54.『涙を流したあの日の夜』

 流石にこんな風貌なので大通りを堂々と歩くことを止めて裏路地をジグザグに渡っていく。暗くて人のいないところを徘徊するというもっと殺人鬼的な行動になってしまったのは目をつぶろう。


 途中で衛兵の大群が表通りを通り過ぎた。まさかわたしたちを探しているのか?

 いや、確かに衛兵さんいらっしゃいという格好はしているけれども。


「この調子でトラブルを街中で何百回も起こせばメルキアデスは勝手に失墜するのでは?」


「それでいいのかお姫様」


 胃痛でメルキアデスを脱落させてもこの先率いていくのはレオネなんだぞ?


「あっ、今通り過ぎたところにカナブンがいました! それを衛兵詰め所に投げ込みましょう!」


「おいばか止めろ──なぁ、もうそろそろ休憩しないか……? わたし脚つりそうなんだけど……」


 わたしは今レオネを肩ぐるました状態で黒いコートに巻かれている。正直言って結構キツイ。


 レオネは、こういっちゃなんだけど見た目の割に重いし、(筋肉かな? 健康的でグッド)ひらひらとしたお姫様ワンピースが顔にビシバシ当たる。

 足元も満足に見れないからつまづきそうになるし、黒コートの中身は蒸し暑い。汗かきそうだ。このままではレオネのパンツはびしょ濡れである。


「そろそろです。今通り過ぎた古井戸の裏通りからもう三戸進んだところに──」


「まだぁ〜?」


「そのまま右に九十度旋回してください」


「ま、回ったぞ」


 黒コートの隙間からしか前が見えない。レオネの指示のお陰で前に進んでいるけれど、もう体力的にも精神的にも限界だ。


「そのまま真っ直ぐ二百歩進んで」


「んっ……!」


 今は心を無にしてレオネからの指示を聞いて、身体を動かすのだ! 


「円を描くようにくるくると大股で」


「……んん!」


「今です、そのままジャンプ!」


「やぁっ!」


「ダッシュ! 三本! 全力疾走!」


「とりゃあああああ!」


 ん?


「今向いている方向に出力最大レーザービームを撃ち込んでください!」


「できるかぁっ!!」


 黒コートを脱ぎ捨てる。あたふたしているレオネをゆっくりとおろしてやって(優しいね!)、だべー、と寝っ転がった。


 あー、疲れた。


 いきなりこんな体力使うなんて聞いてない。

 少し前まで引きこもりだったわたしが、今こんなことをしてるだなんて、昔のわたしが聞いても信じなかっただろう。


「プリティエンジェル様……まさかこんなになるなんて……」


 レオネが背中を擦ってくれる。ドレスから水筒から水まで出してくれる。映画とかで良く見る物を仕舞う系のスカートって中身どうなっているのだろう。肩ぐるましているときは暗くて見えなかった。


 あと、もう顔の包帯を外してもいいと思うぞ。


「体力、ないのですね。まるでミジンコです」


「ゴホッ、ゴホッ……! いきなりディスるなお姫様!?」


 水を美味しく飲んでいたのに、むせてしまった。


「ごめんなさい、私が調子に乗ってしまったばかりに……レーザービームは撃てば街は火の海、山は両断され、土石流で大変なことになってしまいます。それに気づかないなんて……私は王女失格です」


「そもそもわたしそんなの撃てない! 人間が撃つようなものでもない!」


 微妙にズレたようなことを仰るお姫様。世間のお姫様って皆こうなのか? 人間がレーザービームなんて撃てるわけねぇだろ。

 それはそうと、あんなに回ったり、ジャンプしたり、ダッシュしたりする必要はあったんだろうか。


「それで……目的地にはついたんだろうな」


「はい。ラーンダルク王国随一にして、当代最強の設計士──アスターリーテのからくり屋敷です。プリティエンジェル様のお陰で扉は開かれました」


 周りに人はいない。

 それどころか、随分と街の中心から外れて寂れたところに来ていた。


 わたしの目の前には、壁にめり込んでいるような不自然な形の扉があった。

 この扉の前で、わたしはダッシュしたり、ジャンプしたりしたのか。そういう仕掛けでもあるのかな?


 この先にレオネの期待する友だちが……?


「休憩がすんだら行きますよ。メルキアデスはこの場所を知っています。監視の目はありませんでしたが、いずれ尻尾を掴まれてしまいます」


「ち、ちょっと待ってよ」


 慌てて起き上がって、服をパタパタして埃を払う。


 レオネのお友だちに会いに行く。

 つまるところ、それは、友だちのお友だちに会いに行くということだ。


 苦い記憶が蘇る。……あれはアリスが学校の友だちを家に招いたときだった……わたしは久々の来客に少し変なテンションになってしまったこともあって、引きこもりにも関わらずアリスの友だちの前に出てきてしまったのだ……。


 それからのことは良く覚えていない。

 空気が地獄だったということは良く覚えている。

 家族の友だちというか、友だちの友だちというか──そういう人たちに変な距離の詰め方をしてはいけない。


 そう、思い知った十四の夜……。わたしはトイレで泣いた。


「プリティエンジェル様?」


「だからなぁ! 怖いんだよ! 人っていう生き物はこっちがちょっと距離感を間違えるとすぐに離れて行ってしまうんだっ! この前だって城のメイドをちょっとお茶に誘ってみたら殺人鬼を見るような目で見られて逃げ出されたし、皇帝に数合わせで誰か誘ってこいって言われただけなんだぞ、わたしのせいじゃないだろ!? それにアリスは友だちができるたびにうちに連れてくるんだ、わたしが部屋に引きこもって、ベッドの上で布団を被ってぶるぶる震えてるときもいっつもいっつも扉をぶち壊して入ってきて、『おねーちゃんにあたしの友だちしょーかいしてあげるっ!』とか言うんだっ! どうせあのリア充は自分がどんなに輝いてるのかを見せつけて悦にひたってるんだよ! それにそれに──」


 負のオーラを身にまとったわたしはもはや動かざること山の如し。世界に対する不平不満が口から止まらない!


 レオネががしりとわたしの腕を引っ掴んでぐいぐいと扉に入っていく。……いや、力強っ!?


「せめて練習! 友だちの友だちと話す練習させて!」


「意味が分かりません」


「分かれよ! 全人類共通の命題だろ!!」


 わたしの叫び声は、閉まる扉にかき消された。



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