55.『邪魔者は社会的に殺せ』

 扉を開けると部屋に閉じ込められていた冷たい空気が流れ出してきた。魔石灯ではない、冷たい明かりが転々と灯っていて辺りを照らしている。


 滑らかなリノリウムの床には埃は一切落ちていない。

 まるで表通りとは別世界だ。


 アスターリーテのからくり屋敷。

 それは、鉄と機械と電子回路で設計された屋敷。失われた前身のルシウス王国の名残りだとレオネは言っていたけれど……。


「はぇ……すっごい……」


 近未来感がすごい。ここだけ世界観違くないか?


「ルナニア帝国と国境を接していて、まだ攻め滅ぼされていないのは烈日帝がルシウス王国の技術を警戒しているから……そう言われています」


「そ、そうなんだな」


 それ、わたしに言っちゃって大丈夫なんだろうか。


 レオネが部屋を進んでいく。わたしもレオネの背中に隠れるようにしてびくびくとついていく。

 やがて、金属製の机の上に腰掛けている白衣を纏った若い女の人が目に入った。


「アスターリーテ」


 レオネが呼びかけると、その人は目を上げる。


 銀縁眼鏡が似合う素敵な人だった。彫りの深い顔立ちに滑らかな額。その瞳は真っ青で、頭の後ろで短く纏めた青みがかった黒髪はあちこちが跳ねている。


 ……めちゃくちゃ頭良さそう。


「アスターリーテは私の乳母のようなものなのです。幼い頃、良く遊んでもらいました」


「へぇ〜」


「その時にピッキングなども一通り教えてもらったのです。とても有意義な時間でした……」


「へ、へぇ……」


 教えたのお前か!


「ん?」


 アスターリーテはこっちを見てちょっと目を見開いたが、しかし、興味が失せたように目線を外した。


「助言を仰ぎに来ましたよ」


 レオネはアスターリーテに駆け寄る──が、その顔の前に手が置かれた。


「……待ちたまえ、レオネッサ殿下」


 アスターリーテはレオネに目もくれず自分の爪を弄り始めた。


 んん?

 なんだコイツ、態度悪いぞ!


「メルキアデスがクーデターを起こしたそうだな」


「ええ──」


「私はこういった面倒なゴタゴタには介入しない。頭が誰にすげ変わっても『ここ』は変わらないからな。技術が求められる限り、不滅だ」


 リノリウムの床をかつかつと靴で鳴らす。

 アスターリーテの背後には無数の機械や配線が入り乱れている。


「私はルシウスの残党だよ。もはや、今を生きる者ではない」


 要約するともう自分は定年退職したから後は勝手にやってくれ、とのことらしい。


 目の前の彼女をまじまじと見る

 何だよ、まだピチピチじゃんか。

 元大聖女のイザベラさんを見てみなよ。しわくちゃでも頑張ってたんだぞ?


「信じていないようだな」


 アスターリーテはわたしに向き直る。

 そして、自分の肩を捩じ切った。


「えっ!?」


 い、いきなりスプラッタ!?

 驚いて逃げ出しかけたが、しかし、血の一滴も流れていない。というか、肩と腕の接合面に機械が見えるような──?

 捩じ切るのではなく、部品を外したような感じ。


 どういうこと?


「この私の身体は機械人形だ。本体はラボの奥底で培養液に浸かっている」


「……映画とかで良く見るアレ?」


「そうだ。良く見るアレだ」


「すげぇっ!」


 こんな人が隣国にいたなんて驚きである。やっぱり世界って広い。ルナニア帝国の物騒な世界と違って、何だかロマンがあるぞ!


 つまり、アスターリーテの本体はしわくちゃのおばあちゃんということか。なるほどなぁ。


「では、協力していただけないということでしょうか。せめて話だけでも……」


「あまり私を落胆させてくれるな、レオネッサ殿下。王族との盟約で、私は内乱に関わらないようになっている。貴女の祖先との盟約を反故にできん」


「ねぇレオネ、この人働きたくないからってついに法律を盾にしだしたよ。ニートの鏡だよ」


「働きたくないからではないっ! 何だ貴様は!!」


 アスターリーテは目を見開いて怒鳴り始めた。


「ほんとに協力してくれないの? レオネがめちゃくちゃ頼んでるんだぞ?」


「頼まれて協力するぐらいならとっくに協力している……」


「……ねぇ、レオネ。こいつめんどくさいから殴っていい?」


「やめてくださいアスターリーテが死んでしまいます」


 何とか我慢する。めんどくせぇ!


「……なんなのだ、こいつは」


 何とも話が進まない。

 よし、ここは──


「メルキアデスってロリコン変質者なんだ」


「いきなり何だ!?」


 お、食いついてくれた。

 アスターリーテは幼い頃のレオネを育てていたという。つまり、娘も同然の存在だ。

 そこをぐりぐりしてやるぞ。


「このままだとレオネがメルキアデスと結婚させられることになるんだぞ。それでもいいのか?」


「……別に、あいつは首席騎士だ。クーデターを起こしたとはいえ、根は愛国心に満ちている。下手な相手にレオネッサ殿下をやるよりもそっちのほうがよほどいい」


 意外にもメルキアデスの評価は固いみたい。

 ……ならばっ!


 話が通じないことに、アリスとかドーラ姉さんならここでブチ切れて半殺しにするだろう。

 しかし、わたしは心優しき聖女だ。

 まずは、お話しすることが肝要だ。とりあえず──


「あいつって幼稚園の通学路に出没するらしいぞ。それも影から写真を撮りまくってるそうだ」


「……ん?」


 嘘である。レオネが真っ青な顔でこちらを見ているけれど、別にいいだろ。あいつのことなんて。


「そういえば学園で女子生徒の検尿が盗まれる事件があったみたいだけど、あいつが自分の部屋に盗んだ検尿を並べてニヤニヤしてるの知ってたか?」


「な!?」


 嘘である。めちゃくちゃ嘘である。メルキアデスに対する罵詈雑言を飛ばしているが、相手は敵だ。心が痛いとか、良心の呵責とかそういうもんは全部ゴミ箱に捨てて、にっこりスマイルを決めるのだ!


「女児誘拐未遂とかも起こしてたようなそんな気が──」


「よし分かった直ぐに行こうか」


 今までの表情を一変させて、机を蹴飛ばして迫ってくる。がしりと肩を掴まれた。ちょ、痛いって!


 でも、アスターリーテを味方につけることが出来た。

 作戦成功!

 くるりと振り返って、レオネに向かってピースサインを決める。


 やってやったぞ、レオネ!!


「……私、あなただけは敵に回しません。今決めました」


「ん? レオネは友だちだから敵になることなんてないだろ? 何言ってるの?」


 やっぱり、人とお話しすることって大切だ!

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