41.『理不尽の権化』

 赤羽梓ことアズサは異世界から召喚された勇者である。

 女神の祝福を受けて大量のスキルを持っている正真正銘の超絶勇者だ。

 しかし、何の因果かアズサは帝国の皇帝に召喚されてしまった。


 帝国は全世界に戦争を吹っ掛ける紛うことなき世界の敵である。全員がバーサーカーの帝国軍は第一師団から第三十二師団までとかバカみたいな数だし、スーパーバーサーカーの三大将軍は『三』なのに『四人』(わたしは断じて認めないぞ!)いる正真正銘の脳筋国家だ。

 そんな国で、相対的に勇者の力は『くそざこ』に他ならず、可哀想なアズサは魔王討伐なる面倒事を押しつけられているというわけである。


 さあ、勇者アズサの明日はどっちだ。明日なんか来ねぇよ、という意見のみんなはこの指とーまれっ!


「悪意のある解説をされた気がするんだけど、気のせいかしら」


「……おまえ、スキルかなんかで読心術とか持ってないか?」


「そんなの持っていないけど」


「ならいいんだ。気にするな」


 わたし、ココロ、アズサは並んで浴槽に入って足をぶらぶらさせている。並ぶ順番は先述した通り。おっぱい魔神のアズサの隣にココロをやるのは本意ではなかったが、ココロたっての希望なのだから仕方がない。

 ココロをいやらしい目で見てみろ。触ってみろ。里芋と一緒に煮っころがしにしてやる。


「ところで、シロとかいうサイコパス野郎を野放しにしてていいのか? 仲間なんだろ」


 思い出すのはあの満面の笑みを浮かべた金髪の悪魔である。思い出すだけで震えが止まらなくなってきた。


「大浴場に来る途中で見たけど、城中を辺り構わず壊してるぞ。通行人と殺し合いとかもしてるし」


「暴力至上主義。最高に頭がハッピーな部類の子よ。すごく強いし戦闘だと役に立つんだけど……ほんと、勘弁してほしいわ」


「だからといって女湯に隠れるのは反則だろ。このままだとあいつ、城ごと潰すぞ」


「やだやだやだ、私はもう疲れたのよ! このままお湯と一体化してお風呂の妖精になるの、もう一生お風呂から出ないから!」


「ねぇココロ。こいつバカじゃねぇの?」


「まあまあ……」


 なかなか苦労させられているようだった。だからといって同情してやる義理もない。さっさと持ち帰ってくれと切実に思う。

 けれど、これ以上暴れればたぶんアリスが出張ってくるから心配はいらないか。

 今晩は金髪ふわふわ生首を持ってくるに違いない。


『あら、おそろいなんて珍しいわね。ごきげんよう』


 その声が聞こえた瞬間、わたしは反射的に浴槽深くに潜った。


「ちょっと、リアちゃん! なんで隠れるの!」


 何やらココロが慌てたような声を出していたが気にするものか。今まで関わってろくなことにならなかった人物第一位だぞ!


 ルナニア帝国の絶対君主、皇帝アンネリース・フォーゲル・ルナニア。

 たぶん世界で一番自分が偉いと思っている人間。


 ぶくぶく。苦しいけど我慢だ我慢。今顔を上げればこれ以上の苦しいことに巻き込まれるに決まっているからな! 絶対に顔を上げるものかっ!

 ……やばい。なんだか世界が暗くなってきた。それに眠くて、温かくて……。


「魔石! 魔石通信だから! 御本人じゃないから!」


 わたしを無理やり引きずり出したココロがホッとした息を吐き出す。

 なんだ、魔石か。ココロが持ってきてたのか。そうかそうか。そうなのか。


「何の用だよ皇帝。わたしはこれからこの大浴場いっぱいにアヒルを浮かべるという大切な仕事があるんだ。邪魔をするな」


『その切り替えの速さだけは流石だと言っておくわ。そんなことよりも任務よ。聖女としての正式な任務なのだから時間は厳守で来なさい。場所は玉座の間』


 なんだと?


「っ、どうせ今回もろくな任務じゃないんだろ! 分かってんだぞ! わたしは聖女なんだ! 死体掃除とか魔王軍の相手とかそんなのは聖女の仕事じゃないんだ! もっと簡単で平和なちやほやが欲しいんだよっ!!」


 わたしの魂の叫びが炸裂した。

 最近、魂の叫びを炸裂させ過ぎている気がする。辛い。


『あら、任務を拒否するのかしら。仮にも帝国軍最高地位にいるあなたが、そのような個人的な理由で』


「そうだよ、拒否してやる! わたしはこんな頭のおかしい帝国なんか捨てて自分探しの旅に出かけるんだ! ココロと一緒に南極のペンギンを見に行くんだっ!」


「っ、そんなリアちゃん、二人きりで『らんでぶー』なんて……そんなのだめだよ……不純異性交遊だよっ……!」


「いや不純かもしれないけど、『異性』交遊じゃないでしょうが」


 アズサの冷静なツッコミが入ってくる。


 元々が元々だったんだ! こんな仕事辞めてやる!


 恐怖に冷え切っていた心がお風呂と戦意の熱で燃え上がってきた。ココロの熱っぽい眼差しが力をくれる。

 皇帝め、何でもかんでも自分の思いどおりになると思うなよっ!!


 立ち上がってビシリと人差し指を突きつけてやった。魔石にだけど。


 しばらくの沈黙。そして。


『ならば、リリアス・ブラックデッド。あなたを殺すわ』


 空気が凍るのを確かに感じた。


「へ?」


『帝国の最高機密である神殿に行ったことがあるんだもの。逃げ出して他国に情報を渡されるととっても困るのよね』


 いや、でも、だって、わたしを神殿に行かせたのって皇帝本人だし。

 え、いや……………………えっ?


『アリス・ブラックデッドをそちらに向かわせるから、せいぜい足掻きなさい。制限時間は五分間。抵抗するか、神に祈りを捧げるか、玉座の間に来るのか。好きなのを選ばせてあげるわ。余は寛大よ、覚えておきなさい』


「いや、今のは」


 ……もしかして、はめられた?


『余は、時間を守る人が大好きよ』


 一方的に言いたいことだけを吐いて、魔石は光を失った。あの皇帝、疫病神か何かなのか?


「なあ、ココロ。今までアリスに狙われた人ってどうなった?」


「首ちょんぱ」


「……全員?」


「うん」


 わーお。今すぐ労基に訴えてやる。


「身体も温まったし、そろそろ行こうかな」


「天国に?」


「皇帝のところにだよ、縁起悪いなっ!?」


 ……ブラックデッド家の人たちって天国に行けるのだろうか。門前払いなんじゃないだろうか。逆に地獄の鬼たちがサンバを踊りながらウェルカムしてきそうだ。帰ってくれ。


 こちらに向かってゲラゲラと笑うアズサにローキックをぶち込んだ後、わたしは今までないほどのスピード感で服を着替えると、全力疾走で玉座の間へと向かったのだった。

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