51.『作戦会議』

「うぅ……シャワー浴びたいです……」


 途中でレオネの髪の毛が酷いことになったが、何とかはしごを登り切ることができた。

 城下町の郊外にあるという小屋は狭い木造だったが、椅子もテーブルも用意されている。埃まみれというわけでもない。どうやら定期的に掃除されているようだった。


 ぜぇはぁしているわたしに向き直り、レオネは身をかがめた。


「その傷……」


「ん? あのロリコンに斬られたときに、ちょっとな」


 レオネが指をさしたところには頬に一筋の切り傷が刻まれている。そこまで深い傷ではないが、落ち着いてくるとぴりぴりと痛んだ。メルキアデスに斬られた傷だった。

 ……いきなり刃物で斬りつけてきやがって。後でご飯に下剤でも混ぜて仕返ししてやろうか。


 レオネが何だかとっても心配そうな顔をしているので慌てて手を振る。


「別になんてことないよ。ほら、魔法とかでなんとかさ──【代行者たる我が名はブラック──」


 ん? ちょっと待ってよ。

 自分の名前を代行者として唱えなくちゃいけないから、レオネの前だと魔法使えないじゃん!


 恐る恐る半目でレオネの方を覗き見る。

 めちゃくちゃ純粋無垢で輝石のような透明な瞳が胸をえぐった。……裏切れないよな。こんな綺麗な目をした人だもん。普段清楚な人ほど怒らせると怖いっていうし、今レオネを敵に回したらラーンダルク王国がわたしの死地になってしまうかもしれない。


「プリティエンジェル様?」


「べ、別に、こんくらいの傷なんてほっとけば治るってーの……」


 慌てて傷を隠そうとしたが、その手ががしりとレオネに掴まれた。もう片方の手も。


「なりません、プリティエンジェル様」


 膝裏に脚を入れられて身体がかくんと下がり──いつの間にか、レオネに両手をホールドされて押し倒されていた。 


「はぇ……?」


 長い銀髪が重力に引かれて、まるでカーテンのように周りの景色を覆い隠す。ふわりと漂う甘い香り。目の前には綺麗なお顔。……レオネの顔しか見えない。


「プリティエンジェル様……」


「な、なんだよ……」


「……」


 妙な空気に呑まれて思わず声が小さく、か細くなってしまう。わたしこんな声出せたのか。また新たな学びを得てしまったな、えへへ。


 どこか現実逃避にそんなことを考えていると、レオネは上気したように赤らめた顔をそっとこちらに近づける──


 ぺろ。ぺろぺろ。


「ひゃん、あっ……」


 なんと傷を舐め始めたじゃないか。……まあ確かに軽い切り傷ってつい舐めちゃうことってあるよね。うんうん。


 うん……?


 いやいやいや!


 まず絵面がヤバい。そして、一国のお姫様にさせることではない。こんな現場を誰かに見られてしまえば、リリアス・ブラックデッドの人生は即終了だ。

 翌日には断頭台の前で石を投げつけられているだろう。


 わたしは死にたくねぇ!!


「ち、ちょっと……!」


「動かないでくださいね……あむ」


「ひんっ!?」


 耳をかぷりと甘噛みされた。……こ、こいつ……!?


「わ、わたしは……」


 最後の力(理性とも言う)を振り絞って、


「……そ、そういうのは……えっちだから、やっちゃいけないんだぞ!」


「……?」


 法律を、盾にした。




「……で、作戦会議するんだろ? ラディストールはなんて言ってきたんだ?」


 息も絶え絶え(服も乱れてちょーせくしー)なわたしにそう言われるとこほんと小さな咳払いした。耳から小さなイヤリングを外す。

 そして、手のひらにかざすと──


 ブォン──と音を立てて青白くて小さなラディストールが出てきた。

 いつの間にこんな顔色が悪くなったんだろ。人生に疲れたのかな?


「立体映像です。失われたルシウスの技術を何とか復元したものなのですよ。……ラディストールからメッセージが送られてきました」


「はぇ……かっこいいなぁ」


 ラーンダルク王国の技術ってすごい。

 青白いラディストールが喋り始める。もう一つの声はメルキアデスだろうか。腹がむかむかしてくるような声だ。


「私たちがメルキアデス率いる軍部を倒すには、まず仲間を見つけなければ。数的有利は戦争の基本です」


「えぇ、戦争すんの!? 自分の国で!?」


 物騒な話になってきた。まさしく、内乱といったところか。

 聖女としてラーンダルク王国にやってきたのに、何でこうなったんだ? 聖女っていうのは、もっとこう……平和的な存在じゃなかったか?


「七並べとかで平和的に解決しようよ」


「相手はプリティエンジェル様の身体で七並べしようとしていましたけどね」


「……」


 いや、どういうことだよ。


「恐らくですが、四肢と首、胴体を二つに引き裂──」


「具体的に説明しなくていいよっ!!」


 想像させんじゃねぇ。あのロリコン変質者ならやりそうだから怖いのだ。わたしはトランプ(物理的)じゃないぞ。 


 話の話題を変えよう。さもなければわたしの正気度が底をつきそうだ。……ブラックデッド家に生まれ育った時点で最初からマイナスに限界突破しているとか、そういうのはナシだぞ!


「レオネは仲間を見つけたいんだよな? そういう友だちいるの?」


「友だち……というわけではありませんが、信頼できる方がいます」


 おお、流石お姫様。根絶やし聖女とか物騒な通り名つけられて友だちが片手で数えられるほどしかいないわたしとは雲泥の差だ。


「なら早速その人たちに会いに行こうよ……って、そっか。城下町の人たちにばれないようにしないと」


 たぶんというか確実にわたしとレオネはメルキアデスの手によって指名手配されているだろう。

 いそいそとスカートの下に手を伸ばすレオネを押し止める。


「パンツを被るのはナシだ」


「そんなぁ」


 パンツに対する信頼が半端ではない。レオネは昔、パンツに命でも救われたことあったのだろうか。

 しかし、どうやって衛兵たちの目をかいくぐろう? ソフィーヤさんなら透明化の魔法とか使えるだろうけれど、わたしは残念ながら回復の魔法しか使えないし。


「プリティエンジェル様、ちょっとこちらに」

「ん? パンツは被らないぞ」


「いえ、そうではなくて」


 レオネは小屋の中を調べていたようだった。そして、クローゼットから大きなコートを取り出す。とっても大きな黒コートだった。背の低いわたしの優に二倍はあるだろう。おおよそ人間が身につけるサイズとは思えない。


「でかいな」


「ええ、とってもでかいです」


 そのまま沈黙。


「黒いな」


「ええ、黒光りしてますね」


 なんだこの空気。


「と、とにかく……そのコートで何をするつもりだ?」


「私たちが肩ぐるまして、このコートを羽織れば、見つからないと思いませんか?」


「……?」


 レオネの目は何だかとてもキラキラしている。

 いや、確かにわたしとレオネが肩ぐるますればコートを羽織ることはできるだろうけれども。肩ぐるましている部分はコートで隠す……


「え、顔は?」


「これで隠します」


 レオネが次に取り出したのは赤黒い染みがたっぷりついた包帯だ。……もしかして、血? もしかして、昔に使われたやつが──助からなかった人を弔うために包帯だけでも遺しているとか……?


「あ、この染みは大丈夫ですよ。雰囲気作りの食紅なので」


「……」


 なんだろう。この世の中っていっつもわたしの想像の斜め下を突っ走るよね。


「……なんでそんなもんが王族の避難小屋にあるんだよ」


「負傷したと見せかけるために使われたと聞きます。つまり騙し討ちです。こんな包帯巻いていたら手荒な真似はよほどのことがない限りできないでしょう?」


「……で?」


「こちらが弱っていると油断している隙に、素早くグサッと。古来より伝えられてきた王家の秘技です」


 やば過ぎるよ、ラーンダルク王国。


「これで顔をぐるぐる巻きにすれば──」


「いやいやいや! 怖すぎるだろ!!」


 身長が二メートル強あって?

 顔を赤黒い包帯でぐるぐる巻きにして?

 黒光りするコートを羽織って?

 もたもたと歩いている?


 大振りのナタとか持てば完璧だ。わたしだったら即警察に通報するね。


「しかし、これしか手段はありませんよ?」


「ぐぬぬ……」


 頭を抱えて呻いてしまう。

 そのとき、わたしのお腹からぐうぅ、という間抜けな音がなった。


「プリティエンジェル様……?」


 自重しろよわたしのお腹。


「あー、と。レオネ」


「はい」


「……わたし、お腹がすいた」


 恥ずかしい。真面目な話の途中にお腹を鳴らすとか、まるでわたしが何にも聞いてないただの食いしん坊みたいじゃん。


 耳まで真っ赤に染まっていたに違いない。そんな私の言葉を聞いて、レオネはなぜか手をわきわきさせていた。


「レオネ……?」


「……あ、はい。では、小屋に常備されているはずの糧食を出しますね」


 レオネってたまに変になるよね。手の動き、なんかエロいし。

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