40.『聖女の評価』
相変わらずバカみたいに広々とした大浴場だ。
もうもうと立ち込める湯気の中、わたしは見知った顔を見つける。
「……あれ?」
確か名前はクロエ・マッキンジャー。
健康的な小麦色の肌に煉瓦色の癖っ毛。くりくりとした目が可愛らしい牧歌的な女の子だ。
王城に着いたばかりのころ、一緒に聖女候補として廊下を歩いていた中にいた子だった。わたしがにっこり笑うと泡を噴いたあの子。担架で運ばれていったあの子である。
友達になりたいと思っている。王城のメイドさんによると、あの子はわたしが今読んでいる恋愛小説『雪色恋色クリーム少女』の大ファンだというのだ。しかもサイン本や色紙も何枚も持ってるらしい。
趣味が合う気がする。お友だちになれそうな気がする!
手を上げて声をかけようとすると、目線があった。
「──ひっ、なんでここに……っ!」
ほのかに上気した顔がみるみる真っ青になっていく。貧血だろうか。
「あ、えっと」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 食べないでくださいっ!!」
そんな言葉を叫びながら湯船から倒立&側転。綺麗に着地して一目散にぺたぺたと走って行ってしまった。
ここは大浴場だ。つまり、わたしもあの子も全裸である。最近の見習い聖女はたくましいなぁ。わたしだったら三歩目ですっ転んでいた。
「今すごい人がいたけど、リアちゃん?」
「……わたし、何か嫌われるようなことしたのかな……」
出会い頭に絶叫されて逃げられるというのは、年ごろの少女の一端であるわたしにとってすごくショックだった。殺人鬼に出会った時の反応そのものじゃないか。
わたしは心優しい聖人君子にして平和主義者なんだぞ。
「心当たりとかないし……」
「んーとね」
ココロはわたしの太ももをボディソープでゴシゴシしながら細くて長い人差し指をピンと上げた。真剣に澄ましたお顔が可愛らしい。
「まず、聖女なのに黒ハンカチをもらった」
「うっ」
黒ハンカチは聖女適性が最低であり、殺戮者の証だという。平和主義の権化であるわたしにはなんとも失礼な話だ。
二本目の指が立てられる。
「勇者様が召喚されたその晩に、その勇者様に決闘を仕掛けてぶっ殺した」
「……うぅっ」
実際には向こうから仕掛けてきたようなものだったが、傍目から見ればわたしが殺したように見えるのだろう。
しかも、その決闘で尖塔の一つが爆発して木っ端微塵になってしまった。幸いにして死者は勇者一人で済んだものの、王城を破壊した賠償金はブラックデッド家にいくんだろうな。
父さん母さんごめんなさい。
三本目の指が立てられる。ちょっと待ってよ、まだあるの!?
「准三大将軍に就任した次の日に、帝国を裏切った元大聖女のイザベラ様の頭を握り潰して、魔王軍の魔族をズタズタにして撃退した」
「陰謀だ謀略だっ!! わたしはイザベラさんを殺してなんかいないし、アルファとかいう触手うにょうにょ系魔族は勝手にどっか行ったんだよっ!! 手を出したのはどこかの頭のおかしい殺人鬼の仕業で──」
「自覚あるじゃない。あんたは頭のおかしい殺人鬼よ」
いきなり背後から肩を叩かれた。
「うにぁああああっ!?」
びっくりし過ぎた。伸ばされてきた手を引っ掴んで背負い投げし、降ってきた身体に向かって震脚を叩き込んでしまうほどに。
「ぐふぅうッ!?」
柔らかそうなお腹に向かってわたしの足が叩き込まれ、そのまま大浴場全体が鳴動する。……痛った!?
「硬すぎだろ! 何だおまえ、本当に人間か!? ──う、うひゃあ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねているとがしりと足を掴まれた。バランスを崩して浴槽にドボンと落ちる。
「いきなり何よ、私を殺す気っ!? もう我慢できない! 無理よ無理、私おうち帰る! 出発したと思ったら魔物に潰されるし、神殿で休んでいたら連れ戻しに頭のおかしいやつが来るし! さっさと私を元の世界に戻しなさいよ、ばかばか、ばかぁっ!!」
「た、たぶげて……おぼれ、し、ぬ……死ぬからぁ……」
わたしは泳げない。
溺れまいとお湯の中でジタバタするわたし。
泣いてギャーギャー喚く黒髪黒目の勇者少女。
混迷を極めて収集のつかない空間に、ぽかんとした顔のココロだけが立ち尽くしていた。
「……何でアズサちゃんがここにいるの?」
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