国の聖女たちが王城に正面突破を仕掛けている。王城は半壊し、火に包まれて……まるで地獄絵図の有様だが、民間人には手出ししないとの約束を結んだ。恐らく大丈夫だろう」
「なにしてんの!?」
うちの聖女たち、血の気が多過ぎないか?
「彼女たちには、陽動とラディストールの救出を頼んである。そして、私たちが本命だ。──メルキアデスを叩き、レオネッサ殿下を取り戻すぞ」
ここは王城に続く地下通路だという。つまり、わたしとレオネが王城から脱出するために走ってきた通路。
まさかこんなすぐに、それも変態機械に乗って戻ってくるだなんて。
「メルキアデスはどこにいるんだ?」
「最後の『千年甲冑』がある場所だろう。──ラーンダルク王国の地下に広がるルシウス旧王都。普通に潜るだけではたどり着けない。旧王都は王家が異界化して封印してある。『銀のペンダント』はその異界化を解く機能があるのだ」
「……なんでそんな大切なものを外に出しておくんだよ。厳重に金庫とかで守れよ」
アスターリーテはため息をつく。
「その金庫の鍵をどうするつもりかね」
「……」
「それに、お前たちルナニア帝国の三大将軍とかいう血に飢えた気狂い連中が壊せない金庫など想像できない。ならば王女の首飾りにしてしまおう。王女に手を出せばラーンダルク王国の正式な外交問題として他国を味方につけることができる」
「……めんどくさいなぁ」
「ルナニア帝国が脳筋過ぎるのだ」
それは一理ある。
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