52.『飴玉とチョコレート』

 レオネは手早くテーブルの上を整えて、部屋のすみにあった木箱をドンッ、と置いた。


「ラーンダルク王国の非常時糧食です」


「お、おう……」


 インパクトがすごい。

 木箱の中身は瓶詰めがずらりと並んでいた。お野菜の漬物に、お肉の漬物……知らない木の実の漬物に知らないお芋の漬物。て、全部漬物じゃんか。その隣には乾パンもこれまたずらり。


 いや、文句は流石に言えない。

 食べさせてもらうわけだし……でもなぁ……。

 自分のワンピースのポケットを漁ってみる。ゴソゴソ。


「あっ」


 飴玉を見つけた。たまーに口の中が寂しくなるんだよね。そういうときのために飴玉は常備しているのだ。

 これもテーブルの上に出しておくぞ。


「瓶詰めはお嫌いですか? プリティエンジェル様?」


「……ん? い、いやいや大好きだとも! デリシャスフードにセンキュー!」


「口調がおかしなことになっていますよ」


 人の出してくれた食事にケチをつけるなんて畜生のすることだ!

 わたしはレオネに見せつけるようにして、瓶詰めの一つを開ける。お肉の瓶詰めみたい。鼻を刺すような刺激臭がするけれど、構うものか!


 瓶詰めを傾ける。牛乳を一気飲みする要領でごくごくばりばり、ごっくん。


 ……。

 あ。


「う、おヴェ、ェエエエエ!!」


 盛大に後悔した。


「水を、水を飲んでくださいっ!!」


 なんだこれなんだこれ!!

 めちゃくちゃしょっぱいし、酸っぱいし、辛い!

 それにお肉かと思ったら、クラゲみたいな食感だったんだけど!?


 レオネが持ってきてくれた水を一気に飲み干す。

 人類の終末をテーマにしてあんな味を作ったと言われても納得してしまう。むしろ本当だったら百点満点を送りたい。


 水……水をもっとちょうだい……。

 ……うう、まださっきの味が残ってる……。


「……さっきの、何の瓶詰めだったの……?」


 わたしが放り投げた瓶と、そのラベルを見てレオネは沈黙する。そして、瓶をゴミ箱に捨ててふるふると笑顔で首を振るではないか。


「何でもありません。ただの瓶詰めです」


「その中身を知りたいの!」


「ダイオウイカの辛味噌漬けです」


「え、わたしダイオウイカ食べたの?」


「そういうことにしておいてください」


 なんてことだ。後でアリスに自慢しなきゃ!

 隣で黙ったまま笑みを浮かべているレオネには、なんだか釈然としないけれども。


「じゃあレオネも瓶詰めを──」


「あ、結構です。私はこの備蓄チョコレートと乾パンを食べますので」


 瓶詰めを差し出すもあっさりとスルー。レオネは木箱の底に薄く敷き詰めてあるチョコレートを取り出した。


 ん?

 レオネって瓶詰め愛好家じゃなかったの?


「はい、どうぞ。あんなゲテモ──ではなく、古い瓶詰めを食べるよりは、食べ慣れているこちらの方がプリティエンジェル様にはよろしいでしょう」


 パキッ、とチョコレートを割って差し出してくれる。

 そのまま口に加えると、普段食べているものより甘さは控えめだけど、しっかりとしたチョコの香りが口いっぱいに広がった。


 わたしは思わず涙をこぼしそうになってしまう。やっぱり甘いものは嘘をつかない。あんな瓶詰めなんか二度と食べるものか。


 レオネはチョコレートを抱え持つようにしながら、カリカリと小さく歯型をつけて食べていく。かわいい。小動物みたい。


「……先ほどの瓶詰めは、恐らく両親の好物がそのまま残っていたんでしょうね」


「レオネのお父さんお母さん……ってことは、ラーンダルク王国の王様と王妃様?」


「はい、そうです」


 レオネは考え込むような表情でチョコレートを食べていく。小動物みたいな食べ方なのにすごく食べるのが早いぞ。わたしも負けるものか! ボリボリボリ……。


「……でも、私、実は両親のことあまり良く知らないんです」


「ん?」


 って、早いな!? もう食べ終わったの?

 レオネは、次にわたしの出した飴玉を口に含んだ。ふふん、それは帝国軍のおじさんに定期的にもらってるチョコミント味の飴玉だ。お口の中、爽やかになってしまえ〜。


「レオネって引きこもってたんだろ? なら──」


 と、ここでレオネの言っていたことを思い出した。


 王様と王妃様は、アリスがぶち殺したと。


 たらり、と背筋に汗が垂れる。

 後、隠そうとしたみたいだけど、飴玉を吐き出したのをわたしは見てしまった。レオネはどうやらチョコミントが嫌いみたい。美味しいのに。


「ま、まぁ? 別に良いんじゃない? 両親のことを良く知らなくったってレオネはレオネのお父さんお母さんの子供だし、気に病む必要はないよ」


 レオネはなんと家庭事情を気にする引きこもりだったようだ。なんて素晴らしい引きこもりなんだろう。わたしが引きこもってたときなんか、お父さんお母さんのことなんて一切何にも気にしなかったもん。


 家族が戦争に言ったとか、妹が他国の重役を殺したとかそういう話ばっかだったし。一々気にしてたら精神が崩壊する。


「わたしも両親のことなんてそんな知らないし……どこで出会って、プロポーズの言葉は何だったのかーとか。お母さんの年齢とか……」


 お母さんの年齢。これ、実は知らない人結構いると思います。

 レオネはわたしの話を聞いて、笑ってくれた。


「……プリティエンジェル様の家族は、とても暖かいんですね」


 王族の家庭事情は複雑なようだ。

 権力争い? 虐げ?

 そんなのわたしが許さないぞ!


「レオネの家族は違うのか? もし困ったことがあったらいつでも相談していいぞ。妹を送り込んで皆殺しにできる」


「皆殺しはしなくていいです」


 そっか。残念。


 レオネの透明な瞳は、どこかを見つめる。

 表情は笑顔のままだ。


「……レオネ?」


 わたしはレオネが寂しそうだと思った。笑顔なのに、なんでだろう?


「私は、自分の家族が冷たいのか、暖かいのか……そんなことすら分かりません」


「……」


「食事はすみましたか? お腹、いっぱいになりました?」


「あ、うん」


 わたしもちょうど食べ終わった頃だった。


「では、作戦会議の続きを──」


「……ちょっと待って」


 わたしは自分の胸にある固い感触を思い出した。これさえあれば、メルキアデスもラディストールも一息に解決するかもしれない。


「プリティエンジェル様? いかがなされましたか?」


「レオネ」


「はい」


「……わたし、トイレ行きたい」


「……はい?」


 別に本当にトイレに行きたいわけじゃない。

 一人になって、胸ポケットにある感触──帝国軍直通魔石を使いたいのだ。

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