43.『復興支援』

 次の日の朝。時刻は午前八時。

 眠い。明らかに人間の活動時間外である。五時間後にもう一度呼び出してくれと言いたいところだが、時間を守らなければ殺されるので行かなければならない。


 わたしが皇帝に呼び出されたところは王城の上層の部屋『星見の天蓋』だった。ちょっといい感じの装飾(めっちゃかわいい皇帝の自画像)が飾り付けられていて、天井には星座が描かれている。なんでも外交用の部屋らしい。

 ルナニア帝国の外交は、古来より脅迫と拷問のハイブリッドである。『外交』という意味をちゃんとした辞書で調べてから国家運営してほしい。


「昨日は悪かったわね。後処理に追われて命令を下すこともできなかった」


 机を挟んでわたしの対面に座る皇帝は、そう言いながら紅茶のカップを差し出してきた。

 めちゃくちゃ高級な茶葉を使ってるんだろうが、わたしは紅茶よりオレンジジュースの方がいい。


「一生後処理に追われててくれ。わたしは寝る」


「もう終わったわ。直属の建築班が一晩で仕上げてくれたの。流石は余の下僕たちね」


 これである。従者をこき使う悪魔のような女だ。

 一口紅茶を飲む。なんとなく渋かったので、角砂糖を一つ入れる。


「それであの男は何なんだよ。昨日、姉さんの魔法が直撃してもピンピンしてたぞ。人間じゃないだろ」


「魔王よ。フルネームはキルケゴール・ガーネットスター」


「へー魔王ねぇ──って魔王!? あの魔王か!?」


 マジ? マジモン!?

 思わず立ち上がった拍子に、角砂糖の瓶の蓋が外れて、どぼどぼっ、と入ってしまった。

 たぶんめちゃくちゃ高級な紅茶(角砂糖十二個入り)の完成である。


「あの魔王がどの魔王か分からないけど、たぶんその魔王よ。不可侵条約を結びに来ていたみたいね。平和条約ともいうかしら」


「だったらなんで殺し合いになっちゃったんだよっ! アリスをけしかけなければ普通に終わったんじゃないの!?」


「気分よ。あいつの顔を見るだけでそういう気分になるの。今回は我慢したほうよ」


「野蛮人! 殺人鬼! スズメバチ!」


 ちょっと待ってほしい。一旦整理しよう。


 えっと、魔王がやって来て平和にしましょうって条約を持ちかけてきて?

 それを皇帝がなんか知らないけど魔王の事を煽ってブチギレさせて?

 皇帝が刀を振り回すアリスを突っ込ませた?


 うん、間違いないな。


「皇帝ぃいいい!! おまえのせいだろ、世界が平和にならないのって!!」


「心外だわ。あの魔王だって、昔はやんちゃしていたのよ?」


「昔は昔、今は今っ! 過去の出来事を持ち出すから争いの連鎖は止まらないんだよ、いいかげん学習しろよっ!!」


 その言葉に驚いたように皇帝の目が丸くなった。

 おいそこ。全然驚くようなタイミングじゃないぞ。当たり前の事実をわたしは指摘してやったんだが?


「……あら、怖い。リアがまともな平和主義者に見えてきたわ。そういえば見習い聖女だったわよね、普通に忘れてたわ」


「おまえぇええええ!!」


 皇帝に向かって殴りかかるわたし。当然のように指一本で止められる。


 や、やめろ! こちょこちょするのはやめろっ! 胸元に手を突っ込むなっ、わたしのおっぱいを揉むんじゃねぇ!


 ばっ、と皇帝から距離を取り、身体を両手で抱きかかえながら蹲ってしまう。そうして皇帝をきっ、と睨んでやる。

 今はくすりと妖しげな微笑を浮かべる場面じゃねぇんだよ。


 圧倒的な力がほしい。この全ての元凶をぶっ殺せるほどの力がほしい。今、悪魔に『力がほしいか』とか囁かれたら迷うことなく首を縦に振るだろう。


「もういいかしら」


「ふんだ」


 わたしはソファーに深く背を預けて、紅茶を一息に流し込んだ。怒りに燃えたわたしにちょうどいい甘さだった。


「そう拗ねないで。これからあなたにこなしてもらう任務は聖女として相応しいものよ」


「……信じられない」


 わたしだって好きで引きこもりをやっていたわけではない。ちょっと真面目に聖女でもやろうかなと思えば、やれ戦争だの殺戮だの大将軍だの……聖女とは対極にあるような出来事ばかりが舞い込んでくる。


 だから皇帝のこの言葉を聞いたとき、わたしは不信と期待でドキドキしていた。


 やっと、聖女らしいことができるのか?

 人の業が全て詰まったかのような変態衣装を着せられるとか、命がけの死体掃除とか、魔王軍に突貫せよとかそんなことはないんだよな?

 やっと、ようやく、今度こそ……?


「ルナニア帝国の北部国境線を境に隣接するラーンダルク王国。そこからの救援要請が届いたの。先日の魔王軍襲撃の際に首都とその近郊の都が壊滅させられたそうよ」


「はぁ」


「住民の被害はそこまでないとのこと。ラーンダルク王国は今まさに復興しているの。──リアには、ルナニア帝国から派遣する復興支援団体、その聖女として付き添ってほしい」


「……それまた、ずいぶんと平和だな。皇帝にしては」


 てっきり魔王軍の破壊に乗じて国を乗っ取って滅ぼしてこいとか言われるかと思った。帝国の過去の行いを振り返れば笑い事ではないのがまた恐ろしい。

 でも、なんで?


「ラーンダルク王国ってあれだろ? アリスとかがしょっちゅう王様の首を取ってくる国じゃないか。そんな国が帝国に救援を出した?」


 嫌な予感がする。


「ええ、何かしらの裏はあるでしょうね。そういうのを調べるためにも、聖女であると同時に准三大将軍であるあなたが適任なの」


 にっこりスマイル。わたしは思いっきり後ろに下がった。


「いやだよ絶対暗殺されるじゃんっ! 恨み辛み持ってる人がにっこり笑って『さあさあ、家にあがってくださいよ、ぐへへ』とか言ってるようなもんじゃん!」


 そんなの怖すぎる。勝手にやってくれ、わたしは寝る!


「暗殺なんて出来ないわよ。ルナニア帝国の使者を招いておいて、自国で殺せば宣戦布告も同然よ。あやつらにそのような度胸はない。……もしリアが殺されればその時はその時よ。ラーンダルクを攻め滅ぼす理由ができるわ」


「……余計に行きたくなくなったんだけど」


「向こうの復興支援に協力すれば、北東に広がる氷原大鉱脈の共同採掘権を渡すと言っているわ。これは今回の任務に見合うだけの代物よ」


 まーた国益国益。皇帝は国益と結婚すればいいんじゃないのか?

 人が殺される可能性を差し置いて国益を優先するなんて……うーん、やっぱり国のトップってやつはろくなもんじゃない。


「リアはただ馬鹿みたいに周りに合わせて笑っていればいいの。後は他がやってくれるわ」


「……うむむ……」


 幾ら簡単でも、わたしは……。


「もし件の任務を成功させれば、あなたの望みを一つ可能な限り叶えてあげるわ」


「……そんなの、え、なんでもいいのか?」


「もちろんよ。余はルナニア帝国の皇帝よ。世界の万物は余に従う道理を有するの」


 なんだその道理は。わたしはそんな道理を持ってる覚えはないぞ。しかし、そうか……なんでもお願いを聞くとまで言われちゃあ……しょうがないなっ!


 あの有名な喫茶店の季節限定&数量限定の超希少な『パーフェクト☆モンブラン』だって、今週のクロスワードの一等景品『ジャイアントペンギンのふわふわクッション』とか、更にはあんなものやこんなものまで手に入るかもしれないのだっ!


「よしっ、やってやるぞ! わたしは社会人で今をときめく聖女なんだからなっ! なんでもかかってこいやぁ!」


 目に星を宿らせて決意を新たに宣言するわたしに、皇帝はうんうんと頷いて、手で空間を引き裂いた。

 高等魔法【転移門】である。


 ……え?


「この向こうがラーンダルク王国、その王女の寝室よ。行ってらっしゃい、良い報告を心待ちにしているわ」


 わたしの思考が三秒ほど空転した。


「いやいやいや、待て待て待ってよ皇帝! 外交するんだろ、いきなり国境ガン無視して向こう側の王城の寝室に飛ぶとかなんのホラーだよっ!?」


「おはようと言いながら枕元にナイフの一本でもぶっ刺せば仲良くなれるはずよ」


 本気か? そんなことをしたら一発で外交問題、問答無用で殺されても文句言えねぇぞ!?


「他の人は!? ココロとか、他の聖女たちは」


「後で正式な手続きを終えた後に送り出すわ」


「なんでわたしだけ」


「世の中第一印象が重要なのよ、つまりインパクト。向こう側の最も堅固な部屋を三大将軍に蹂躙させることで、自分たちに安全地帯はないと思い知らせるの。ふふっ、我ながら完璧ね」


「穴しかねぇよその計画っ!! おい、聖女として行くんだよな!? 復興の支援をするために行くんだよな!?」


 ありえねぇだろ、思考回路どうなってんだ。

 てか蹂躙とか言ったか!? わたしに一体何をさせるつもりだよ!?


「なんで王女の寝室なんかに【転移門】を通せるんだよ、一度行った場所にしか通せないんじゃ……」


「前回空けたものよ。調子に乗っていたラーンダルク前身の王家を潰した時のものが、ね?」


 皇帝がゆっくりと歩み寄ってくる。震えるわたし。

 傍目からはまるで怯えるハムスターを捕らえる邪悪なハムスター業者のようであり。


 や、やめろ! 行きたくない、行きたくない!


「頑張りなさい」


「ちょ、待って──ひゃんっ!?」


 その言葉を聞き終えないうちに、お尻に衝撃が走って【転移門】に蹴り飛ばされた。


「皇帝ぃいいいいいいいいいいい!!」


 お尻を蹴り飛ばした皇帝は、【転移門】に吸い込まれるわたしを見て悪魔のような顔で笑っている。


 ぜってぇろくな死に方しねぇぞ、いや、させねぇからなぁ!!


 その顔がどんどんとぼやけて、やがて──。

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