54.5.『明日は我が身』
そろそろ本気で亡命しようかなと思っている。
同期であるココロ・ローゼマリーが勇者に選ばれた。勇者に選ばれなかった聖女候補なんて無職の根無し草である。クロエ・マッキンジャーはこれからどうしようかなと半分現実逃避していた。
しかし、あれよあれよという間に、大聖女であったイザベラは魔族と手を組んでいたことが分かり、悪いことをしようとしていて、それを止めたのはブラックデッド家のリリアス・ブラックデッドとココロ・ローゼマリーということになっていた。
そうして、リリアスは准三大将軍に。なんかココロは勇者についていくどころか、リリアスの秘書官になっていた。たった一晩の内に何があったのだろうか。
結局、クロエは王城で雇われる事になったのだが──
「あの……」
皇帝陛下の【転移門】でルナニア帝国とラーンダルク王国の国境線に送られてから、ルナニア帝国の復興支援団体は相手側の都合がまだ整っていないとのことで待ちぼうけを食らっている。
「まだなんですか……まだラーンダルク王国からの返事はないの……? リアちゃんが待ってるんだよ……リアちゃん、どこにいるのリアちゃん……」
目の前でココロ・ローゼマリーは爪を噛んでブツブツと一心不乱に呟いている。その手はペンを握ってメモ帳にガリガリと何かを書き込んでいた。
タイトルは『リアちゃん監禁計画』。身内に犯罪計画を立てているやつがいる。
怖い。あと、爪を噛むのは良くないと思う。
「あの、すいません……!」
クロエは見習い聖女だ。そして、見習い聖女とは聖女になるまでの間、過酷な試練(つまり程度のいい雑用)が待ち受けている。
とりあえず料理の得意だったクロエは、復興支援団体の料理当番を任せてもらえることになっていた。しかし、誤算がひとつ。
それは、ルナニア帝国の頭のおかしいやつらと会話をして食卓についてもらわなければならないということ。
まず、王城メイドたち。
復興支援団体の身の回りの世話を担当するはずなのだが、ここについてからどこからか取り出したワイヤーを整備し、無言で包丁を研ぎ始めた。明らかに仕事人のプロフェッショナルな雰囲気が出ていた。ルナニア帝国の王城メイドは忍者なのかもしれない。
続いて、帝国軍の幹部たち。
食事に呼んだらテントが吹っ飛んでいて鍛錬場が血まみれだった。論外である。
比較的楽だったのが復興支援団体の要である聖女たちだ。
クロエの先輩である彼女たちは、ガールズトークに花を咲かせており、クロエの呼びかけに快く応えてくれた。……そのガールズトークの内容が『どのメイスが一番人を潰しやすいか』とか『モーニングスターってぶっちゃけ見た目だけだよねー』とか、そういう話だった。聞こえないふりをした。
クロエ・マッキンジャーは外国から──ルナニア帝国の結構東にある国、『枢緋境』から一家揃って引っ越してきたばかりだった。
ルナニア帝国は野蛮国家という噂というか、共通認識はあったものの、まさか聖女までもが染まっているだなんて……。
「はぁ……はぁ……リアちゃん、リアちゃん……」
現に、大聖女から『白』評価を受けた新進気鋭のココロ・ローゼマリーでさえ、なんだか闇堕ちしている。
この国はほんとにどうしてしまったのだろう。誰か心の内をさらけ出せる人はいないものか。鬱になりそう。
「ご飯、できましたよ……」
「……リアちゃんの靴下はまだ残って……あ……す、すいませんっ!?」
懐をゴソゴソしていたココロはクロエに声をかけられると耳まで真っ赤に染まって飛び上がった。
何を取り出そうとしてたんだろう。そういうのはいいから早くご飯を食べてほしい。
「あっ、クロエちゃん! ご飯作ってくれてありがとう! んん〜、いい匂いだね! 一緒に食べよ?」
「あ、その……私はもう食べたので……」
「そっか……残念。でも、ありがとね! クロエちゃんの料理、とっても上手だから後で教えてくれると嬉しいな」
「……し、失礼します」
「おやすみ〜、クロエちゃん!」
さっきまでの闇堕ちモードが嘘だったように所作良く丁寧に受け答えしていくココロを見て、クロエは戦慄した。──間違いない、こいつはサイコパスだ。
こうしてクロエの中での『ルナニア帝国、頭おかしいランキング』は今日も更新されていく。
ちなみに一位はぶっちぎりで皇帝陛下。二位はリリアス・ブラックデッドである。先日、大浴場で遭遇したときには心臓が破裂しそうだった。名残り惜しげにこちらに向かって手を伸ばす彼女の姿が忘れられない。きっと、あの手はこちらの首をへし折ろうとしているに違いないのだ。
クロエ・マッキンジャーは十六歳。退屈な学園生活の途中で聖女募集の新聞を見つけて応募した。
お国のために、役に立ちたいとかそんなことを話したような気がする。
両親からは心配されたが、どうにか説得して最後には笑顔で送り出してもらった。
……どうしよう。聖女やめたい。というか、この国から出ていきたいよ。
両親は知らない。
クロエの心の内に秘めた泣き言を。
クロエが学園で、実は友だちがいなかったことを。だから逃げ出すようにして聖女に応募したことを。実家で声が大きい系キャラだったことを。両親を心配させないように架空の友だちと遊んだ話を小一時間かけて考えていることを。
……クロエは、陰キャであることを。
両親は知らなかった。
どうやったら穏便に退職届を受け取ってもらえるか──そんなことをテントに寝っ転がりながら考えていたところ。
突如として、銅鑼の音が響き渡ったのだ。
それは復興支援団体が持っている『開戦の狼煙』的なものであり、なんでそんなものを用意しているのか意味が分からないクロエだったが、ココロ・ローゼマリーの鶴の一声がたるんでいた空気を引き裂いた。
「報告、魔石報告!! アリス・ブラックデッド閣下の元に救援要請が入りました!! 先行していたリリアス・ブラックデッド閣下がラーンダルク王国で指名手配されているとのこと!」
なんで……?
クロエは寝ぼけ眼を目をこすって状況の把握に努める。状況を把握しても頭が理解するのを拒んでいる。
隣で血まみれになっている帝国軍の幹部さんがうんうんと深々と頷いていた。……ほんとに分かってる?
「リリアス閣下は准三大将軍である以前に聖女です! つまり、敵──じゃなくてラーンダルク王国は我が国の聖女を攻撃したのです!! 復興支援団体を呼んでおきながら攻撃したのです!!」
ねぇ、今敵って言いかけてなかった? ねぇ?
「これは許されるべきではありません! 聖女は非戦闘員、非戦闘員への攻撃はれっきとした国際法に反します! 故に! 私たちは、今、聖女リリアス・ブラックデッド閣下を救出し、向かってくる逆賊どもを正当防衛で誅す必要があるのです!!」
「「「ウォオオオオオオオオオオオ!!!!」」」
「血の鉄槌を!」「殺せぇ!」「リリアス閣下を助けるんだァ!!」「正義を、徹底たる正義の砲火をッ!!」「皆殺し、皆殺しだァ!!」
ココロの扇動によって、復興支援団体はあっという間に殺人鬼集団に早変わりを遂げる。
クロエは絶望した。
なんでこうなった?
てか、ココロさん。あなたの本職は聖女ですよね。
三大将軍の秘書官の方がめちゃくちゃ似合ってますよ。
ココロはリリアスに会いに行けるとして、天使のような微笑みを浮かべている。
そして、逃亡兵は例え聖女であろうと魔法で撃ち殺される。
「父さん、母さん!! なんで私こんなところにいるんですかぁ!!」
だからクロエは泣き叫びながら、やっと血が見れると喜々として飛び出していく復興支援団体の背中を必死に追いかけるしかないのだ。
あ、国境警備隊の人たちが爆殺された。
検問所が炎に包まれている。
こうして、ラーンダルク王国に猛獣たちが放たれた。
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